TUP BULLETIN

速報336号 ブレア首相への公開書簡 04年7月12日

投稿日 2004年7月12日

FROM: Schu Sugawara
DATE: 2004年7月12日(月) 午後6時50分

◎英国元外交官らからブレア首相へ、イラク政策に関する公開書簡

2004年4月26日、英国の元外交官ら52人連名で、ブレア首
相への公開書簡が出され、翌朝の英国全国紙を一斉に飾りました。
例えば、インディペンデント紙では、朝刊の一面全面がこの公開書
簡でした。公開書簡においては、対イラク政策に大きな憂慮を表明
し、かつ今が表明の時、と強い調子で述べています。どこの国でも、
外交官は縁の下の力持ちを旨とし、国の方針に表立って異議を唱え
るのは暗黙のタブーとされています。それは英国でも例外ではあり
ません。だからこそ、この公開書簡は各界に強い衝撃を与えました。
/TUP 坂野
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凡例: (原注) [訳注]
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52人の元英国大使、元高等弁務官などから首相へ――
政府の中東政策についての書簡 2004年4月26日
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拝啓

総理大臣殿

私どもは、末尾に署名しておりますように、中東その他の地域に長
く携わった元英国大使、元高等弁務官、元海外総督、国際分野の元
高官からなる有志です。私どもは、首相が今まで、アメリカ合衆国
と密接な協力態勢のもとで取ってきた、アラブ・イスラエル問題と
対イラクの政策を見守りながらも、懸念を強めてまいりました。

先のワシントンにおける記者会見で首相とブッシュ大統領とが改め
てこれらの政策を表明したことを受け、私どもの憂慮を世に表明す
る時が来た、と感じております。それが議会で取り上げられ、抜本
的な政策の見直しにつながることを期待します。

米国、欧州共同体、ロシア、そして国連によって、先に、イスラエ
ル・パレスチナ間の紛争解決に向けた「ロードマップ」が示されま
した。これは、過去数十年にわたり、西側とアラブ/イスラム世界
との関係に何にもまして深い影を落としてきたひとつの問題を解決
すべく、主要国がついに確固たる協調努力を始めるだろうという希
望をもたらしました。

そのような紛争解決の基礎となる法的・政治的な原則は、しっかり
と確立していました。クリントン[前米]大統領は、在任中、この問
題に取り組んだものでした。解決のためになすべき事案はよく理解
されており、当事者の一部の間では、非公式な合意もすでになされ
ていたのです。

しかし、そんな希望は脆弱なものだったと言わざるを得ません。現
在まで、交渉進展や暴力抑制のための有効なてだてが何ら打たれず
にきています。英国をはじめ「ロードマップ」の保証国は、アメリ
カが率先して動くことを待っただけで、それは待ちぼうけに終わり
ました。

そのうえ、もっと悪い事態が待ちかまえていました。何ヶ月もの時
間を無駄にしたあげく、国際社会は、アリエル・シャロンとブッシュ
大統領が発表した、一方的で不法なばかりか、イスラエルとパレス
チナ双方にさらなる流血をもたらすであろう新たな政策に向き合う
ことになったのです。こうした後戻り自体、たいへん残念なことで
すが、他ならぬ首相ご自身がこの政策を支持して、過去40年近く
パレスチナの地に平和を回復しようとする国際的な努力の指針とな
り、またそれらの努力が実りを生み出す基盤となってきた原則を放
棄しかねない姿勢を拝見するにつけ、私どもの失望は深まるばかり
です。

しかも、アラブ/イスラム世界における英米同盟のイメージが、好
むと好まざるとにかかわらず不法かつ残虐なイラク占領に彩られて
いる折も折、このような原則の放棄が行なわれているのです。

イラクにおける戦争の結果を見ると、サダム後の事態収拾について、
何ら有効な計画がなかったことが明らかになってきました。当地に
経験を持つものは皆、連合軍によるイラク占領は、深刻で頑強な抵
抗にあうことを予期していましたし、実際、そうなりました。抵抗
勢力がテロリストや狂信主義者や外国人によって率いられていると
いう説明は、説得力がありませんし、事態解決の手助けにもなりま
せん。イラク政策は、この地域でもっとも複雑な国であるイラクの
人々の気質や歴史を考慮に入れなければなりません。

イラク人が民主社会をどれほど強く切望したにせよ、民主制が連合
国によって今作られるという願望は、甘過ぎます。それが、英米両
国の同地域に詳しい独立した専門家、ほぼ全員の意見と言っていい
でしょう。首相とブッシュ大統領とがラクダール・ブラヒミ[国連
特使]による提案を歓迎したことは、私どもは好意的に受け止めて
おります。我々は、何であれブラヒミ氏の要請することを支援し、
また、現在占領への抵抗運動を活発に展開している人々も含むイラ
ク人自身と国連が共同でこの乱れきった状態を一掃できるよう、国
連の権限を強化しなければなりません。

連合軍による軍事行動は、現場から遊離した判断にもとづくのでは
なく、政治目標とイラク現地の戦況にもとづいて決定されるべきで
す。軍隊を動かすのは現地司令官の裁量と一任して済む話ではあり
ません。任務に不釣り合いの重火器を手にしていること、煽情的な
言葉、現在のナジャフとファルージャでの衝突、これら全てが、抵
抗運動を孤立させるよりもむしろ勢いづかせているのです。

連合軍によって殺されたイラク人の数は、合計1万人から1万5千
人の間になるでしょう(恥ずべきことに、連合軍自体は推計さえし
ていないようです)。ファルージャで先月殺された人々の数だけで
も数百人を下らないようですし、その中には子どもたちを含む多く
の一般市民がいます。「失われた一人一人の貴い命に対して謹んで
お悔やみ申し上げます。犠牲者と遺族の方々に、その勇敢さと貴い
犠牲に対して心からの敬礼を捧げます」といった言葉は、連合軍側
の死者にしか向けらないものらしく、これらの殺人が引き起こした
イラク人たちの激情をなだめる役に立つものではありません。

英国政府ができる限り密接に米国と協調してこれらの課題に取り組
み、誠実な同盟国として真の影響を及ぼそうという首相の方針を、
私どもも共有するものです。私どもは、今こそ、そのような影響力
の行使が、喫緊の課題だと信じます。もし首相がその課題を受け入
れられない、あるいは歓迎できないとおっしゃるなら、私どもとし
ても、失敗することが火を見るよりも明らかな政策を支持すること
などお断りです。

敬具

ブライアン・バーダー卿 元オーストラリア高等弁務官、
ポール・バーニュ 元外交官・元ウズベキスタン大使
ジョン・バーチ卿 元ハンガリー大使、
デビッド・ブレイザーウィック卿 元アイルランド大使、
グラハム・ヒューズ・ボイス 元エジプト大使、
ジュリアン・ブラード卿 元ドイツ連邦共和国[西独]大使、
ジュリエット・キャンプベル 元ルクセンブルグ大使、
ブライアン・カートリッジ卿 元ソビエト連邦大使、
テレンス・クラーク卿 元イラク大使、
デビッド・ヒューズ・コルビン 元ベルギー大使、
フランシス・コーニッシュ 元イスラエル大使・元ブルネイ高等弁務官、
ジェームズ・クライグ卿 元サウジアラビア大使、
ブライアン・クロウ卿 欧州共同体 外交防衛省元長官、
バジル・イーストウッド 元シリア大使、
ステファン・エガートン卿 元サウジアラビア大使、
ウイリアム・フラートン 元モロッコ大使、
ディック・フィジス=ウォーカー 元スーダン大使・元パキスタン大使、
マラック・グールディング卿 国連平和維持部元長官、
ジョン・グラハム卿 元NATO[北大西洋条約機構]大使、
アンドリュー・グリーン卿 元シリア大使、
ビクター・ヘンダーソン 元イエメン大使、
ピーター・ヒンチクリフ 元ヨルダン大使、
ブライアン・ヒッチ 元マルタ高等弁務官、
アーチー・ラム卿 元ノルウェー大使、
デビッド・ロガン卿 元トルコ大使、
クリストファー・ロング 元スイス大使、
アイボール・ルーカス 元オマーン大使・元シリア大使、
イアン・マクローニー 元ソマリア大使、
モリーン・マクグラシャン イスラエル外交業務、
フィリップ・マクリーン 元キューバ大使、
クリストファー・マクレー卿 元チャド大使、
オリバー・マイルズ 中東特使、
マーティン・モーランド 元ビルマ大使、
キース・モリス卿 元コロンビア大使、
リチャード・ミュイール卿 元クェート大使、
アラン・モンロー卿 元サウジアラビア大使、
ステファン・ナッシュ 元ラトビア大使、
ロビン・オネイル 元オーストリア大使、
アンドリュー・パーマー 元バチカン大使、
ビル・カントリル 元カメルーン大使、
デビッド・ラトフォード卿 元ノルウェー大使、
トム・リチャードソン卿 元国連大使代理、
アンドリュー・スチュアート 元フィンランド大使、
デビッド・タサム 元フォークランド諸島総督、
クリスピン・ティッケル卿 元国連大使、
デレク・トンキン 元タイ大使、
チャールズ・トレッドウェル 元アラブ首長国連邦大使、
ヒューズ・トンネル 元バーレーン大使、
ジェレミー・バルコー 元ソマリア大使、
ハロルド・「フーキー」・ウォーカー卿 元イラク大使、
マイケル・ウイアー卿 元エジプト大使、
アラン・ホワイト 元チリ大使

[訳注:上では、名前の部分は、英語慣用に従った通称で署名して
いる場合が少なくない。例えば、本名リチャードが、通称ディック
になるように。ここでは、公開書簡の綴り通り訳している。]

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[原文] 公開書簡なので、色々な場所で公開されている。
例えば、以下に、代表的な英国のマスメディアでのURLを挙げる
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/3660837.stm
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2004/04/27/nletter27.xml
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,251-1089361,00.html
http://argument.independent.co.uk/low_res/story.jsp?story=515676&host=6&dir=140
http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,2763,1204207,00.html
本訳中での署名の肩書きについては、テレグラフ紙および、筆者の
ひとりであるバーダー氏のページのものから訳した。
http://www.barder.com/brian/52lettertext.htm
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翻訳 坂野 正明/TUP