TUP BULLETIN

速報539号 デイヴィッド・モース 「資源戦争の現場、ダルフール」 050903

投稿日 2005年9月3日

FROM: minami hisashi
DATE: 2005年9月4日(日) 午前0時24分

☆昔は奴隷制度、今は石油文明――車社会とジェノサイド★
アラブ遊牧民の騎馬軍団が、黒人農耕民の集落を襲い、民族憎悪も露わに家い
えを焼き払い、男を殺し、女をレイプする――たった今、スーダン西部のダル
フールで日常的に起こっている事態は、たまに報道されることがあると、遠い
昔の物語ではないと知りながら、はるか遠いところのできごとと感じられてい
ないでしょうか? だが、ダルフール大量虐殺の背景に石油争奪戦があるとす
れば、どうでしょう? 石油供給・消費ネットワークで結ばれている狭い世界
を背景に置けば、ダルフールのできごとが私たちにグッと近くなるはずです。
私たちの生活を直撃しているガソリンなど石油製品価格の高騰が、そして私た
ちのライフスタイルがアフリカの惨劇に一直線に繋がっていること――これが
本稿の詳細な報告が伝えるメッセージです。
ちなみに筆者はクエーカー教徒――訳者はTUPアンソロジー第1巻『世界
は変えられる』所収のアダム・ホークシルド「英国奴隷解放史」に登場するク
エーカー教徒グループを思い出しました。井上

追記: デイヴィッド・モース氏から一言――「私は、アメリカ国民として、
本稿で米国政府と米国民とを批判していますが、その批判の多くは、いずれの
国の政府や国民にも向けられていると言っておかねばと思います。私たち皆が
ジェノサイドを見て見ぬふりをしています。私たち皆が沈黙に連なっています。
私たち皆がダルフール住民を救うための骨身を惜しんでいます」

凡例: (原注)[訳注]〈ルビ〉《リンク》
お願い: URLが2行以上にわたる場合、全体をコピーしてください。
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トムグラム: デイヴィッド・モース、資源戦争の現場、ダルフールを語る
トム・ディスパッチ 2005年8月18日

まえがき
――トム・エンゲルハート

関連記事はすべて出揃っている。ここ数週間、短期間に石油価格が高騰し、反
落前には原油バーレルあたり67ドルという、かつて考えられもしなかったレ
ベルに達したことを、新聞の経済欄を読む者なら、だれもが無視していられな
くなった。ハイウェイを走るドライバーのだれもが、現在、ガロンあたり2ド
ル50セント前後で推移《1》する(物価を急騰《2》させ、消費意欲を減退
《3》させる)無鉛ガソリンの店頭価格を避けて通れない。1週間足らず前、
過去12年にわたりエクソン・モービルの最高経営責任者を務める(2004
年分の報酬総額は控えめな3810万ドルだったが、大増収分の多くを会社が
控除しなかったら、10億ドルは稼げたであろう)リー・R・レイモンド
《4》が近く退陣する意向であると伝えられたのに目の利く人は気づいただろ
う。彼は、地球上でたぶん最も繁盛している最も“効率的な”企業の最高幹部
として、2004年にエクソン・モービル社が253億ドルに達する収益を稼
ぐ道筋をつけ、さらに2005年上半期だけで(100万の位で四捨五入し
て)150億ドルになるという増収をもたらした。そうそう、ところで、どな
たか、スーダンのダルフールという場所のどこかで大量虐殺が進行しているの
をご存知でない方はおられるだろうか?
1. http://money.cnn.com/2005/08/15/news/economy/gas_prices/index.htm
2. http://www.cbc.ca/cp/business/050817/b081774.html
3. http://biz.yahoo.com/prnews/050805/cgf013.html?.v=20
4. http://www.washingtonpost.com/wp-
dyn/content/article/2005/08/04/AR2005080400994.html

だが、一方の高騰する石油価格水準や店頭価格、それに石油会社の巨額収益と、
他方の遠く離れたアフリカの大量殺戮〈さつりく〉との間の繋がりは、あなた
の地方の新聞を開いても、とてもじゃないが読むことがない代物だろう。それ
でも、増大する世界エネルギー需要とピーク・オイル[石油生産量が頂点に達
し、減少に転じること]の恐怖《*》とが圧力になって、多数の国ぐにの石油
会社が地球を探索しまわり、各国政府、部族長、軍閥、その他だれでも、未開
発のブラック・ゴールド[石油]新規埋蔵地帯に案内してくれる者を買収して
いる。ワシントン・ポストがレイモンドに関する例の記事で差し障りなく伝え
たように、エクソン・モービルは「赤道ギニア、ベネズエラ、ロシア極東とい
った多様な――200か国・地域で操業している」。実に多様である。スーダ
ンも“多様”であり、世界石油獲得競争の渦中に投げ込まれているのだが、そ
の恐ろしい帰結を、ここにジャーナリストのデイヴィッド・モースが鮮やかに
解明する。トム
http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=10216

未来戦争
石油がダルフールの大量虐殺の原動力
――デイヴィッド・モース

たった今、未来戦争が、スーダンの名で知られるアフリカ北東部の広大な砂漠
地帯で遂行されている。兵器じたいは未来的ではない。SFに出てくる光線銃、
フォース・フィールド、ロボット突撃隊はどれひとつとして登場しない。つい
でに言えば、衛星誘導プレデター無人機といった現代の最先端をいくハイテク
兵器も見当たらない。

それどころか、この戦争はカラシニコフ銃、棍棒、刀を使って遂行されている。
ダルフールの名で知られるスーダン西部地域では――ラクダや馬に乗ったアラ
ブ人民兵たちが実行する――お好みの戦術は、焼き討ちと略奪、去勢とレイプ。
戦場にある最先端技術のものとしては、一方に、民兵が黒人居住区集落を襲撃
するときに支援するスーダン政府軍のヘリコプター、他方に、まったく別種の
装備、外国の石油会社が地下数百フィート深くにある石油滞留層を特定するた
めに用いる地震計。

未来戦争を引き起こしているものは、西はチャドに達し、南はナイジェリアや
ウガンダに伸びる広大な地下滞留層が、確定埋蔵地と推定埋蔵地とに色分けさ
れて提示されるといった、あなたが思い描くようなダラスや北京の会議室での
洒落〈しゃれ〉たパワーポイント・プレゼンテーションではなく、テクノロ
ジーでもなく、まさしく純然たる石油の存在なのである。

これは、経済成長を大前提とし、限りある資源の埋蔵地帯の獲得競争にあけく
れる列強が関与する資源戦争であり、代理戦争なのだ。まるでマイケル・クレ
アの本 “Blood and Oil”[『血と油』]《*日》のページから跳びだしたよう
な戦争であり、目に見えない戦争ではないと仮にしても、私たちの石油依存が
もたらす影響の鮮やかな実例ではある。

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目に見えない?

アフリカのできごとなので、見えない。私たちの主流メディアが石油産業を金
蔓〈かねづる〉にしているので、見えない。テレビや新聞・雑誌の自動車広告
を考えてみよう。私たちの車文化、私たちの郊外乱開発、私たちの強迫的な金
持ち・有名人志向を、そして、こんなことはいつまでも続かないと知っている
くせに、いつまでも続くと思いこむ浅慮の裏にある自己愛を考えてみよう――
すると、なぜダルフールが包み隠された世界に滑りこむのか見えてくる。しか
も、ダルフールは、スーダンとして知られる、ぶざまな、傷ついた国の一地方
にすぎない。ニコラス・クリストフは、ニューヨーク・タイムズ紙の論説
《*》で、ABCニュース放送が夜のニュース時間帯にダルフールについて報
道したのは、昨年全体で合計18分であり、これはピーター・ジェニングスの
手柄と言うべきで、NBCの場合、5分間だけ、CBSでは、3分間だけだっ
た、と指摘した。マイケル・ジャクソン裁判の報道時間に比べれば、もちろん、
ほんの一瞬。
http://migs.concordia.ca/KristoffMediaNeglectDarfurCrisis.htm

私は分からない。アフリカで大量虐殺が起こっているのに、私たちの目がどこ
かの性悪なアフリカ系アメリカ人スーパースターに釘づけになっているのは、
どうしてだろう? 10年前のルワンダ大虐殺で100日のうちに80万人の
ツチ族住民が無惨に殺害されたとき、私たちの目を捉えていたのは、O・J・
シンプソン裁判だった。

そうなのだ。アフリカ人の人命を大切にするどころか、アフリカを理解しよう
とする手間さえ惜しむ私たちの拒否反応に人種差別が関わっている。そうなの
だ。サマンサ・パワーが著書 “A Problem from Hell: America and the Age
of Genocide”[『地獄伝来の問題――アメリカと大量虐殺の時代』]《*日》
で立証してみせる否認を、あるいは私たちが大量虐殺を認識するさいの度しが
たい困難を私たちは経験している。大量虐殺に気づいたとたん、私たちは人道
主義の理念などと口先で言ったりするが、無為に傍観しているだけ、と彼女
[パワー]は述べる。そうなのだ。アフリカの動乱は、ソマリアでの私たちの
体験を、米兵たちが足首を掴まれ、街路を引きずられる強烈なイメージを伴っ
て思い起こさせるかもしれない。だが、これはすべて同じように深いところに
潜んだ存在に仕組まれたものであり、私たちの石油依存ライフスタイルを脅か
しかねない、また産業界の石油依存構造がアフリカに荒廃をもたらすという事
実の認識に私たちを誘いかねない繋がりの脈路にメディアが気づくのを妨げる
明文化されない沈黙の共同謀議である、と私は信じる。

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たまにダルフールがニュース――焼き討ちされた村、黒焦げ死体、栄養失調の
子どもの写真――になっても、脈絡なしに提供される。実は、ダルフールは石
油を巡って広範囲におよぶ北アフリカの危機の一環なのだ。毎日、推定300
ないし400人のダルフール住民が死んでいる。それなのに、また私たちアメ
リカ人はこの人びとの生命を代償に自分たちの大型車を満タンにしているとい
うのに、メディアのメッセージは、この人道上の惨劇を抑えたいと思っても、
われわれアメリカ人には「打つ手なし」というものだ。

あのクリストフでさえ――ダルフールに脚光を当てつづける主流ジャーナリス
トとしての努力《*》はピュリッツアー賞ものだが――石油との関連を捉えら
れないでいる。それでも、石油がスーダン内戦を推進させる原動力だった。石
油がダルフールの大量虐殺を動かしている。石油がブッシュ政権の対スーダ
ン・対アフリカ政策を動かしている。そして、石油がスーダンを隣接諸国もろ
とも混沌のなかへと押し流しそうだ。
http://www.guernicamag.com/interviews/the_crisis_of_our_times/index.ph
p

大量虐殺の背景

私は以上の主張を事実で裏付けよう。だがとりあえず、首都ハルツームのスー
ダン政府要人たちの言い分を聞いてみよう。ダルフールの大量虐殺は、北部の
遊牧民と南部の黒人農耕民との間に古代から受け継がれてきた敵対関係が原因
であると彼らは好んで説明する。民兵に鉄道輸送、武器、賃金を提供しながら、
民兵にかかわる自分たちの責任を否定し、自分たちは民兵に指図できないと言
い張る。オサマ・ビンラディンを支持し、スーダンはじめ、そこらじゅうにイ
スラム原理主義を押し付けようとする民兵のイスラム教イデオロギー《*》に
甘い。それでいて、貧窮・後進化した国家の一体性を保つために闘う実務政権
を気取っている。何よりも欲しいのは、欧米諸国からの経済援助の増額であり、
1997年、クリントン大統領がテロ支援国家リストにスーダンを加えたとき、
アメリカが課した経済制裁の終結である。彼らの眼に映るダルフールは、不都
合な異常事態であり、そのうち解消するだろうというわけだ。
http://www.covertactionquarterly.org/sudan.html

民族対立と人種差別とが今日のダルフール紛争に要因の一部として絡んでいる
のは本当である。しかし、スーダン内戦という大文脈に置いて見ると、ダル
フールのは例外的な事態ではなく、その紛争の延長である。1978年にスー
ダン南部でシェブロンが石油を発見した結果、南北間紛争の背後にある真の動
因が明確になった。サハラ辺縁諸国における従来からの水資源争奪戦は、まっ
たく別種の闘争に転化した。ハルツームのアラブ人主導の政府は、スーダン国
内に引かれた領域境界を改変し、石油埋蔵地を南部領域から外した。21年続
いたスーダンの南北戦争は、このために始まったのである。戦闘は、まもなく
南方へ、スーダン内奥へ、ナイル川源流域であり、歴史的な水資源争奪戦には
縁遠かった湿気に富む地域へと移動した。

南部から出た反政府勢力は、新たな国家の鉱物資源の多くは久しく領有してき
た土地の産物なので分け前が欲しいと要求し、石油パイプライン、ポンプ装置、
油井、その他の基幹施設を攻撃の標的にした。反政府勢力・スーダン人民解放
軍(SPLA)の指導者、ジョン・ガラングは、これらの設備は戦争の正当な
攻撃対象であると宣言した。この時期に石油会社は紛争地域から撤退したが、
1990年代に復帰しはじめた。中国とインドの石油会社がとりわけ熱心であ
り、反政府軍攻撃を防止する政府軍部隊に守られて、段丘地形周縁の後背地で
数多くの掘削をこなしている。スーダン石油を国際市場に初出荷した経路は、
紅海に通じる中国のパイプラインだった。

石油が発見されるまで、この埃〈ほこり〉っぽい土地は輸出に適するものをほ
とんど産出していなかった。可耕地のほとんどは、サトウモロコシや主食作物
を育て、ラクダや牛を放牧する自給自足農業にあてられていた。輸出作物とし
ては、いくばくかの綿花が栽培されていた。スーダンは、いまだに時どき[定
冠詞を付けて]ザ・スーダンと呼ばれることもあるアフリカ最大の国であり、
最貧諸国のひとつである。面積がアメリカのミシシッピ川から東の区域とほぼ
同じ、260万平方キロメートル足らずの、この区域は、国家というより地域
である。約570部族にはっきり分けられる民族と数十種類もの言語を抱えて、
歴史的に統治不能であり、その境界は植民地宗主諸国の都合で勝手に引かれて
いた。都会地ハルツームに住む、北部の名ばかりの国家要人たちは、世界経済
参入にご執心で――石油が彼らの国の一番の高価格輸出品目になるはずだった。

スーダン南部は、圧倒的に農耕中心、黒人主体の地域である。北部からは近寄
りがたい土地であったのに加えて、19世紀にオスマン・トルコの支配領域に
組み込まれ、20世紀にも、長い間、英国人領主に支配され、今は北のハル
ツーム勢力に抑えられ、社会的に取り残されてきたため、スーダン南部には、
学校、病院、それに現代的な社会基盤がほとんどない。

こうしたこと全体に人種差別が色濃く反映している。アラブ人は肌色の黒いア
フリカ人を――「奴隷」に近い存在を表す――“アビード(abeed)”と蔑称
する。内戦の間、南部からアフリカ人少年たちが誘拐されて、奴隷にされ、そ
の多くはハルツームのアラブ人主導政権によって兵役を強制された。人種差別
は止むことなく、今、ダルフールで犯されている残忍なレイプの形で吐け口を
見つけている。ハルツーム政権は、アラブ遊牧民社会の最貧・最低学歴層の人
びとを――侮蔑語そのままに――ジャンジャウィード(Janjaweed)と呼ばれ
る民兵に徴募した。

要するに、イスラム主義体制は、国家の石油の富を収奪する戦略の道具の一環
として、民族的・人種的・経済的緊張を操ってきたのである。この戦争は20
0万の人命を奪ったが、犠牲者の大部分は南部の――多くは、政府軍が人道援
助機関の難民キャンプ入りを阻止したため、飢餓に陥った――人びとだった。
それに加え、400万のスーダン人が住み処を失ったままである。これまで体
制側は、キリスト教とアニミズム[精霊信仰]が優勢な南部に、シャリアー
(shariah)、すなわちイスラム法を押しつけようとしてきた。しかし、ハル
ツーム政権はこの要求を今年1月に署名された「包括的和平協定」にもとづい
て取り下げた。南部は独自の民法にもとづく統治を許されることになり、それ
には女性の権利も記されていた。さらに、南部住民は、6年以内に一般投票を
おこない、分離するか、あるいは統一スーダンに留まるかを決定することがで
きるようになった。何よりも重要な石油収益はハルツームとSPLA支配地域
との間で配分されることになった。権力分担に関する合意のもと、SPLA司
令官、ジョン・ガラングは、オマール・アル・バシル大統領と並ぶ副大統領に
就任することに決まった。

西方のダルフールは、この協定の埒外に放置された。ある意味で、この協定は
――米国による支援のもとで取引され――面積はフランスほどで人口は希薄、
石油だけは豊富な干上がった土地、ダルフールを犠牲にして締結されたもので
ある。この地域には、今日のスーダンとして知られる領域からは別個の、チャ
ド領に食いこんだスルタン領としての古代史がある。ダルフール住民は、南
スーダンに比べるとイスラム教徒が多く、キリスト教徒は少ないが、大多数が
黒人系アフリカ人であり、彼らはフュール(Fur)族といった部族への帰属意
識を持つ。(実を言えば、ダルフールは「フュール族の土地」の意) ダル
フールのイスラム教礼式は、ハルツーム政権を支配するイスラム主義者の眼鏡
に適うにはあまりにも規律が緩い。だから、掘削やパイプライン設置に道を開
けるために、また反政府活動の聖域を一掃するために、ダルフールの集落は焼
き払われてきたのだ。農民から奪われた土地の一部は、隣国のチャドから呼び
寄せられたアラブ人に与えられていると伝えられる。

石油と動乱

今年1月に協定が署名され、戦争で荒廃したスーダン国土の大半が安定化する
目途が立って、4月には外国石油企業による新たな地震観測探査が始まった。
その結果、スーダンの推定石油埋蔵量は倍増し、少なくとも5億6300万
バーレルに達することが分かった。じっさいにはもっと多くなることも予想さ
れる。ハルツーム政権は埋蔵総量を50億バーレルと主張している。それでも、
ペルシャ湾岸6か国――サウジアラビア、イラク、アラブ首長国連邦、クウ
ェート、イラン、カタール――が保有する6740億バーレルの確認埋蔵量に
比較してスズメの涙だ。スーダン石油の埋蔵量は多寡〈たか〉が知れていると
いう事実そのものが、石油の新たな産出源を躍起になって求める産業諸国の焦
りを雄弁に物語っている。

石油需要の急増がスーダンに大惨事を招いている。ハルツームに入る石油収益
の日額は約100万ドルであり、これは政府が兵器――ロシア製のヘリコプ
ターと爆撃機、ポーランド製と中国製の戦車、イラン製のミサイル――に注ぎ
込む金額にピッタリ相当する。だから、石油はすべての段階でダルフールの大
量虐殺に油を注いでいるのだ。これが、ダルフールを――さらにはアフリカ全
体を――理解するために知るべき背景である。アフリカの民族文化の茫漠〈ぼ
うばく〉たるタペストリー[つづれ織り]、森やサバンナの豊かさは――奴隷、
象牙、金、ダイヤモンドをあさる――ヨーロッパの植民地主義列強による窃盗
の3世紀によって引き裂かれたが、その同じアフリカが、21世紀の石油探索
によって今ふたたび荒されている。

現在、スーダンは、ナイジェリア、リビア、アルジェリア、アンゴラ、エジプ
ト、赤道ギニアに続く、アフリカで7番目の石油産出国《*》である。
http://www.sudantribune.com/article_impr.php3?id_article=10867

発展途上国で石油が発見されると、事実上どこでも、その石油が開発に伴って
腐敗と動乱とをもたらした。透明性の欠如や富の集中のために、地域経済をい
びつにし、同時にリベートや賄賂の温床になるという点で、石油産業は、おそ
らく先頭を走る兵器産業に次いで2番目の位置に付けているだろう。

「これほど大きな利益を生みだす商品は他にない」と、ミレン・グティエレス
によるインターナショナル・プレス・サービス記事の会見取材で、テリー・
カール《1》が述べた。「そして、このことは、概して高度の権力集中、非常
に弱体な官僚機構やお粗末な法治を前提としている」 カールは、”Bottom of
the Barrel”[『樽の底』]《2》と題された、アフリカにおける石油の影響
に関するカトリック救援サービシズ報告の共同執筆者である。彼はガボン、ア
ンゴラ、ナイジェリアを例にあげ、これらの国は数十年前に石油開発をはじめ
たけれど、深刻な腐敗のうちに苦しんでいると述べる。アンゴラでもそうだが、
ナイジェリアでは、過大評価された為替レートが石油外経済を破壊してしまっ
た。またニジェールのデルタ地帯では、石油収益の管理をめぐる地方反乱が軍
による全面的な弾圧のきっかけを与えた。
1. http://www.corpwatch.org/print_article.php?&id=8128
2.
http://www.catholicrelief.org/get_involved/advocacy/policy_and_strateg
ic_issues/oil_report_one.cfm

石油会社やハリバートンなどの探査会社は、政治力を行使し、時には軍事力を
振りかざす。スーダンでは、以前には進入を拒んでいた土地の集落が、石油企
業が建設した道路や橋を使って攻撃されるようになった。カナダ最大の石油会
社、タリスマン社は、パイプライン建設と掘削のための用地を確保するために、
スーダンの政府軍が教会を爆破し、教会指導者たちを殺害するのを支援した容
疑をかけられ、目下、被告席に座っている。カナダ国内世論の圧力を受けて、
タリスマンはスーダンにおける保有資産を売り払ってしまった。スウェーデン
の会社、ルンディン石油ABは、人権運動諸団体から同じような圧力を受けて
撤退している《*日》。
http://ngo.ameblo.jp/entry-b58a57beea309a2a4246f5c69f09ad37.html

マイケル・クレアは、石油生産が本質的に不安定化要因になると説く――

「他の国富財源に乏しい国ぐにが国内の石油資源を開発すると、支配層のエ
リートたちは、いつもながら石油収益の分配を独占し、みずからと身内の富の
蓄積を図りながら、その他の国民を貧困のままに突き放す――そして、これら
“石油国家”の治安部隊は、装備が充実し、しばしば特権的に待遇され、支配
階級を支えているのが定石と言っていい」

これらの反デモクラシー体質と、中国とインドの高度成長経済の猛烈な渇きと
を調合すると、アフリカ不安定化の処方〈レシピ〉になる。2004年の石油
輸入の伸び率は、中国では33パーセント、インドでは11パーセントだった。
国際エネルギー機関の予測によると、2010年には両国合わせて日量113
0万バーレルの石油を消費し、これは世界需要の5分の1を超えることになる。

キース・ブラッドシャーは、ニューヨーク・タイムズ記事「二大食漢、石油料
理テーブルに着席」《*》に次のように書く――
http://www.energybulletin.net/4427.html

「中国やインドの石油会社が、リスク回避に敏感な多国籍企業が参入をためら
うスーダンのような国ぐにに危険承知で進出するにつれ、国有企業は投資に対
するリスクを正しく判断しているのか、あるいは、株主の資金で投機に乗りだ
す多国籍企業の意欲よりも、国民の税金で投機に乗りだす国有企業の意欲のほ
うが強いのだろうかという疑問が石油業界内にあがっている」

この不安定要因を容認することの地政学的な意味合いが、中国の国有石油企業
が戦闘たけなわの土地で石油を開発するにおよんで、スーダンで実証された。
中国とインドが――第二次世界大戦に突入する結果になる前の数年間、英国と
日本、それに米国が油田地帯への進入競争を繰り広げていたのにも似て――戦
略的見地から石油に触手を伸ばすようになって、スーダンのような不安定化し
ている国ぐにが突如として有望株になった。

今年6月、地震観測探査が新たにおこなわれたあと、また権力を分担する新協
定がまさに実施されようとしていたとき、ハルツーム政権とSPLAは、中国
とインド、それに英国、マレーシア、その他の国の石油会社と石油取引契約を
慌ただしく結んだ《*》。
http://www.commondreams.org/views05/0721-26.htm

荒涼たるスーダン、荒涼たる世界

この石油争奪合戦の様相を見れば、ブッシュ政権のスーダンに対する統合失調
症的な姿勢の説明がつくかもしれない。一方では、2004年9月――[大統
領の]選挙前だったので、アフリカに多くの宣教師を送り出している保守的な
キリスト教徒たちへのリップサービスだったと思われるが――コリン・パウエ
ル国務長官[当時]が、ダルフールで起こっている事態は「ジェノサイド」で
あると断定した。他方、選挙が終ると、大統領がダルフール情勢に対して口を
閉ざしてしまっただけでなく、政府は議会内の「ダルフールの和平および説明
を求める法律」制定の動きを封じるために水面下のロビー活動をおこなった。

委員会審議の段階では、この法案は、アフリカ連合による平和維持軍の増強、
ハルツーム政権に対する新規の制裁、さらには(米国政府が大いに嫌ってい
る)国際刑事裁判所における個別当局者の訴追を要求していた。ホワイトハウ
スは、大量虐殺の終結をめざす議会の動きを封じこめ、ハルツーム政権が「対
テロ戦争に協力している」ことを根拠にして、同政権との関係緊密化を図って
いる。

手っ取り早く大量殺戮〈さつりく〉を止めさせるには、米大統領が腰を上げて、
国連でダルフールの救済を強く訴えるのが一番効果的である。わが国は、それ
だけの政治力を行使できる唯一の国家のはず。これはもちろん、さまざまな理
由により考えられないことだ。ブッシュと、彼の2000年大統領選挙戦に多
大な貢献をした石油会社とは、米国企業が戦闘に一枚噛めるように、スーダン
に対する現行の貿易制裁の解除を実現したがっているようだ。大統領は、腰を
上げるどころか――コンドリーザ・ライス国務長官《*》が、ハルツームに譲
歩する彼の意向を受けて、彼女の精一杯の笑顔を作るのに任せっきりで――沈
黙を決め込んでいる。
http://www.populist.com/05.morse.html

7月8日、SPLA指導者、ジョン・ガラングは、スーダン国民600万人の
大喝采に迎えられ副大統領に宣誓就任した。オマール・バシル大統領はアラビ
ア語で演説した。ガラングは、この国の言語が多様なことから南部の教養人の
間で好まれる英語で演説した。カリスマ性のある強力な指導者、ガラングは、
統一スーダンを望んでいた。その3週間後、ガラングはヘリコプターの墜落に
遭って落命した。ガラング死すの知らせが伝わったとたん、ハルツームや、南
スーダンの首府、ジューバで怒りの暴動が勃発した。銃や棍棒で武装した男た
ちが街を練り歩き、車やオフィスビルに火を放った。130人の人びとが殺さ
れ、何千人もの負傷者が出た。

本稿の執筆時点で、ガラングの死にまつわる犯罪の証拠は明かされていない。
ヘリコプターは、山岳地帯の雨と霧に包まれて墜落した。それにしても、疑惑
は蔓延する。SPLAおよび政府当局者は、専門家たちの国際調査団による衝
突事故の究明ができるようになるまで、平静を保つように呼びかけている。あ
まりに不吉にも、この惨事は、ルワンダの大統領で、フツ族とツチ族の権力分
担協定の実施に努めていたジュヴナル・ハビャリマナを死亡させた1994年
の飛行機墜落事故を思い起こさせる。その時の墜落が、ルワンダの爆発的な大
量虐殺を誘発したのである。

スーダンにとってガラングの死が何を意味するか、不透明である。新たに結ば
れた和平は、すでに不安定になっていた。彼の後継者に選ばれたサルヴァ・
キール・マヤーディットは、統一スーダンにたいして関心がないようだ。

戦争の再発がもたらすであろう衝撃による脅威が最大になるのは、キャンプの
難民たち――スーダンの南北間内戦で住み処を追われた国内避難民(IDP)
400万人、ハルツーム市街周縁域で無権利居住者になったり、ぶざまに広が
るスラム街に溢れかえったりして野営地に押し込められた70万人――を措い
て他にない。さらに西方、ダルフールとチャドに行けば、別の250万人のI
DPが――ジャンジャウィードによって自分たちの集落に帰るのを妨げられ、
外部からの援助に完全に依存して――一時しのぎの難民キャンプという危なっ
かしい地獄の辺土で、ビニールと棒切れで組み立てた小屋に住んでいる。

要するに、スーダンは失敗国家と失敗したエネルギー政策との衝突を体現して
いる。私たちの世界は、人類という住民が、人的・環境的コストにおかまいな
く、絞り取れる物は何でも絞り取ることに専念している惑星であり、ますます
この傾向が強まっている。石油会社にでっちあげられたブッシュのエネルギー
政策は、まっとうな人が自分の子どもたちに引き継いでもらいたいと思うよう
な世界からまったくかけ離れた状況――たいていのアメリカ国民がメディアの
沈黙に包みこまれて、あえて想像すらしない荒涼たる世界――を決定づけてい
る。

[筆者]デイヴィッド・モースは、独立ジャーナリスト・政治評論家であり、
ディセント、エスクワイア、フレンズ・ジャーナル、ネーション、ニューヨー
ク・タイムズ・マガジン、プログレッシブ・ポピュリスト、サロン、その他の
刊行物に記事や評論が掲載されている。彼の小説 “The Iron Bridge
(Harcourt Brace, 1998)”[『鉄橋』]《*アマゾン・ジャパン未登録》は、
21世紀冒頭20年間の一連の石油戦争を予言。

[原文]Tomgram: David Morse on Darfur as a Resource War
War of the Future — Oil Drives the Genocide in Darfur
By David Morse, posted at TomDispatch on August 18, 2005
http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?emx=x&pid=1423
Copyright 2005 David Morse TUP配信許諾済み

☆クエーカー教徒として★
トムグラム「資源戦争の現場、ダルフール」の筆者、デイヴィッド・モース氏
に経歴を問い合わせたところ、彼のサイトを参照してほしいとのこと。指定の
アイコンをクリックし、開いたページを読んでみると、ひとつの完結した作品
になっていました。訳者の力量では、これを略伝にまとめるのは至難の技と察
し、そのまま掲載することにしました。トムグラム記事が、誠実なジャーナリ
ズムに則る、詳細をきわめた客観報道であるとすれば、本稿は、事実に迫り、
それを伝えたいという、きわめて主体的なジャーナリストとしての覚悟を語っ
たものになっていると思います。賢明な読者は、行動するクエーカー教徒とし
ての心情をも読み取ることでしょう。井上

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小説 “The Iron Bridge”[『鉄橋』]に寄せて
著者 デイヴィッド・モース

2年前のことだが、私は20代中ごろに諦めてしまっていたビジュアル・アー
トの世界に復帰したくなり、物書きを止める――少なくとも、ジャーナリズム
を降りる――と皆に触れまわった。

彫刻スタジオを建て、編集者たちが持ちかける仕事を断わりはじめ、ふと気づ
くと、なぜか詩を書いていた。詩作は新しい生き方への橋渡しであるように思
えた。詩作と彫刻とは同じ激しさを共有していると考え、悦にいっていた。

ところが、ダルフールが跳びこんできた。

インド洋の津波に対して世界が示した反応を目にしたのに続いて、ダルフール
が心からの実感をともなって私の目に跳びこむまで、紛争は2年近く続いてい
た。スーダン西端の乾燥地帯、ダルフールで、ハルツームのアラブ人主導政府
を後ろ盾にする人種主義的な民兵軍団が――男を殺し、婦女子をレイプして―
―黒人系アフリカ人を彼らの土地から駆逐していた。津波の場合と違って、こ
の惨状はメディアの目にほとんど映ってはいなかった。世界から同情が殺到す
るようなこともなかった。10年前のルワンダのときもそうだったが、私たち
はこれを止めさせようともせず、ただ手をこまねいていたのだ。

私は、ダルフールの難民キャンプ――スーダン政府に認可されず、無認可であ
ることを理由に政府が人道援助要員の立ち入りを阻んでいた施設――に食料と
水を届けようとしていたハートフォード[コネティカット州の州都]のカトリ
ック奉仕団に参加しようと思いたち、2005年2月初め、ビザを申請した。
このようなキャンプは数多くあり、援助は意図的に拒絶されていた――以前に
も21年続いた内戦の期間中、ハルツーム政府が用いた戦術であり、これによ
って200万人のスーダン南部住民が死に追いやられ、その主な死因は飢餓だ
った。

私たちの計画は単純だった。このキャンプに食料を届けることによって――願
わくは――国際的なメディアの目の前で、スーダン当局に対決局面にいたるこ
とを余儀なくさせ、私たちを逮捕したり、国外追放に処したりさせることがで
きれば、難民たちの窮状に注目を集めることになるだろう。私は、この試みに
ついて、フレンズ・ジャーナル誌[*]に「邪悪に立ち向かって――ダルフー
ルのジェノサイド」《*》と題して書いた。
http://www.friendsjournal.org/contents/2005/0905/feature.html
[フレンズ(クエーカー教徒)信仰団に奉仕する独立雑誌。副題「現代のク
エーカー思想と生き方」: http://www.friendsjournal.org/ ]

スーダン大使館が私にビザを発行することは金輪際なかった。映像も含めて、
ダルフールから流出する情報がほとんどないのは、ハルツームのイスラム独裁
権力がジャーナリズム活動を制限する強権を握っていることも理由のひとつで
ある。コネチカットの私のジャーナリスト仲間、写真家のブラッド・クリフト
が私の所に合流したとき、彼は逮捕され、“反逆”の罪で苦痛に満ちた10日
間の拘留を課せられ、殺すと脅された。後に、国境のない医師団の職員2名が
同じような反逆罪で逮捕された。彼ら[政府側]の罪状をまとめた報告書が
ハーグの国際会議に提出され、それが、ハルツーム政権が民間居住民に対する
攻撃手段としてレイプを組織的に採用しているとする告発――政権側は否定し
つづけているものの、何千人もの被害者が肯定する嫌疑――の証拠を列挙して
いる。

大量虐殺が続いている。私はジャーナリズムの仕事を再開し、ほとんどダル
フール専門に書き、あまりにも多くのルポルタージュに欠けている歴史的・経
済的背景を提示しようと努めてきた。私が願うのは、アフリカの麻痺〈まひ〉
症状は自分たちの思考停止が押しつけている病であることを私たちが理解する
ようになること。私たちが――はるか遠くの土地のためでなく、私たち自身の
ために――責任を負うようになること。

私は中立を装うことができない。だが同時に、責任あるジャーナリズムは中立
性を要すると信じたこともない。時には、その対極が本物なのだ。ニコラス・
クリストフ《*》は、ダルフールに社会の目を向けておくために、どの主流論
説者よりも大きな貢献をしている人だが、ジャーナリズムと行動の間に引かれ
た「一線を超える道」を信じることについて語っている。真実に仕えるために
は、正確さを切実に求めるのもいい。だが、大量虐殺を目の前にして、中立性
にしがみつけば、真実を避けて通ることになる。
http://www.guernicamag.com/interviews/the_crisis_of_our_times/index.ph
p

2005年8月に私が書いたように、ダルフールの集落の大多数が破壊されて
しまった。住民たちは自分の土地に帰るのを阻止されている。連日、推定30
0ないし400人の民間人が栄養失調や病気で死んでいる。それでも、私たち
の政府は沈黙を守っている。メディアは黙っている。アメリカ国民は黙ってい
る。この沈黙の共同謀議が大量虐殺の継続を許している。

石油が大量虐殺の動因になる。4月の新たな地震観測調査は、この国の石油推
定埋蔵量は倍になることを示す結果になり、これが石油取引の俄〈にわ〉か景
気の引き金を引き、米石油会社の関心を引くことになったと、私は拙論「血、
インクと石油――ダルフールの実状」《*》において指摘している。もう一本
の記事「未来戦争」では、ブッシュ政権が連邦議会における大量虐殺の終結に
向けた立法の動きを切り崩し、さらにはハルツームとの関係緊密化を図ってい
る理由は、ズバリ石油であると主張している――わが国政府が主張するように
スーダン政府高官たちが“対テロ戦争”に協力しているためではなく、ジョー
ジ・W・ブッシュの背後に控える石油会社がスーダン石油に利害関係を持って
いるからだ。
http://www.commondreams.org/views05/0721-26.htm

政府のエネルギー政策――ディック・チェイニーと石油会社が練り上げた代物
――は、拡大するわが国の海外石油依存度を引き下げない。(これはロケット
科学ではないので)並外れて明瞭な結果は、同じような戦争の頻発である。あ
る意識レベルで、私たちはこれをすべて知っている――私たちの生活様式は維
持不可能であると知っている。私たちが終局に近づいていると知っている。人
びとの生命を代償にして私たちの大型車を満タンにしていると知っている。だ
から、共謀者として沈黙を守る。

小説 “The Iron Bridge”[『鉄橋』]のヒロイン、マギー・フォスターは、2
1世紀冒頭20年間の一連の石油戦争、気候の激変、耕地の喪失、インド亜大
陸の放射能汚染、その他もろもろによって荒廃した世界の出自である。彼女に
はそれが分からない。2ないし3世代前の人びとは、自分たちが何を破壊して
いるのか知っていた。彼女は彼らの感覚鈍磨が理解できない。私たちは理解で
きるだろうか?

目下、私の新築スタジオは無人のままだ。いつの日か、私はビジュアル・アー
トの道に思いっきり勤〈いそ〉しむだろう。またいつの日か、たぶん、ダル
フールの小説を書くんだ。だが、今は、スタジオも、小説も待ってもらわなく
ては。

私たちは愚痴をこぼす以上のことをできるだろうか? 私たちは私たちの麻痺
症状を心底から理解し、それに終止符を打てるだろうか? これはでっかい問
いかけだ。そして現時点で、この著述者の目に、この問いがダルフールで最も
急を要する問題として突きつけられている。

[原文]The Iron Bridge
Author David Morse
http://www.david-morse.com/author.html
Copyright C 2005 David Morse TUP配信許諾済み

☆そして、わたしたち日本人は……★

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日本の読者への便り
――デイヴィッド・モース

「私の記事が、『地下鉄vs戦車』のタイトルで日本経済新聞(日本のウォー
ルストリート・ジャーナルだと思うけど、違いますか?)と日経ジャーナルに
数日を相前後して掲載されたことがあります。同じものがアメリカのネーショ
ン誌1985年12月14日号に掲載され、こちらのタイトルは『わが国が地
下鉄車両を製造できないのは、なぜか』でした。拙稿は、ニューヨーク市の地
下鉄システムの車両を製造するのに、わが国の企業――ボーイングやグラマン
――は競争にならず、川崎重工が担当することになったので、神戸工場を訪問
取材し、同社の成功を描いたものでした。私には理由は明白なようでした。ア
メリカ産業は、競争力を失うまでに軍事化してしまっていたのです。対GNP
比で言えば、アメリカは日本の7倍の軍事費を使っていたので、米重工業は危
険なまでにペンタゴンに依存していました。

「私の結論はこうでした――『日本人は、アメリカにかけられている経済の軍
事化圧力に対処するさい、その理由を熟考すべきである』

「これは、20年前のこと! 今日でもそのまま通じます。

「20年前、この記事は日本の保守的な刊行物に無理なく受け入れられたと思
います。日本経済は好調でしたし、米国からの軍事化圧力は必ずしも良策では
ないと理解していた手堅い“ビジネス・マインド”が日本に生きていたからで
す。

「今日、日本を軍事化する新たな圧力が存在します。特に目立つのが、中国の
拡張経済です。これらの圧力は、たいてい石油に突き動かされています。私た
ち皆――日本人とアメリカ人、中国人、そしてヨーロッパの人びと――は、最
も真剣な考慮を代替エネルギーに向ける必要があると私は考えます。さもなく
ば、数多くのダルフールが出現するでしょう……
平和をこめて、デイヴィッド」

Copyright C 2005 David Morse 訳者宛て私信より発信者の許可を得て抄訳
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[翻訳・構成]井上利男 /TUP
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