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[書評]「日米同盟」堅持は無条件なのか―「冬の兵士」が突きつけるもの― 半澤健市

投稿日 2009年10月18日

インターネット市民メディア リベラル21掲載 

2009.10.10



  半澤健市 (元金融機関勤務)




《私は最後にもう一度ジェフを抱きました》



米国が主導するイラク、アフガン戦争の話である。
09年9月29日の本欄で私は、ドキュメンタリー映画『冬の兵士―良心の告発』(田保寿一監督)と東京での帰還反戦米兵の証言集会について報告した。その後、帰還米兵の米国での証言集『冬の兵士―イラク・アフガン帰還米兵が語る戦場の真
実』(岩波書店、09年8月刊、以下「同書」)を読んだ。
そして新しい視点を得たので「冬の兵士」について再び書きたい。

私の書きたいことは、米国主導の「大義なき戦争」の実態を、我々は何も知らなかった。この一点である。

映画での証言者は数が限られていたが同書には米国の2箇所で開催された証言のほか、少数だがイラク人の証言も収録されており、証言者数は50名を超える。彼らの戦争に対する立場も多様であり徹底した反戦一色とはいえない。私にはそれが現
実味を感じさせる。

除隊後に精神を病んで04年6月に23歳で自殺した息子について両親はこう語る。


▼母親ジョイス・ルーシーの証言


ジェフリー・ルーシーは、自分が支持しない侵攻に加わるため、2003年1月にクウエイトへ送られました。7月に帰郷のバスから降りてきた青年は別人になっていました。海兵隊員だった息子の体は私たちのもとに帰ってきたのに、心はイラク
のどこかで死んでしまった。みんなが帰宅のお祝いをしているときも、ジェフは笑顔のしたに、怒りと罪悪感、混乱、苦しみ、心の闇を、押し隠していました。(略)6年越しのガールフレンドにこう書いています。「君にも両親にも言いたくないことがある。心配させたくないから。それに言ったって、たぶん話を大げさにしているとしか思わないだろう。戦争にはもう絶対行きたくない。一生頭にこびりついて離れないようなひどいことを見たし、自分でもやった」。


▼父親ケビン・ルーシーの証言


午前零時を回ろうというとき、その10日間で2度目のことでしたが、ジェフリーが私のひざに座ってもいいか、そして、しばらくゆすってくれないかと言ったので、そうしました。45分ぐらいそこにすわって、私はジェフをゆすっていて、二人ともまったく黙ったままでした。セラピストが言ったように、そこが息子にとって最後のよりどころ、最後の慰めの場所でした。翌日私は帰宅しました。7時15分ごろでした。私は最後にもう一度ジェフを抱きました。息子の体を梁からおろして、首からホースを外したときです。



こんな感傷的な記事は戦争全体からみれば例外と考える読者がいるかも知れない。
しかし、本書に記された証言と叙述は、多様な角度からの分析によってこの種のケースが少数の例外ではないことを示している。
米軍における「交戦規定」違反、イラク人への人種差別、軍隊内での性差別と性暴力(同書で米軍の女性兵士の比率が15%、前線でも11%であることを知った)、帰還兵への不十分で官僚的な医療、戦争民営化による軍紀の弛緩などの多くの要因が、ジェフリーのようなケースを生んでいる。そのことが私にはよくわかる。それどころか、イラクの戦場において、非道、非合法、非人間的行為が許されていることがみえてくる。



《反戦運動を阻む新しい状況》



政府が自殺者、死傷者数を隠そうとしていると同書は次のように書いている。


▼米軍では、毎日18人の帰還兵が自殺している。退役軍人省の管轄下で治療を受けている元兵士のうち、毎月1000人が自殺を試みる。自殺する帰還兵のほうが、国外の戦闘で戦死する兵士よりも多いのだ。これらの統計数値を大半のアメリカ人は知らない。
(略)この統計資料は、常識を求める帰還兵の会と真実を求め連帯する帰還兵の会が、イラクとアフガニスタンの両戦争に従軍した170万人のアメリカ市民を代表して集団訴訟起こしていなければ、決して明るみに出ることはなかっただろう(1
87頁)。

死傷者についても同じだ。我々は大手メディアで断片的にイラク戦争の米軍死者を約4000名と知らされている。しかし同書によれば、米国国防総省は「イラクにおける米軍の〈死傷者〉数(08年6月1日時点で3万2224人)を定期的に公
開する一方で、それとは別の他の2つの区分、〈戦闘以外での負傷者〉と〈病人〉の2区分(合計で3万9430人)があることについて言及することを怠っている」(189頁)。

更に08年3月までに退役軍人省に障碍者手当を申請したイラク・アフガニスタン帰還兵の総数である28万7790人の数字は記者会見では発表されず、情報公開法に基づいて開示された。

同書の「結びの言葉」は、「反戦イラク帰還兵の会IVAW」の事務局長であるカメロ・メヒアが書いた。この見事な文章のなかで、メヒアはアメリカの戦争に対する米兵士のレジスタンスの正当性を訴えている。なかでも注目すべきは、イラク、アフガン戦争に対しての抵抗運動の困難を、ベトナム戦争と関連させて、論じているところである。

ベトナム戦争時との違いに次の理由を挙げる。
一つは、当時の徴兵制と現在の志願兵制である。徴兵制は国民全階層の怒りをもたらす基盤でありそれが全国的反戦運動へ発展した。その条件を欠いて反戦の拡がりが期待できない。
二つは、ベトナム反戦運動がそれに先駆した公民権運動からの地続きであったことである。いまの新兵は「公民権運動」も「ベトナム反戦」も知らない。

三つは、参戦兵士が全人口の0・5%にも満たず、貧困層であることである。「米国社会はイラク戦争を自分のものとして体験していない」のである。
四つは、メディアの転向である。ベトナム戦争時、メディアは反戦運動への援軍であった。いま戦争報道は米軍ご用達の「お仕着せ従軍報道(embeded)」へと変貌した。



《勁さと潔さを支える論理と倫理》



こういう不利な条件のなかで、反戦兵士はいかなる論理と倫理によって戦うのか。
反戦帰還兵のリーダーは力をこめて次のように訴えている。
一つは、イラク戦争が「虚偽の口実のもと、米国法および国際法に真っ向から違反して開始された」違法な戦争だからである。兵士には「違法な戦争に加担することに抵抗する義務」、「不法な命令に背く義務がある」のだ。イラク戦争が侵略戦争
であるという認識である。その戦争を拒否するのは兵士の義務なのである。
二つは、イラクの混乱は占領がもたらしたのだと認識すべきだという。「私たちは人の命と人間の尊厳について話している」
のである。「私たちの弾丸が幼い息子の命を奪ったら、母は決して癒えることのない傷を抱えて生きて行くでしょう。しかし、もし占領が続くなら、その女性の残りの家族もまた、私たちの弾丸で殺される可能性が続きます」。
この理解は侵略の否定であり民族自決の承認以外の何ものでもない。
三つは、だから反戦帰還兵は国民を欺瞞する政府に抵抗して国民に真実を知らせなければならない。そして3つの要求である「全ての占領軍のイラクからの無条件即時撤退」、「全ての現役・退役兵士への福利厚生手当の完全給付」、「イラク国民
に対するアメリカ政府による完全な賠償支払い」を主張するのである。彼らは「イラクの人々」と「米国民」の正義のために戦うのである。

四つは、帰還兵士のレジスタンスは政治家の公約などに依存しない。政治家が反戦政策で選出されても、イラクとアフガンの破壊と無辜の民の流血は続いている。彼らは政府と反戦運動を組織する全ての人々に対し「全ての要求が満たされるまでG
Iレジスタンスはやめるつもりはない」と強調する。自分たちの活動は「日々を生きる力の源泉であり」「自らを再建し、新たな人生を見出すことができる」のである。



「大義なき戦争」のこういう実態を私は知らなかった。「日米同盟」堅持は、先の総選挙において、主要政党すべてが無条件に前提としていた。我々はそういう既成概念から離れる必要があるのではないか。「日米同盟」の当事者から発信された、
血の体験に基づいた、断固たる「帝国主義」批判に正面から向き合う必要があると思う。