TUP BULLETIN

速報391号 リバーベンドの日記(10月13日) 04年10月17日

投稿日 2004年10月17日

FROM: Schu Sugawara
DATE: 2004年10月17日(日) 午後5時23分

爆撃の不安の中での薬物依存が広がっている。


戦火の中のバグダッド、停電の合間をぬって書きつがれる24歳の 女性の日記『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、 女性としての思い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、 検問が日常、女性は外を出ることもできず、職はなくガソリンの行列 と水汲みにあけくれする毎日。「イラクのアンネ」として世界中で 読まれています。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため 息が感じられるようなこの日記、ぜひ読んでください。(この記事は、 TUPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)。 http://www.geocities.jp/riverbendblog/


 イラクで鎮静剤や麻薬の依存症が蔓延していると知り憂慮するメール が、リバーに届いた。以下は、その「善意」に対する、リバーの答えで す。(文中のオプラやヴァリウムなどについて、末尾に注をつけていま す)(TUP/池田真里)


2004年10月13日水曜日

ヴァリウム・・・

オプラ・ショーでは、例の放送が注目を集めていた間に、なんともた いへんな話題が出ていたらしい。その話の前にちょっと言わせて。オプ ラとは誰か、わたしたちもしっかり知っている。MBCの2チャンネル はこの何カ月かオプラのショーを放送している――数週間遅れではある けれど。人気のショーだ。なぜって、ショーの話題がばかばかしいほど、 気が紛れるってことにみんな気がついたから。上手な美容整形医の見つ け方とか五番街でのショッピング三昧には何を買うべきかとか、ね。わ たしは、オプラの大ファンというわけではないけれど、面白いテーマが あれば見ていた。オプラが番組にコンディ・ライスを呼んで、思いやり の人だと持ち上げようとしたので(正直、むかついた)、それから見て いない。

さて、ウィルという人からメールをもらった(返事をしたが、届かな いで戻ってきてしまった)。ウィルは、イラクの人々にヴァリウム依存 症が広がっているというのは本当か、ヴァリウムが薬店でたやすく買え るというのは本当かと聞いてきたのだ!

ヴァリウムはかつても今も薬店で手に入る。イラクは、ほとんどどん な薬でも‘薬店で処方箋なしで買える’という国々のひとつだ。必ずし も、どこでも何でもというわけではないけれど、だいたい、鎮静剤から 抗生物質まであらゆる薬が薬店で売られているといっていい。それにイ ラクでは、薬はとても安い。そう、“実質的に"安いのだ。経済封鎖が 行われる前、イラクには “サマラ薬品"というアラブで有数の製薬会社 があって、ペニシリンから感冒薬まであらゆる薬を製造していた。

ウィルの質問。イラク戦争後ヴァリウム依存が広がっていますか。も ちろん、広がっている。ヴァリウムは戦争の間、必需品だった。戦争へ の備えに、生活に必要な品々のリスト作りがあった。次から次へと作っ たたくさんのリストの中に必需医薬品リストがあった。リストには、脱 脂綿、バンドエイド、アルコール、ガーゼ、一般的な痛み止めなど基本 的なもの、また、ペニシリン、コデイン(咳止め)、ヴァリウムなどの 薬品。家族にはヴァリウムを飲んでいる人はいない。だが、これは“も しもの場合"の薬、買っておくが使わずに済みますようにと願うような 薬のひとつとして、入れられたのだ。

4月の第一週、戦車がバグダードに侵入開始したと同時に、ヴァリウ ムを使わざるをえなくなった。家に年取った叔母が来ていた(住んでい たところから避難させられたのだ)。それにいとこ、その妻と二人の娘、 叔父が加わり、家は混み合っていて、この非常時に、ほとんどお祭り気 分だった。

爆撃が激しくなり、一日の食事や睡眠のリズムが大きく乱された。す べてがバグダード攻撃を中心に回っているようだった。爆撃の中休みを 縫って大急ぎで食事を調え食べ、‘衝撃’と‘畏怖’の合間にほんのひ と眠りする。全く眠らなかった夜も何日かあった。そのような夜は、た だ起きていて、所在なく暗闇の中でお互いを見つめ、爆音に耳を澄ませ、 地面が揺れるのをからだに感じていた。

じゃ想像してみて。バグダードの寒い夜、真っ暗な空に突然白い閃光 があふれる。まるではるか上空で星々が爆発しているよう。爆撃は激し く、窓はがたがた鳴り、地面は音をたてて揺れ、ミサイルのヒューとい う発射音が不気味に近く聞こえる。こどもも大人も全員、窓のない廊下 に集まった。いとこの娘たちは毛布にくるまり、母親のそばでからだを 丸めている。この子たち、とても静かにしているので眠っているようだ った。が、眠ってはいないと私は気付いていた。見開いた目の白眼の部 分が、ランプだけでほとんど真っ暗な廊下の、向かい側にぼんやりと見 えていたからだ。

さて、衝撃と畏怖の爆弾が嵐のように荒れ狂い始めると、それからは もう普通の会話はまったくできない。一言、二言早口に何か言うことは できるかもしれない。がそれも一時、そのうち爆音がとどろいて、口を 閉じ頭を屈めながらまだ家が壊れていないことに呆然とするはめになる のだ。

そのあいだずっと、心の中でお祈りを唱え、これまでの人生を振り返 り、もしこの爆発で無事だったらと、やりたいことをあれこれぼんやり 思い描いて、ただ時間をやり過ごす。とき折り耐えられなくなって、誰 かがこどもに下手な冗談を向けたり、ご機嫌うかがいをしてかまう。が、 返ってくるのは、たいてい消え入るような微笑か沈黙だけ。

で、どこにヴァリウムの出番があるかって? この騒ぎのただ中で爆 撃におののいている年取った叔母を想像してみて。恐怖のあまり心もか らだもじっとしていられない。廊下を行ったり来たりし、ブッシュにブ レア、戦争に関わる者は誰でも罵りたおす。でもこれは、まだ落ち着い ているとき。心底怯えると、激しい罵りは止み、わたしたちみんな死ん でしまうと、絶望して泣きわめく(このとき叔母さんは自分は息が止ま っていると思っている)。わたしたち、瓦礫の中から掘り出されること になる。生きたまんま焼かれるんだわ――これがずっと続く。

このすさまじい興奮の発作が起きるとそのつど、いとこは黙って、だ がきっぱりとした態度で、叔母さんにヴァリウムと水を一杯渡すのだ。 叔母さんは両方を飲む。するとほんとに数分で、落ち着いて少し平常に 戻る。叔母さんはヴァリウム依存症ではなかった。しかし、戦争が激し くなったとき、とても役にたった。

戦争が終わった今もまだ、同じことがあちこちで繰り返されていると 思う。人間は、重荷が耐えられないまでになると、軽くしてくれるもの にすがる。ほかの国では、つまり平時であれば、重荷を背負っていても、 自分一人で耐えなくてもいい。友だちだって、身内だって、精神分析医 だっている。誰か、がいるのだ。話を聞いてくれる人が。ここイラクで は、誰もが自分の問題を抱えている。家族が死んだ、拘束されている人 がいる、強盗にあった、誘拐された、爆発にあったなどなど。で、とる 道はふたつのうちのひとつ。ヴァリウムを飲むか、ブログを始めるか。

もう一つの‘薬物’問題(そうこれも現実だ)は、もっとずっと深刻 だ。戦争と占領の前、イラクでは、薬物(コカインとかマリワナとかの ことよ)はそんなに大きな問題ではなかった。もちろん、さる人物から、 またある場所でハシシやマリワナといったものが手に入るといううわさ はあった。が、それほどふつうのことではなかった。大きな理由は、薬 物を売れば、死刑で罰せられたからだ。いまは、バグダードのいくつも の場所で、薬物が手に入るし、南部ではありとあらゆる薬物が出回って いる。バスラやナジャフなど南部の人々は、イラン人が密かに持ち込み 売っているのだとこぼしている。イランは大量の麻薬取引をおこなって いて、いまやそのかなりがイラクに流れ込んでいるのだ。

バグダードには、レイプから誘拐はては殺人までさまざまな犯罪と犯 罪人の巣窟として知られた地区がいくつかある。犯罪人たちは、多くの 場合麻薬常用者で、自分が商っているものを自分もやっている。その何 かしらでハイになるからか、金が欲しいからか。

Eのある友人は、あるとき車の登録証を持っていなかったといって、 イラク警察に拘束されてしまった。彼はいとこと一緒に警察署に連行さ れ、満員の留置場に閉じ込められた。留置されて30分後、警官が一人、 何かの錠剤をもってやって来て、拘束されている人々に一錠につき25 0ディナールで売ってやると持ちかけたという。

もっと頭のまわるときなら、わたしだって薬物問題の深刻化について 本気で考えた。問題は大きくなる一方だということはわかっているし、 それをくい止めるためにすぐできることは何もない。だが、いまこの世 にはより大きな問題がさまざまあるようで、薬物問題はほとんどわたし たちの心を捉えていないように思える。新学年が始まって、親たちは、 子どもが誘拐されるか、爆弾で吹き飛ばされるかと心配している。メデ ィアも深刻化しつつある薬物問題にさほど関心を払っていない。最終的 には悲惨と荒廃をもたらすとしても、薬物は突然腕や脚を吹きとばしは しないし、車の中で爆発もしないし、空から降ってきて家を焼いたり家 族を焼き殺したりもしない・・・つまり、誰も差し迫った脅威とはみな していないのだ。

飢えたワニを撃退しようと必死の最中に、自分がガンだと知るような ものだ――病気の心配はあとまわし。

リバーによって掲示 午前1時39分

(翻訳:TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里)

(訳者注:オプラ・ショーとは、アメリカで人気のトーク番組、オプラ・ ウィンフリー・ショー。オプラは逆境を乗り越えて黒人女性として初の ニュースキャスターとなった。9月半ば、番組の19周年記念に新車を 276人にプレゼントして話題となり、その後も受け取った人は課税さ れることがわかるなど騒ぎが続いた。  MBCは、ドバイを拠点とするアラビア語衛星テレビ局。ニュースと娯 楽の2本立て。  コンディ・ライスはコンドリーザ・ライス米国家安全保障担当大統領補 佐官。  ヴァリウムはベンゾジアゼピン系の催眠鎮静剤、抗不安剤。日本での商 品名は、セルシン、ダイアップなど。ウィルのメールには、オプラ・ショ ーに出たイラク女性の話で、サダム政権下より生活、治安すべてが悪化し ていること、恐怖と不安からヴァリウム依存症が蔓延していることなどを 知ったと書かれている)。