TUP BULLETIN

TUP速報1018号 ルース・ベイダー・ギンズバーグは聖者にあらず

投稿日 2020年10月31日
◎米国の故最高裁判事の聖人伝で失われたもの、それはバランスが取れた一片のクリティカルシンキング

本稿はミドル・イースト・アイのオピニオン欄に掲載された、米国コロンビア大学のイラン人教授ハミッド・ダバシによる論説 ”Ruth Bader Ginsberg was no saint”の邦訳である。

2020年9月18日に亡くなった米国の連邦最高裁判所陪席判事、ルース・ベイダー・ギンズバーグ(RBG)は、リベラル派の間では聖人扱いされ、ポップカルチャーの一部になるほど大人気の判事だった。80歳を過ぎてから、早世したラッパーの「The Notorious B.I.G.」をもじった「Notorious RBG」という愛称で呼ばれるようになり、絵本の主人公やTシャツのデザイン、果ては入れ墨のモチーフにされるほど若者の間でも人気があった。

しかし彼女は、俗に言われるようなリベラルの権化、聖人だったのだろうか。彼女が亡くなってしばらくの間、ソーシャルメディアは彼女に対する賛辞に溢れ、その批判を許さない風潮があった。聖人伝やヒーロー/ヒロイン伝は、聞いていて心地よいものだ。ファンとしてはヒロインの汚点は聞きたくない。しかしこの伝説化された判事は、おとぎ話や映画の主人公ではなく、実際に米国の政治や生活に多大な影響を及ぼす、8人の連邦最高裁陪席判事の一人だった。

本稿は彼女に対する手放しの賞賛に待ったをかける論説である。彼女に対する批判を受け止め、立ち止まって考えられるかどうかは、RBGという判事への個人崇拝をいさめるといった次元の話ではない。これは民主主義国家において重要な、国民が、そして特に自称「リベラルな」人々がどれほどクリティカルな視点を持てるか、というリトマス紙でもある。

(前書き・邦訳:法貴潤子/TUP)

 

ルース・ベイダー・ギンズバーグは聖者にあらず

米国の連邦最高裁判事だった87歳のルース・ベイダー・ギンズバーグの死は、ドナルド・トランプが大統領であることに心底嫌気が差していた米国のリベラル・エリート層が、覚悟していたと同時に恐ろしいニュースでもあった。人々に深く愛され、広く尊敬を集めたギンズバーグは、長年癌と闘っていた。しかし、この避けることができないニュースは、電撃ニュースとして先月ネットを駆け巡った。

米国内で、そして彼女のリベラルな信奉者たちにとって、連邦最高裁の判事に任命された2人目の女性であるギンズバーグは、偉大な歴史的名声を得て当然の人物だった。もう1人の伝説的最高裁判事、サーグッド・マーシャルと並ぶ者として。しかし、彼女の死が大統領選挙のたった数週間前であったという差し迫った事実は、少なくとも一時的にその名声に影を落とした。これはトランプと上院の共和党議員たちが、彼女の後任選びをできるだけ早く進めるだろうことを意味したからだ。

神格化されて

トランプが中絶や死刑制度、オバマケアやLGBTQの権利などの重要な問題について、連邦最高裁の司法をかつてないほど右寄りにすることを、米国のリベラル層は当然心配している。そしてトランプは、ギンズバーグの後任に彼女とは正反対の候補者、つまり始原主義者、原典主義者で、宗教的信念から中絶に反対の、その他ありとあらゆる保守的な傾向を持つ、エイミー・コニー・バレット判事を指名すると発表した(訳注:この指名は2020年10月26日に米国上院本会議で承認され、翌日バレット氏は最高裁判事に就任)。

ギンズバーグは、ブルックリンのユダヤ系中産階級家庭出身で、庶民から国の司法組織のトップに上り詰めたことで人々から愛され、尊敬されてきた。彼女は連邦最高裁における自身の立場から男女の法的平等を保護し促進した、女性の権利の擁護者として称賛されている。

しかしこれらの事実は、ニューヨークタイムズ紙が米国で繰り広げた、ギンズバーグ称賛の嵐による巧みな神格化を説明し切れない。彼女は人類がかつて見たことのないような、正義と冷静さの神のように奉られた。この奇妙な殉教史に割り込んできた偉大なギンズバーグを前にしては、ソロモン王でさえ自分の名声を疑うかもしれない。この有害な環境における米国の政治文化の問題は、すべてが救いがたいほど、何か別のもののシンボルになってしまうことだ。何事も内部の複雑さや歴史的バランスを失ってしまった。

ギンズバーグはリベラル派からは愛され、保守派からは嫌悪されるリベラルな判事だった。共和党が急いで彼女の代わりに就任させようとしているバレットは、イランのアヤトラ・アリ・ホメイニやサウジアラビアのワッハーブ派聖職者でさえ大のリベラルに見えるほど悪名高かった保守派の故アントニン・スカリア判事より、更に強硬派であることは明らかだ。これはこの国がいかなる中庸の知恵も―この国にそんなものがあったとしたらだが―失ってしまったことを明確に示唆している。

白人フェミニズム

ギンズバーグの聖人伝で失われたものは、バランスが取れた一片のクリティカルシンキングだ。彼女は思いやりのある有能なブルジョワ・フェミニストだった。米国の連邦最高裁は、1944年の悪名高いコレマツ対アメリカ合衆国訴訟で日系アメリカ人を強制収容したキャンプを合法とし、2018年のトランプの人種差別主義的なムスリム入国禁止令を合法であると支持したように、保守色が強い傾向にある。彼女はそこにバランスをもたらした力強い勢力だった。

しかし、ちょっとしたクリティカルな判断力はギンズバーグに対しても使われるべきだ。ニューヨークタイムズ紙が仕掛けたRBG(彼女の愛称)への公開お世辞は、まもなく反発を招き始めた。人々はこの死後賛美に疑問を呈し始めた。ネット上で批判の声が大きくなったため、ニューヨークタイムズは早急なダメージ対策を取り、行き過ぎに対処することにした。「ギンズバーグ絶賛の中、小さな反動も」と見出しが出る。小見出しが「ルース・ベイダー・ギンズバーグへの哀悼、長年くすぶってきた問題も蒸し返す: 結局、彼女が象徴するフェミニズムは誰のもの?」と続く。

いまは、より慎重な声が聞かれる。「彼女が1人で民主主義の崩壊を止める防波堤になっていたと賛美していた人達には、他の意見が出てきたのは驚きかもしれない。死後数時間以内に、彼女にまつわるポップな聖人伝に対するちょっとした皮肉以上のものが出回り始め、彼女の平等のビジョンはどこまでの範囲の人々を含むのかという疑問を呈するものもあった。」このよりバランスの取れた評価は、ギンズバーグを「白人フェミニズム」だと堂々と言い放つ、より進歩的なフェミニストたちの痛烈な批判があることもほのめかしていた。

ギンズバーグは「フェミニストのアイコンになった」と、ある大胆な記事にムーチン・ジャン(Muqing Zhang) は書く。「しかし彼女はその仕事において、女性を優遇するありとあらゆるアファーマティブ・アクション(マイノリティー優遇措置/差別是正措置)や公的プログラムを潰してきた」。「真実は、ギンズバーグは自分が起こした数百件の性差別訴訟を通して、女性を優遇するすべてのマイノリティー優遇措置や公的プログラムを組織的に標的にし、潰してきた。大流行したフェミニスト格言で愛されたギンズバーグが、連邦最高裁でキャリアを積む前に、女性のための優遇措置制度を潰すことに情熱を傾けたのはなぜか。白人フェミニズムだ」と続く。

いまギンズバーグに向けられている非難は、この耳の痛い批判だけではない。自らの手放しのおべっかにパニックになったニューヨークタイムズ紙は、進歩的なフェミニストたちの後に続くことにした。国会議事堂でギンズバーグの追悼式が行われる中、ニューヨークタイムズ紙はずいぶんダイレクトに、かつ慎重に敬意を払いつつ、ギンズバーグの虚栄心が、オバマ前大統領の任期中にリベラル派の判事に席を譲ることをいかに阻んだかについて事細かに報じた。

スーザン・ドミナスとチャーリー・サベージの記事によると、2013年、オバマは当時80歳で連邦最高裁最高齢の判事であり、既に癌と闘っていたギンズバーグに、ランチミーティングでこの微妙な問題について話し、引退してはどうかとやんわり勧めたそうだ。しかし彼女は、頑としてこの遠回しな勧めに乗ろうとしなかった。

この記事にははっきりと、2018年のアンソニー・ケネディ判事の引退は、彼の元補佐官であったニール・ゴーサッチ判事を後任に据えるためにトランプ政権が勧めたものだったと書かれている。ケネディは明らかに自分の後任が誰になるか配慮していた。ギンズバーグは致命的な病に侵されながらも、絶大な力を持つ任務にしがみつくことを選んだ。

パレスチナに無関心

世界中どこでも正義は希望であり、これは米国の専売特許ではない。人間の批判意識にとって、正義を希求するのは自然なことだ。従って米国の正義のアイコンである彼女も、世界中の人々にとって明確に正義の問題であるパレスチナに対して、どのような立場を取ったか訊かれて当然だろう。くしくも「正義(ジャスティス)」という敬称がつけられる判事という身分で、パレスチナや他の国の正義を気にかけないなどということがあるだろうか。

これに関して、彼女の公の場での言動から判断すると、ギンズバーグはこれっぽちも気にかけていなかった。2018年7月、彼女はテルアビブでジェネシス賞財団からの生涯功績賞を喜々として誇らしげに受け取った。イスラエル人入植者による植民地のプロパガンダ道具として機能し、潤沢な賞金を気前よくくれる賞だ。ギンズバーグの功績とイスラエルは何の関係があるのだろう? 彼女はイスラエル人ではなく、アメリカ人だった。ジェネシス賞のプロパガンダ工作に関与するのを拒否した良心的なイスラエル人さえいるというのに。例えば、有名女優のナタリー・ポートマンはこの賞を受け取ることを拒否した。しかし、受賞のために喜々としてイスラエルへ飛んだギンズバーグはそうではなかった。

事実、フィクション、ファンの熱狂

これらの不名誉な事実の数々は、ギンズバーグの功績をこれっぽちも損なうものではない。彼女は卓越した女性であり、どんな名誉にも十分値し、人々の愛と称賛は彼女のものだ。問題はしかし、事実とフィクション、ファンの熱狂の間の境界線があやふやで、この国ではこれらすべてがごっちゃになり、混乱し、民主主義の責任ある市民に必要な、批判的判断を視野に入れた真剣なやりとりを許さないことだ。

ギンズバーグのレガシーをめぐって流布された聖人伝は、米国を長年蝕んできたより大きな病の症状といえる。そしてこれは、数々の問題を抱えたトランプ政権によって前面に押し出され、世界が持つこの国の「自由なる大地、勇者の故郷」のイメージを混乱させるのだ。

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原文:”Ruth Bader Ginsberg was no saint” by Hamid Dabashi,
Middle East Eye, Opinion | US Politics, 9 October, 2020
URI: https://www.middleeasteye.net/opinion/ruth-bader-ginsburg-was-no-saint
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