TUP BULLETIN

速報465号 リバーベンドの日記 2 月12日 あんなに多くのボイコットを出した選挙で  050217

投稿日 2005年2月16日

DATE: 2005年2月17日(木) 午前0時20分

シーア派、スンニ派の色分けより大事な私たちの現実を見てほしい


選挙が終わって・・・独立と統一は得られるか? 2月12日


戦火の中のバグダード、停電の合間をぬって書きつがれる24歳の 女性の日記『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、 女性としての思い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、 検問が日常、女性は外を出ることもできず、職はなくガソリンの行列 と水汲みにあけくれる毎日。「イラクのアンネ」として世界中で 読まれています。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため 息が感じられるようなこの日記、ぜひ読んでください。(この記事は、 TUPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)。 (転載転送大歓迎です)

(TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里) http://www.geocities.jp/riverbendblog/


2005年2月12日土曜日

それでも人生は続く・・・

選挙は行われ終わった。その日、大きな爆発音とヘリコプターの飛ぶ音 が時々聞こえるほかは、一日中気味悪く静まり返っていた。私たちはずっ と家にいてテレビで見ていた。E(弟)だけは、近所の中学校に設けられた 投票所がどんな具合か見に行って、1時間くらい家にいなかった。弟は中 学校には50人くらい人がいて、ほとんどはこの地域の選挙委員会の関係 者のようだったと言った。家の近くのその投票所は、なんとイラク・イス ラム革命最高評議会(SCIRI)の民兵(バドル旅団)が警備していた。

まるでニュース専門局全部が、「選挙マラソン」をやっているみたいだ った。どのチャンネルを回しても、選挙のニュースばかり。CNN、ユーロ ニュース、BBC、アルジャジーラ、アルアラビア、LBC・・・どこも選挙の 話だ。アラブ系テレビ局は海外での投票に焦点をあて、いっぽうCNNは南部 と北部の諸州で撮った場面を流し続けていた。

イラン寄りSCIRIのアブドゥル・アジズ・ハキームが投票用紙を投じるの を見たときは、ほんとうに背筋が凍りついた。ハキームが投票したあとで、 彼の妻だろうと想像するしかない人物が、清く正しい女性の1票を投じた。 彼女は、頭の先からつま先まですっかり被われていて、どこもかしこも真っ 黒の中から目だけが覗いていた。黒い手袋をはめた手で投票箱に票を押し 込むと、自信満々のハキームの後ろにおとなしくつき従った。Eが私を見て、 笑ってウインクしながら「何年か後はあんなかも、ね」と言ったので、即ク ッションを彼に向けて投げつけてやった。

わが家の知人は(スンニもシーアも)ほとんど誰も投票しなかった。私 のいとこはシーアだが、立候補者リストには「代表」(彼の表現)となる べき人々がまったくいないと言って投票しなかった。これを聞いて私は笑 い、いとこの妻に目配せしてからかった。「より取り見取りじゃない、4 0もシーア派政党があるんだから」。ほんとうは彼の言いたいことをよく わかっていたのだけれど。いとこはスンニだシーアだという以前に、教育 のある世俗の非占領派イラク人だ。彼の関心は、立候補者が占領を終わら せたいと考えているどうかにあって、シーア派かどうかではない。

あちこちの投票所で、さまざま奇妙な出来事があったと伝え聞く。北部 のアッシリア人とキリスト教徒が住んでいる数地域では、投票させてもら えなかったという。全国から集められた投票箱のうち300箱(その多く はモスルのもの)が不適格とされたとも言われている。投票用紙の多くに 「サッダーム」と書いてあったからだ。ほかの地域では、バドル軍団の民 兵たちが投票用紙を買い取っていたともいう。ファルージャ市民は投票を 認められなかったにもかかわらず、ファルージャ市民であるという証明証 を投票目的で一時的に誰かが「借りた」という人もいる。こういう話がき りもなくあるのだ。

それでも私たちは、選挙のゆくえを注意深く見守っている。「選ばれた 」政府が政権についたら、米軍の撤退を具体化するだろうか。現在の政党 がどれも、戦車と兵士を引き連れたアメリカの威力なしには政権にとどま れないであろうことを考えると、そんなことが起きたらショーゲキだと思 う。アメリカの政治家たちが、アメリカはイラクが自力で治安を安定する 日まで撤退しないと繰り返し言うのを聞いてきた。いつそんな日が来る?  現在のイラク国家警備隊は、ちまたでは「裏切りもの警備隊」と呼ばれ ている。何にもまして、国家警備隊の一員であることはとんでもなく恥ず かしいことと思われているので、近所の人や友人たちに知れないように覆 面をしなければならないほどだ。

こんなに多くの人がボイコットした選挙で、結果がどう出ても大した違 いはない。数字はどうであれ、事実は占領政権には従わないというイラク 人が何百万人もいるということだ。2年にも及ぶ占領とさんざんな生活を させられたのだから、もう国を返してほしい。

けれども誰が政権につくのだろうかと考えて、弱気になることもある。 政治家は、シーアとクルドが同盟したらバランスのとれた状態になるだろ うと、そのことばかり語っている。これは理論上はなるほどと思えること だ。理論上は、クルド人グループのリーダーはスンニ派で非宗教的で、シ ーア派のリーダーは、そう、必ずしも非宗教的ではない。彼らが一緒にな ったら、おそらく事態はバランスがとれるだろう。ブログや新聞を読むか ぎり順調にみえる。実態はまったく違う。クルド人リーダーはますます自 分たちの自治にのみ関心を集中し、北部のクルド地域が非宗教的であり続 けるほど、ほかの地域は宗教熱に燃えるだろう。

現在のバグダードがいい例だ。いま大学で勢力をもっている政党は、 ダーワやSCIRIなどのイラン寄りシーア・グループだ。学生の代表たちは 今ではほとんどこれらの政党に属していて、キリスト教、イスラム教いず れの女子学生たちに対してもこれを着てはいけない、あれを着ろとうるさ く嫌がらせを行っている。彼らは学生たちを「ラトミヤ」(預言者の家族 の殺害を嘆いて泣き叫び自らを打つ、主にシーア派で行われる宗教行事) に参加するよう勧誘し、カフェテリアにたむろしている学生に、ラマダン の間は音楽をやるな、代わりにラトミヤとアヤトラ某やサイード某の説教 をやれと脅している。

先週、いとこは高等教育省に行く用事があった。もとの建物が焼かれ 略奪された後、職員は市内のほかの場所にあるとんでもなく小さな建物 に引っ越さなくてはならなかった。いとこの妻が教育省発行の学位証明 を必要としたのだが、いとこはどうやっていいのかよくわからなかった。 それで、私が一緒に行ってやることにしたのだ。私自身問い合わせたい ことがあったし。

私たちは高等教育省職員の入っている(が、まだ大臣は入ったことの ない)建物へ向かった。小さな狭苦しいところだった。一部屋に8人ず つで、重苦しい雰囲気だった。受付には髭のおとこがいて、私たちをう さんくさそうにじろじろ見た。「ダーワチ」といとこはそっとささやい て、男がダーワ党の人間だと教えてくれた。この人に聞けばいいのかし ら? どの係に行きたいって言えばいいのかしら? 省が発行する証明 書をもらいにきたんです。私は不安を押し殺して大きな声で言った。彼 はちらと私をみて、みよがしにいとこの方に向き直った。いとこは用件 を繰り返し、どこへ行けばいいか聞いた。この階の部屋のひとつに行っ て聞けと言われた。

「こんど来るときは適切な服装をして下さい」。その男が言った。私は、 自分の着ているものを眺めた。黒いパンツ、ベージュのハイネック・セ ーター、膝丈の黒いコート。何ですって? 私は怒りで真っ赤になった。 つまり、頭を被いスカートをはけと言っているのだ。よその男どもにあ れを着ろこれを着るなと言われたくない。「私はここの職員ではありま せん。服装規程に従う必要はないわ」怒りを抑えて答えた。いとこは成 り行きが気に食わないようだった。怒って間に入って言った。「われわ れは1時間ほどここにいるだけだ。あんたがどうのこうの言う筋合いは ない」

「筋合いはある」。声が返ってきた。「ここで働いている人間にちっ とは敬意を払うべきじゃないのかね」。ここで会話は終わった。私はあた りを見回して、敬意を払うべき人々を探した。職員らしい女性が3,4 人いた。そのうち2人は長いスカート、ゆったりしたセーターを着て、 頭にはスカーフをかぶっていた。3人目は性根が入っていた。完璧なジ ュッバ(たっぷりした長衣)姿で頭には黒いスカーフを被っていた。い とこと私が受付の男が示した部屋へ入ろうとしたとき、私は目がちくち くと痛かった。戦争前、あんな口をきく人間はいなかった。そんなこと を言われて、黙って聞いていなくてもよかった。言い返せたのだ。だが 今、言い返したり問題にできるのは、死んでもいいと思っているか、何 よりトラブルが好きという人だけだ。

若い女性の選択肢は二つしかない。圧力に対してはひたすら身をかが め「安全」な服装をして「安全」にふるまうか(「安全」って、すべて を長くだぶだぶにし、できたら頭を被うこと)、あるいは今日のイラク にはびこりつつあるものに対しつねに挑戦的姿勢をとり続けるか、だ。 挑戦的であることの問題点は、ただ自分の問題だけではすまないことだ。 その時、そこにいる人は誰であれ(たいていは男性の親族)巻き込んで しまう。ことは罵りあいか殴り合いから始まり、そのあとはたぶんアブ グレイブ行きだ。

バグダードでさえこんなふうだから、ほかの町や州はどんなふうか考 えるとぞっとする。イラクのアラウィ(暫定政府首相)一派やパチャチ (元統治評議会外相)一派はそんなことは知っちゃいない。彼らの家族 はダバイやアンマンに安全にかくまわれている。いっぽう、イラクのハ キーム(SCIRI議長)一派やジャファリ(暫定政権副大統領)一派が事態 を煽っているのだ。

要するに、問題はスンニ政権、シーア政権、クルド政権、アラブ政権の どれを選ぶかということではなくて、心からイラクのためを思う人を得る ことなのだ。アメリカの、イランの、イスラエルのためを思う人をでなく て。平和と繁栄と独立、そして何よりも統一を望む人が必要だということ なのだ。

午後12時41分 リバー

(翻訳:TUP/池田真里、岩崎久美子)