TUP BULLETIN

速報969号 米政府のシリア化学兵器報告書への疑問

投稿日 2013年10月1日
前書き

ダマスカス郊外で8月21日に起きたとされる化学兵器攻撃について、米政府は8月30日、シリア政府によるものとする報告書を発表しました。米政府はこの報告書を、シリア戦争を正当化する根拠としましたが、さまざまな点から多くの疑問が指摘されています。報告書は、なぜ通例とは違って国家 情報局からではなくホワイトハウスから出されたのか。犠牲者数として挙げられた1429人という詳細な数字は、他のさまざまな報告書よりずっと多いが、どこから出てきたのか。化学兵器攻撃をアサド政権によるものと判断した主な証拠とされている通信はどこが傍受したのか、通信は本当にシリア政府高官が化学兵器使用を認めたものなのか、など。

こうした疑問からわかってくるのは、報告書が、オバマ政権の「戦争ありき」の政策に都合のいいように、情報を歪曲し、紛らわしい書き方で提示した 「作文」で、イラク開戦前のブッシュ政権の嘘と変わりがない、ということです。具体的な証拠は何も示されず(米議員にさえ開示されない)、した がって検証が困難であり、米情報関係者のコンセンサスすらないのではないかと言われています。

しかし米国の主流メディアは、イラク戦争のときと同様、無批判に内容を既成事実として報道しています。政権の嘘にうんざりしている米市民の声に押されて、米議会では両院とも軍事行動決議が否決される見通しでした。オバマ大統領は当面シリアへの攻撃を見送りましたが、9月10日の米国民向け 演説でも、シリア政府が化学兵器を使ったことは明白、と繰り返して憚りませんでした(ただ、傍受通信にはなぜか触れなかった)。

米政府が今回もまた、証拠もないまま、ごまかしだらけの報告書によって戦争を正当化しようとしたことを確認しておきたいと思います。以下、いくつかの記事の要約です。

(要約 荒井雅子)

[  ]は要約者による補足

(1)シリア戦争の「まやかし」文書
A Dodgy Dossier on Syrian War
August 30, 2013 By Robert Parry, Consortiumnews

米政府のシリア化学兵器報告書は、2003年にイラクの大量破壊兵器の「証拠」として提示されたものより証拠に乏しい。衛星写真などの写真もな く、言及されている個人も特定されず、傍受したとされる通信も開示されていない。信頼性を確かめることのできない「情報源」によるとされているのみ。

米政府は傍受したとする通信を重要根拠としているが、米政府には、引用を改ざんしてきた前歴がある。

1983年、ソ連が大韓航空機を意図的に撃墜したと主張するため、レーガン政権は、ソ連パイロットと地上管制の通信を「切り貼り」して国連に提示し、悲劇的な間違いだった撃墜事件を、計画的な殺人に見せようとした。プロパガンダの真相が明らかになったのは、10年以上後だった。

2003年2月5日、パウエルの国連演説でも同様のプロパガンダが成功した。パウエルは、何についての話か不明の傍受通信を再生して聞かせ、考えられうる限り最悪の解釈を行った。たとえば1つの通信では、イラク将校が「すべて撤去した。何も残っていない」と言っているが、パウエルは「すべて」とは「大量破壊兵器」であると推測してみせた。別の通信では、パウエルは米国務省訳を勝手に修正して提示した。パウエルは通信の引用として「すべての地域、放棄した地域を片付けるようにというメッセージを昨日送った。何も残らないようにせよ」と読み上げたが、国務省訳では「放棄した地域を点検するようにというメッセージを送った」とだけ書かれており、「片付けろ」という命令も、「何も残らないようにせよ」という指示もない。このことは[2003年6月]、パウエルの引用と国務省訳を比較したジャーナリストによって明らかにされた。

生データが開示されていなければ、こうした検証さえ不可能である。

(2)シリアへの攻撃を擁護するためにどのように情報が捻じ曲げられたか
How Intelligence Was Twisted to Support an Attack on Syria
Tuesday, 03 September 2013 09:05 By Gareth Porter, Truthout

ケリー米国務長官は、米政府によるシリア化学兵器報告書について、イラク大量破壊兵器の情報アセスメントの失態を繰り返さないよう充分留意してまとめたと述べたが、今回の報告書も、イラク大量破壊兵器報告書と変わらない点が多々ある。一見すると述べているように思えることを実は述べていない場合がある。シリア攻撃を正当化するよう情報を歪曲する書き方がされており、アセスメントのプロセス全体の信頼性が損なわれている。

《傍受通信》
報告書は「われわれは攻撃をよく知るある政府高官の通信を傍受した。この高官は21日に政権によって化学兵器が使用されたことを確認し、国連調査団が証拠を入手することを懸念していた」[報告書の引用は『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙より]と言っている。

これを見ると、米情報機関が通信を傍受したように思える。しかし、英国の元大使クレイグ・マレーのブログによれば、英米両国の情報機関は、キプロスのトロードス山脈にある秘密情報収集所を使って中東全域のすべての無線・衛星・極超短波通信を監視し、中東地域の地上回線電話の通信をほぼすべて拾っており、拾われた情報はすべて、英米両国の情報機関によって共有されるが、米政府報告書に書かれているような通信を、英統合情報機関(JIO)は1つも共有していない、という。その理由について、マレーの知る米情報関係者筋は傍受通信がイスラエルから来たものだからだと語った、とマレーは言う。当該の情報がイスラエル由来のものだということは、米国紙[『ロサンジェルスタイムズ』]でも報道された。

イスラエルが提供したという疑いをもたれるような情報を、米国の傍受通信であるように提示しようとしたことは、報告書全体の信頼性に大きな疑問を投げかける。イスラエルは、米国のシリア攻撃を促すことに利益があり、傍受通信の信ぴょう性に疑問が生じる。マレー自身は偽物と考えている。

しかし仮に傍受通信が本物だとしても、米政府報告書の書き方は誘導的だ。同じ傍受通信がリークされたフォーリン・ポリシー誌『ザ・ケーブル』の記述と照らし合わせると、報告書の書き方は非常に偏っている。『ザ・ケーブル』では、通信は、シリア国防省官僚が化学兵器部隊の指揮官と「パニック状態の電話」を交わし、「神経ガス攻撃について答えを求めた」ものと書かれている。問題は、このやりとりに関するごく当然のもっとも重要な質問の答えがないことだ。化学兵器部隊将校は、政権が化学兵器を使ったと言ったのか、言わなかったのか。もし将校がそうした兵器が使われたと言ったのなら、そのことが傍受通信についての報告の最重要点のはずだ。

《攻撃準備》
報告書には「シリアの化学兵器担当者は18日から21日早朝までダマスカス近郊のアドラで活動していた。政府がサリンなどの化学兵器の合成を行うために使用していた地区の近くである」とある。CBSの報道によれば、政権官僚の話で、米情報当局は、攻撃の数日前からシリアの化学兵器施設での活動を察知していたが、そのときは、何も特別なことはないように見えたという。しかし8月21日の攻撃のあと、同じ情報が突然、公式路線を支持する証拠になった。

《神経ガスの使用》
また米政府報告書には、神経ガスの使用について、情報関係者が確信をもつに至るにはほど遠い状態であることをうかがわせる点がある。

「化学兵器攻撃」については「高い信頼性をもって」いると書かれている一方、「われわれの分析によると、アサド政権はこの攻撃で神経ガスを使用した」と、別の文で書かれており、こちらの文には「信頼性」のレベルが示されていない。元米情報関係上級官僚によれば、これは情報関係者が、神経ガスの使用についてあまり自信を持っていないことを示すシグナルだという。

さらにもう1つの言葉使いからも自信のなさがうかがえる。「その[ビデオの]多くには神経ガスの症状と一致するものの、神経ガスの症状固有とは言えない身体的特徴を示す大勢の人の体が映っていた」。注意すべきは、「victim被害者」ではなく、「bodies体」――遺体を意味する――という言葉が使われている点だ。この奇妙な言葉の選び方のおかげで、情報関係者にとっての根本的な問題、すなわち、ビデオに映っている「被害者」とされる人びとが、神経ガスに結び付けられる症状を示しているか、ということに触れずに済む。化学兵器専門家の中には、神経ガス攻撃であれば伴うはずの一連の症状がビデオで見られない、と指摘する人びともいる。

[要約者付記:被害者の症状は、神経ガスと矛盾しないとされる遺体の症状に続いて述べられているため、読む側はふつう、被害者の症状も神経ガスと矛盾しないと理解する。しかし被害者の症状が神経ガスと結びつくかどうかは明示的には何も書かれていない。ここも、記事筆者の言う、「一見すると述べているように思えることを実は述べていない」箇所であり、報告書が神経ガスの使用に関して確信をもっていないことをうかがわせる]

国境なき医師団、ヒューマンライツウォッチなどが、神経ガス使用の有無の事実確認については国連調査を待つとしているのに対して、米政府は国連調査を軽視する姿勢を露にしている。ケリー国務長官は、国連調査チームに認められたアクセスは、「限定され、支配されている」と述べた。国連調査チームはこれに反論した。

ケリー国務長官は、東グータの医療関係者から提供された血液と毛髪サンプルから、サリンの痕跡が発見されたと発表した。しかしこうしたサンプルは、国連調査チームではなく反政府側によってシリアから持ち出されたものだ。オバマ政権は、化学兵器によるとされた以前の攻撃でも、生理学的サンプルを入手し、サリンを検出していたが、オバマ政権官僚は当時は、保管履歴が確実でない限り、「誰がサンプルを扱ったか定かではない」と強調していた。しかし6月以降、明確な保管履歴のないサンプルには加工される恐れがあることを知っていながら、この方針を転換し、アサド政権が化学兵器攻撃を実行した証拠として、こうしたサンプルを認め始めた。こうした方針転換も、今回の報告書作成の背景にある。

今後どのような証拠が出てくるかにかかわらず、米政府報告書に見られる不整合と誘導的な書き方を指摘しておく必要がある。確実でない情報を援用して戦争行為を正当化した結果どうなったか忘れてはならない。

(3)デモクラシー・ナウより:化学兵器攻撃に関するオバマ大統領の主張への疑問
As U.S. Pushes For Syria Strike, Questions Loom over Obama Claims in?Chemical Attack
Wednesday, September 4, 2013 Democracy Now!

(一部抜粋)

『マクラッチー・ニュースサービス』のマーク・ジーベルの話:
1429人という死者数の数字はきわめて詳細な数字だが、米政府がどうやってこの数字を得たかわからない。他のどの推計よりも高い。現地の反政府グループが報告した数字(1252人)と比べてさえ高い。シリアでの暴力に関してもっとも信頼できる情報源と見られているシリア人権監視団は502人としている。フランスは、47のビデオに写っている遺体を数えた数字として281人。無論これより多い可能性があると言っているが、少なくともどうやってこの数字を出したかは明らかにされている。情報源を言うのは簡単だと思う。なぜそうした情報がないかわからない。数字は、今回の化学兵器攻撃が近年でもっとも大規模なものなのかそれとも中程度のものなのかにかかわっており、私たちがどう対応すべきか決めるためには、その答えを知っておかなければならない。

さらに大きな疑問は、オバマ政権がなぜ、国連の調査が始まりもしないうちから、国連調査を信用に値しないと一蹴したのか、ということだ。ケリー国務長官は、調査の開始が5日遅れたために、信頼できる証拠を得られないと言ったが、これは端的に言ってまったく事実に反する。なぜ国連調査の信用を貶めようとあんなに躍起になったのか、わからない。

何らかの化学兵器攻撃が起こった証拠はあるようだが、化学兵器の種類はわかっていない。サリンだとする米国の結論を信用しない理由はないが、どのようなテストでその結論に達したのか、わからない。どうやって証拠を得たのか、どこの研究所で分析が行われたのか。なぜこれほど早く結論に達することができたのか。米国は、攻撃があったとされる日の3日後にはもう発表していたが、国連は、ヨーロッパの最新の研究所で、2、3週間ないし4週間かけて分析しようとしている。

(4)デモクラシー・ナウより:米民主党アラン・グレイソン下院議員:議会は「戦争欲望」をはねつけて国内問題に集中すべきだ
Rep. Alan Grayson on Syria: Congress Should Reject “Warmongering” and?Focus on Problems at Home
Thursday, September 5, 2013 Democracy Now!

(米政府報告書に関する部分)

下院外交委員会委員のグレイソン議員は、9月4日の公聴会において、「攻撃後にシリア政府が攻撃を確認した」と報告書に書かれている傍受通信について、質問した。グレイソン議員は、「一部メディアでは、オバマ政権がこの通信を歪曲しており、この通信は実はシリア高官が攻撃に驚いたことを示すものだという報道がなされている」と問い質し、この通信の書き起こし原文を公開するよう求めたが、ヘーゲル国防長官は、どの通信のことか聞き返し、おそらく機密指定されていると思うが、何のことか戻って確認するとのみ答弁した。

同議員は、デモクラシーナウにさらにこう語った:
米政府の報告書のもとになった文書を実際に見た議員は、私の知る限り1人もいない。われわれに提示されたのは4ページの公開版報告書、そして、政府のブリーフィングを聞きに行った議員に対して12ページの機密版報告書だった。この機密版報告書には、300の情報報告が引用されているが、われわれはみな機密閲覧資格をもっているにもかかわらず、どの議員にもどれ1つ開示されていない。
もしこの300の文書のどれかについて、政権が国民を誤った方向へ誘導しようとしている可能性があるなら、それは払拭されなければならない。間違いによって戦争に突入した轍を踏むわけにはいかない。

(5)シリアに関するオバマの主張は米情報関係者のコンセンサスを反映していない
Obama’s Case for Syria Didn’t Reflect Intel Consensus
WASHINGTON, Sep 9 2013 (IPS) By Gareth Porter

オバマ政権が8月30日に発表した報告書は、情報関係者のアセスメントを反映したものではなかった。ジェームズ・クラッパー米国家情報長官(DNI)は、さまざまな機関からの分析を収集したが、報告書の内容に関する最終的な主導権はホワイトハウスにあった。

情報関連文書の要約ないし抜粋の公開としてはまったく異例なことに、このシリア化学兵器報告書は、国家情報局(ODNI)ではなく、ホワイトハウス報道局によって発表されている。

報告書のタイトルは「政府アセスメント」となっており、冒頭の段落で、第1文は「米政府は……と評価する」となっている。冒頭の段落で、この報告書は「情報関係者の分析」の要約とされているが、情報関係当局全体が了承した文書であれば、「情報関係当局アセスメント」とされるはずである。1人の元情報関係官僚によれば、これは情報関係当局による文書ではない。この官僚も、また別の元国務省情報研究局関係者も、国際危機に関する文書で「政府アセスメント」とされているものは1度も見たことがない。

元国家情報局官僚によれば、この報告書はオバマ政権が原稿を書いた文書であり、情報関係者の間の見解の相違に注目が集まるのを避けようとしたのではないかという(たとえばイラクの大量破壊兵器に関する報告書など、過去の報告書では、情報関係者の異なる見解が含まれていた)。

政権高官は、すべての情報関係者が報告書の作成にかかわったとしているが、情報関係者全員が報告書を承認したか、起草者と他の分析官の間で協議のようなものが行われたか、情報関連機関が通例のように異論を出す機会があったか、明らかではない。

AP通信の8月29日付記事で、「シリア政府の責任を説明する、国家情報局による報告」が取り上げられている。記事の情報源は、情報関係官僚2人と政権官僚2人。この記事からすると、政権が当初は、報告書をクラッパー長官名で出そうとしていたことがうかがえる。

しかしホワイトハウスが発表した最終報告にはクラッパー長官の名前がなく、また国家情報局のサイトのどこにも報告書は掲載されていない。これまでの情報アセスメントはすべて掲載されてきた。

報告書がホワイトハウスから発表されたことは、ホワイトハウスが修正を加えた文書に対して、クラッパー長官が自分の名前が出ることを拒否した可能性を示唆する。

オバマ政権による戦争正当化の根拠の提示は、ブッシュ政権のイラク大量破壊兵器に関する不当な報告よりさらに政治的なものといえる。