TUP BULLETIN

速報609号 マイク・デイヴィス「スラムの惑星」 パート2 060525

投稿日 2006年5月25日

FROM: hagitani ryo
DATE: 2006年5月25日(木) 午後1時21分

☆世界の暗い未来、そして希望……★
本稿、インタビューの後半部において、マイク・デイヴィスは、暴力の応酬
や鳥インフルエンザの恐怖など、スラム化した世界の暗い未来を冷徹な声で
語りますが、それでも希望を捨てません。都会を“ノアの箱舟”に見たて、
都市圏の再開発を促すこと――希望は、この一点の努力に向かうことにしか
ないようです。
 そして、私たちにとっての希望は、とりあえずは世界の実相を見つめるこ
と以外にはありえないでしょう。井上

凡例: (原注)[訳注]〈ルビ〉《リンク》
―――――――――――――――――――――

トム・ディスパッチ・インタビュー:
マイク・デイヴィス、グリーン・ゾーンとスラム都市とを対比する

(読者の皆さんへ――マイク・デイヴィスは、当インタビュー記事のパート
1「人道のグラウンド・ゼロ」において、惑星のスラム化――とりわけ南側
世界における、分刻みで人口を増やしながら、同じような勢いで雇用を減ら
している都会地の驚くべき(そして、あまり注目されない)拡大――を話題
にした。都市の運命を研究したり、夢想したりした人たちのだれひとりとし
て想像もしなかったような、経済開発がほぼ皆無である都市周縁部の世界
に、今日、おそらく10億人の若者主体のスラム住民が生きている。今ここ
でデイヴィスは、スラム都市と帝国都市、破壊や、しばしば攻撃に余念のな
いペンタゴンと周辺部集団との間の計画と暴力の応酬に向きあう。そしてま
た、都市が、いやスラム都市さえもが、私たちの未来のために秘めている可
能性にも。トム)

帝国都市とスラム都市
――マイク・デイヴィスに訊く(パート2)
[取材: トム・エンゲルハート]

【TD】ふと頭に浮かんだのですが、バグダードで、ブッシュ政権は、あな
たが『スラムの惑星』《*》に描写なさった都市世界のおぞましい変種を築
きあげたのですね。市街中心部に、防護壁を巡らし、スターバックスを備え
た帝国グリーン・ゾーンがあり、その外側には、崩壊状況にある首都が横た
わり、サドル・シティの大スラム街も広がり――内外のやりとりは、一方に
向かうミサイル武装ヘリコプター、反対方向をめざす自動車爆弾ぐらいのも
の――といった世界です。
*“Planet of Slums”[未邦訳]
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1844670228

【デイヴィッド】まさにそのとおり。バクダードは、公共空間の崩壊と両極
端の間に介在する中間地帯のとめどない縮小の実例になりました。スンニ、
シーア両派混住地区は、今では米軍の行動のためだけでなく、宗派間テロも
あって、急速に消滅しています。

一時、サダム・シティと呼ばれていたサドル・シティー、バグダードの東側
4分区は、異様な人口構成――シーア派主体の200万貧民――地域になっ
てしまいました。ちなみにスンニ派スラムも同じですが、サドル・シティは
今でも膨張をつづけていて、それというのも、今ではサダムのせいではな
く、まったくと言っていいほど再建資金を廻さない米国のひどい農業政策の
ためなのです。実りがないにしても、すべてが石油産業の修復に振り向けら
れているのに対して、農地はおおかた砂漠に戻ってしまいました。喫緊の課
題は、地方部と都会地の間のなんらかの均衡を維持することであったはずで
すが、アメリカの政策は農地からの人口流出を加速しただけです。

もちろん、グリーン・ゾーンは一種のゲート付き住宅団地であり、大要塞地
帯のなかの城砦です。ご覧のように、世界中でこれの同類が出現していま
す。私の本では、これを、周辺部スラムの膨張に見合うもの――中産階級が
都市中心部とともに伝統的な文化を見捨て、テーマパーク化したカリフォル
ニア風生活様式を完備した隔離世界にひきこもる傾向――として対置しまし
た。ゲート付き住宅地の一部は、信じがたいほど警備を重視していて、要塞
そのものになっています。それ以外は、むしろ典型的なアメリカ型郊外地で
あるのですが、どれもこれも夢のアメリカに対する強迫観念を中心に構成さ
れていて、とりわけ夢のカリフォルニアが、どこでもかしこでもテレビをと
おして特約販売されています。

というわけで、北京のニューリッチは、高速道路をドライブして、「オレン
ジ・カウンティ」とか、「ビヴァリー・ヒルズ」といったネーミングのゲー
ト付き住宅団地へと帰宅することができます。[エジプトの]カイロにもビ
ヴァリー・ヒルズが存在し、町全体のテーマがウォルト・ディズニー社に
よって監修されました。ジャカルタにも、同じもの――空想上のアメリカ暮
らしをする住宅団地――があります。こうしたものが、世界の新しい都市中
産階級の根無し草ぶりを際立たせながら増殖しています。これと併行して、
万事をテレビのイメージに合わせる強迫観念が横行しています。だから、北
京の外部に“オレンジ郡”を模した、ほんもののオレンジ・カウンティ風建
設が見受けられるのです。世界の中間階級がテレビや映画で見聞する事物に
対する途方もない忠節を表現しています。

【TD】もうひとつのブッシュの都市計画に跳びますが、これと少しばかり
似た事態がニューオリンズで進行しているように見受けられるのではありま
せんか?

【デイヴィス】だんぜんそうです。残念なことに、ニューオリンズの白人上
流階級のおおかたは、都市の再建をめざす実のある仕事《1》に取り組んだ
り、人口の過半数を占めるアフリカ系アメリカ人たちと共生したりするより
も、歴史的ニューオリンズの完全に紛いものであるテーマパーク版を好んで
います。正統性をもとめる人びとの期待は、久しい昔に現実における基準点
を失いました。私は、『恐怖のエコロジー』《2》において、ユニヴァーサ
ル・スタジオが、ロサンジェルスからそのイコン[崇拝・憧憬の対象]を集
め、ミニチュアにし、シティ・ウォーク[都会遊歩道]と呼ばれるゲート付
きで安全な場所に並べ置いたときの様相を指摘しておきました。すると、そ
こ――あるいは、ラスヴェガスに相当する場所――へ行くことによって、ほ
んものの都市訪問を代用品ですませることになります。基本的にショッピン
グ・センターである都市テーマパークに行くのです。カジノがあれば、見聞
は完璧です。こうした課程において、貧しい人びとは、都市の文化や公共空
間の入り口で締め出され、その一方で、裕福な人たちは入場権を自発的に放
棄し、今ではどこの国に行ってもほとんど変わるところのない無印・世界共
通の空間になってしまった場所に撤退しています。中間地帯はバラバラに崩
壊しています。
1. ネーション誌“Who Is Killing New Orleans?” by MIKE DAVIS
[マイク・デイヴィス「だれがニューオリンズを殺しているのか?」]
http://www.thenation.com/docprint.mhtml?i=20060410&s=davis
2.“Ecology of Fear: Los Angeles and the Imagination of Disaster”
[未邦訳『恐怖のエコロジー――ロサンジェルスと惨事の想像力』]
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0375706070

それでも、文化圏や大陸それぞれに、いまだに大きな違いがあります。ラテ
ンアメリカで最もビックリすることは、じっさいに表面化する政治的分極化
の程度、つまり貧困層の要求に対する中間階級の抵抗のものすごさです。
チャべス[ベネズエラ大統領]は、スラムで医療に従事してくれるベネズエ
ラ人の医者を一握りほどしか確保できませんので、キューバから医者を招か
なければなりません。中東は非常に違っています。例えば、カイロでは、国
家が基本的な行政サービスをするにしても、腰が引けていたり、腐敗がひど
くてなすすべがなかったりしても、イスラム教徒の専門家たちで用が足りて
います。ムスリム同胞団《*》が医師会や技術者組合を掌握しました。自分
たちの特権を維持するためだけに結集するラテンアメリカの中間階級とは
違って、同胞団は、貧しい人びとに、公共奉仕、対等な市民社会を提供する
ために組織されています。これは、部分的には、コーランが定める義務「十
分の一税」にもとづくおこないですが、都市の生活に重要な効果をもたらす
著しい違いです。
*エジプトを中心に発展したイスラム主義的アラブ民族主義団体
http://www.tabiken.com/history/doc/S/S046L100.HTM

【TD】ここで少し寄り道したいと思います。あなたが『スラムの惑星』の
前に書かれた本は、鳥インフルエンザを話題にした『感染爆発』《*》であ
り、こうしてお話していますと、同書も――農業分野における――惑星規模
の一種のスラム化を論じていますので、テーマとして『スラムの惑星』に通
じている、と私は理解しています。
*『感染爆発――鳥インフルエンザの脅威』柴田裕之・斉藤隆央訳、紀伊国
屋書店
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9980525479

【デイヴィス】ヴィクトリア朝時代の貧困のディケンズ的世界が再現されて
いるのですが、ヴィクトリア朝の人びとをたじろがせるほどの規模において
です。だから、ごく当然にも、ヴィクトリア朝の中産階級が貧しい人びとの
疾病に対して見せた偏見がやはり再来しないかと考えます。疫病に対する彼
らの最初の反応は、ハムステッド[旧ロンドン市制の首都圏自治区のひと
つ]に移ること、市街から逃げること、貧困層からわが身を離すことでし
た。ところが、やはりコレラがスラムから中産階級地域へと浸透しているこ
とが明白になってはじめて、最小限の下水設備や公衆衛生基盤に対する幾ば
くかの投資が実現したのです。現代の幻想は、19世紀と同様、われわれは
なんとしても自分たちを隔離できる、壁で囲い込めることができる、貧困層
の疾病から高飛びできるというものです。たいていの人が、蔓延力を秘めつ
つ現存している疾病の、巨大で、文字どおりに爆発的な集中を理解している
とは思えません。

20年以上も前、相次いで出版された一連の書物で、伝染病医学者たちが新
型や再発型の疾病を警告しています。グローバル化は惑星規模の環境不安定
をもたらし、環境の変化が、新しい疫病の発生を促しかねない形で人間と微
生物とのあいだのバランスを変化させうると彼らは診たてました。彼らはま
た、グローバル化に相応すべき疾病監視体制や公衆衛生基盤の構築が追いつ
いていないとも警告しました。

私の本では、どこでもかしこでも衛生的に悲惨な状況のまま、膨張する世界
のスラムと、人間集団を通して疫病が急速に伝播するのに適した昔ながらの
条件との関係を観察しています。また他の側面として、畜産の様変わりが、
家畜の疫病の発生と人間への感染にかかわる完全に新しい条件を生みだして
いる状況に焦点をあてています。

インフルエンザは、伝染病のなかでも重要な位置を占めています。その病原
体の昔ながらの潜伏場所は、野鳥、家禽、豚、人間の間で緊密な生態学的繋
がりを長く保ってきた、独特な生産様式をもつ南中国の農業地帯です。鳥イ
ンフルエンザについて言えば、一方では、現代世界のなかにそれが拡散する
ための最適条件を作り出してしまっています。他方では、都市の膨張は、人
びとが貧しくても、食生活における蛋白質の需要を拡大しますので、この需
要を従来の蛋白質源で満たすのはもはや可能でなく、工業化された畜産・養
鶏に頼らなければならなくなりました。

これがごく単純に意味していることは、畜産・養鶏の都市化です。ここで話
題にしているのは、例えばバンコクあたりの、だれかの裏庭で15とか20
羽のニワトリを飼っているとか、農家に豚が2頭いるとかいった話でなく、
アーカンソーやジョージア北西部で見かけるよな――何百万羽のニワトリ
が、大規模鶏舎、つまり工場方式養鶏場で飼われている――養鶏地帯なので
す。このように鳥類が密集した状態は自然界に存在したことがなく、私が話
をした疫学者たちによれば、おそらくこれは病原体の毒性を最大にし、遺伝
子変異を加速するのに格好の条件になっています。

それと同時に、世界の湿地帯が衰退し、水が主として灌漑農業のために転用
され、渡りをする野鳥を、灌漑農地や水田、農場に追いやっています。こう
したこと――畜産革命、(今では世界第2位の蛋白質供給食肉になってい
る)鶏肉に特に顕著な需要の拡大、スラムの膨張、湿地帯の衰退――のすべ
てが、これまでの10年ないし15年の間に特定のスピードで進展していま
すし、そのすべてが、一世代前に伝染病の専門家たちによって警告されてい
たことなのです。これは非常に極端な形の生態系の混乱であり、インフルエ
ンザにかかわるエコロジーや動物の疫病を人間に移す条件を変化させていま
す。これはまた、都市第三世界の多くで公衆衛生が悪化したときに起こった
ことなのです。1980年代の構造調整の帰結のひとつとして、何十万人も
の医者、看護師、保健職員に移民を余儀なくさせ、フィリピンやケニアから
出国して、英国やイタリアでの就労に向かわせたという現実があります。

これは生物学的な災害の定式であり、鳥インフルエンザはグローバル化がも
たらす第二の世界的疫病なのです。HIV-AIDS[*]が出現したの
は、西アフリカの人びとが、都市部の食生活の主だった伝統的な蛋白質供給
源になっていたギニア湾の魚がヨーロッパの加工船によって獲りつくされた
ために、野生動物の肉に頼ることを余儀なくされたことによる、野生動物肉
の売買に少なくとも部分的には起因しています。それにまた、HIVが(コ
ンゴの)キンシャシャでおそらく[爆発的感染の]臨界点に達しているとす
る仮説があり、それを裏付ける状況証拠が数多くあり、この大都会は、国家
が崩壊したり手を引いたりしたあとに起こる事態を示す、現時点における究
極の実例になっています。
*ヒト免疫不全ウィルスによる後天性免疫不全症候群

HIV、鳥インフルエンザと続き、SARS[重症急性呼吸器症候群]――
野生動物肉の売買に起因するもうひとつの疫病――の登場ですが、今回は南
中国の都市部で発生し、驚くべきスピードで世界を一周して広がりました。
これが疫病の未来図です……

【TD】……それに、スラム化。

【デイヴィス】そうです。スラムの世界の疫病です。地球規模のスラム化と
ヒト・動物圏エコロジーの大規模な変化とをセットにして考えますと、鳥イ
ンフルエンザの人類への蔓延のような事態はほぼ避けられません。しかし、
鳥インフルエンザのような疫病の脅威そのものより、もっと厄介なのは、そ
れに対する反応――ただちにワクチンや抗ウィルス薬を買いしめること、こ
れらの救命薬の製造を独占する一握りの富裕諸国の国民の健康を守るうえで
の排他的な視線――です。言い換えれば、一も二もなく反射的と言ってもよ
い、貧しい人たちの切り捨てです。鳥インフルエンザが発生するのが、今年
ではなく、5年先のことだとしても、違いは、米国やドイツ、あるいは英国
の国内での防疫の程度だけでしょう。貧しい人びと、とりわけアフリカの人
びとは、HIVホロコーストのために人口母集団として他の感染症の影響を
受けやすくなり、最大の危険に晒されているのに放置されるでしょう。

【TD】では、それが帝国都市とスラム都市の間のひとつの考えうるやりと
りですね。別の性悪なやりとりは、暴力、わが国の対テロ戦争、ドラッグ、
その他うんぬんにかかわっています。つまり、ヴェトナムについて、また次
にイラクについて考えるなら、現代戦争の年代記において、まったく文字ど
おり、ジャングル[戦闘の場]はスラム都市に移ります。

【デイヴィス】いまだに地方部に蓄積している爆発しやすい社会矛盾を軽視
するわけではありませんが、ゲリラ戦争、世界システムに対する叛乱の未来
が都市部に移っていることは明らかです。ペンタゴンほどの明晰さをもっ
て、このことを理解したり、その経験から演繹される影響に対して果敢に取
り組もうとしたりする者はいません。ペンタゴンの戦略家たちは、スラム世
界の意味を理解する点で、地政学者や対外関係専門家の先を行っています。

【TD】……それに、地球温暖化の意味《*》も。
*An Abrupt Climate Change Scenario and Its Implications for United
States National Security – PETER SCHWARTZ & DOUG RANDALL / GBN
Global Business Network October 2003
[「突発的な気候変動のシナリオと米国安全保障におよぼす影響」]
http://www.mindfully.org/Air/2003/Pentagon-Climate-Change1oct03.htm

【デイヴィス】そうです。彼らはそれがもたらす潜在的な不安定状況を理解
しますし、その渦中における力の均衡の有利な変化を構想するからです。

近年、米国が見せつけたものは、近代都市の階層構造組織を叩き壊し、必須
社会基盤や重要拠点を攻撃し、テレビ局を吹きとばし、パイプラインや橋梁
を破壊するための並外れた力です。スマート爆弾はこんなことができます
が、同時にペンタゴンは、周辺部スラムに対して、都市ではあっても、階層
構造がなく、集中的な社会基盤がなく、高層ビルもない、迷路のような、地
図に書かれていない、ほぼ未知のままの地域に対して、このテクノロジーは
適用不可能であると知りました。ペンタゴンが今世紀の最も新規な分野とし
て見ているものに対応しようとする、ほんとうに非凡な軍事文献があり、現
在では、カラチやポルトープランス[ハイチ]、バグダードのスラムにその
モデルを得ています。その多くは、米国にとって一大衝撃になり、伝統的な
都市戦闘術がスラム都市では役立たないことを教えた(1993年の)モガ
ディシオ[ソマリア]騒乱の体験に遡ります。

【TD】……モガディシオの路上で少数のアメリカ兵が殺害され、私たちが
衝撃を受けた一方で、言及されず、実数もはっきりしませんが、膨大な人
数、少なくとも数百単位のソマリア国民も死亡しました。

【デイヴィス】なるほど、大量殺戮はできます。何千人もの人びとを殺すこ
とはできます。だが、やろうと思ってもできないのは、重要拠点を外科的に
除去することであり、それは存在しているはずがないからです。相手にして
いるのは、階層構造空間ではなく、階層構造組織でもないからです。国家安
全保障会議がこのことを理解しているかどうかは覚束ないですが、大勢の軍
事思想家たちは確かに理解しています。例えば、陸軍士官学校の研究論文を
読めば、ブッシュ政権が奉じているものとは別種の地政学を見つけることが
できます。戦略家たちは、悪の枢軸や包括的な共同謀議などは問題にせず、
ひとつの領域――拡散する周縁部スラム――と、それが敵対勢力――麻薬
王、アルカイダ、革命組織、宗教カルト――に与える縄張りを開拓する機会
を重視しています。だから、ペンタゴンの理論家たちは建設学や都市計画理
論を研究しているのです。国家は自国のスラム化した周縁部についてほんの
少ししか知りませんので、欠けた知識を補うために、彼らはGIS[地理情
報システム]や人工衛星を使います。

スラム都市と帝国都市のあいだの暴力の応酬は、もっと深い問題――担い手
の問題――に繋がっています。都市に生きながら、公的な世界経済から締め
だされている、この非常に大きな勢力の少数派は、いかにしてみずからの未
来を見出すのでしょうか? 歴史の担い手をもつその能力は、どのようなも
のでしょう? 伝統的な労働者階級は――マルクスが『共産党宣言』で指摘
したように――二つの理由、既存の秩序に既得権をもたないこと、だが、近
代工業生産にもとづき集中していたことにより、革命的な階級でした。労働
者階級は、ストを実行し、単純に生産を止め、工場を掌握するといった、絶
大な潜在力をもつ社会的な力を保持していました。

さて、ここにある非公式労働者階級は、生産・経済における戦略的拠点を
もっていませんが、それでも新しい社会的な力――都市を撹乱する力、都市
を攻撃する力――ボリビアのラパスにとって双子にあたる広大なスラム地区
の住民たちが、要求を通すために、定期的に空港への道を封鎖したり、交通
を遮断したりするような独創的な非暴力行動から、民族主義者や宗派集団が
中間階級の近隣住民たちや金融地区、時にはグリーン・ゾーンさえも攻撃
《1》するために、今では一般的に使う自動車爆弾《2》にまでいたる多種
多様な力を獲得しました。混乱を生みだす力を用いる方法を見つけるための
世界的規模の実験が進行していると私は思います。
1.605号 マイク・デイヴィス「自動車爆弾の歴史」パート2
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/654
2.604号 マイク・デイヴィス「自動車爆弾の歴史」パート1
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/653

【TD】言っておきますが、破壊的な力のなかでも最大のものは、世界のエ
ネルギーの流れを遮断する力ではないか、と私は思います。最小限のテクノ
ロジーしかもたない貧しい人びとでも、この惑星に何千マイルにもわたって
延びる防衛不可能なパイプラインの好きな箇所に破壊工作を実行する力を
もっています。

【デイヴィス】そういう意味では、突発的な軍事行動の断片をすでに目撃し
ています。先月だけでも、サウジアラビアの基幹石油施設に対する自動車爆
弾攻撃未遂《1》やナイジェリアのニジェール・デルタにおける最初の自動
車爆弾攻撃《2》がありました。だれも傷つけませんでしたが、賭け金を跳
ね上げました。
*BBCオンライン記事:
1. http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4747488.stm
2. http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/4959210.stm

【TD】あなたは『スラムの惑星』を次のような言葉で終えています――
「帝国がオーウェル流の弾圧技術を展開できるとしても、見捨てられた者た
ちは自分たちの味方に混乱を司る神々をもつことになる」

【デイヴィス】それに、混乱は必ずしも悪の力ではありません。最悪事例の
シナリオは、人びとが沈黙を強いられることです。彼らの追放は恒久的なも
のになります。人間に対する暗黙の選別がはじまります。私たちがAIDS
ホロコーストを忘れたり、飢餓の訴えに無頓着になったりするのと同じよう
な状況で、人びとは死を宣告され、忘れさられます。

外部世界は目を覚ます必要があり、スラムの貧しい人びとは、実に多種多様
な――ほとんど終末論的な近代性そのものに対する攻撃から、新しい近代
性、新種の社会運動を創造しようとするアヴァンギャルド[前衛的]な企て
までの――イデオロギー、政治綱領、混乱を活用する手段を実験していま
す。だが、基本的な問題のひとつが、あまりにも多くの人びとが仕事や住処
をめぐって争っているときに、彼らを調整する手っ取り早い道は、ゴッド
ファーザーや族長、民族指導者が出現し、倫理や宗教、あるいは人種排斥の
原則にもとづいて操るがままに任せることです。こうなれば、貧しい人びと
自身のなかに、自己反復的で、ほぼ永久的な戦争を生みだしかねません。だ
から、同じ貧しい都市のうちに――人びとが精霊を胸に抱いたり、街のギャ
ング団に加わったり、過激な社会運動団体に登録したり、あるいは宗派的ま
たは大衆迎合的政治家のカモになったりして――多重に相反する傾向を見受
けることになります。

【TD】最後に一言いわせてもらいますと、あなたは、終末論者、希望のな
い破滅的な運命の予言者としばしば考えられていますが、あなたが書かれて
いることのほとんどすべては、破局に対する人間の寄与、私たちの世界の現
実に真剣に対処することを私たちが拒んでいる状況についてのものですの
で、私の考えでは、あなたの仕事には、効用の要素、希望の要素が含まれて
います。結局、人間の営為の結果なら、明らかにこれは、私たちが人道的に
回避したり、別な風に対処したりできるなにかでもあるはずです。

【デイヴィス】はて、私の責任は、私の信念、私の調査や観察――それに限
られた私の人生体験――によって抱くことを余儀なくされた思想にまつわっ
て、できるだけ明晰に、できるだけ正直になることです。このどれひとつに
ついても、いわゆる楽観論を何滴かたらして甘くする責任はいっさい感じて
いません。拙著『恐怖のエコロジー』をほとんど肉欲的な黙示の快感に耽っ
ているとこきおろした御仁がいましたが、私には、当方の書き方がまずかっ
たか、あるいは相手の読み方が間違っているかのどちらかであるように聞こ
えました。なぜなら、例えば、ロサンジェルスにおける黙示文学についての
章に、黙示の快楽はたいてい一種の人種主義的覗き見趣味に傾く嫌いがあ
る、と私は明確に書いておいたからです。

だが、結局、アブラハム系の宗教における黙示の真の意味を銘じておくこと
は重要であり、この黙示は、究極的には、終末の時における、歴史の終わり
における、歴史の真の文脈、真の物語を啓示するものであり、黙示は、支配
階級によって、権力の書記官によって書かれたものではありません。黙示は
下から書かれた歴史なのです。これこそは、私が抑圧された人びとの宗教に
大きな興味をもったり、ペンテコスタ派[アメリカのキリスト教原理主義の
一派]のような現象に対して――無批判であると考える御仁もいますが――
注目を向けたりする理由なのです。

【TD】それでは、私たちの共通の未来は、破滅に向かう下り坂になるので
すか?

【デイヴィス】都市は、私たちがこれからの世紀の環境動乱を生きのびるた
めの箱舟です。都会地は個人・家計消費に替えて公共の贅沢を提供できます
ので、偽りなく、自然と共生するためには、私たちが手中にしているものの
なかで最も効率的な形態です。都市は、不可能事と思える環境の持続性と快
適な生活水準との調和を可能にします。つまり、個人がどれほど立派な書斎
や大きなプールをもっているとしても、ニューヨーク公立図書館や公立の大
プールにはかないません。セントラル・パークやブロードウェイに匹敵する
マンションやサン・シメオン城[新聞王ハーストの大邸宅]が存在すること
はないでしょう。

だが、大きな問題のひとつが、都会の品質を無視して、都市を造っているこ
とです。とりわけ貧しい都市は自然のままの地域や河川流域を食いつぶして
いますが、これらは、都市が環境システムとして機能し、環境の維持を図る
ためには不可欠であるのに、破壊的な私利目的の投機のために、あるいは単
に貧困があらゆる空間に浸透するために、消滅させているのです。世界中ど
こでも、都市が生態学的に機能し、都会であるために不可欠である河川流域
と緑の空間とが、貧困のためだったり、投機的な民間開発のためだったりし
て、都会化しています。その結果、貧しい都市は、災害や疫病、さらには破
滅的な資源不足、とりわけ水資源の不足に対して、ますます無防備になって
います。

逆に言えば、地球規模の環境変化に対処するための、最も重要な方策は、私
たちの都市の社会的・物的基盤に――大規模に――再投資し、それによって
貧しい若者たちを千万人単位で再雇用することです。そうしてこそ、ジェイ
ン・ジェイコブズ《*》――国の富は、国家ではなく、都市によって生みだ
されると喝破した人物――は、彼女の最後の夢想的な著作を来るべき暗い時
代の亡霊に捧げていたことを、私たちは脳裏に刻むことになるでしょう。
* 都市近郊開発反対運動の活動家
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%96%E3%82%BA

(本稿、二部構成のマイク・デイヴィス会見録の内容の多くは、目を見張る
ような彼の新刊書“Planet of Slums”《*》によっている。同書をお見逃
しなく)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1844670228

[原文]
Tomdispatch Interview: Mike Davis, Green Zones and Slum Cities
posted May 11, 2006
http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?emx=x&pid=82790
Copyright 2006 Tomdispatch

[翻訳]井上利男 /TUP