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速報987号 チャールストンの教会乱射テロ事件はなぜ「テロ」と呼ばれないのか

(2015年07月17日)

◎ 「テロ」という言葉は、過激な政策を正当化するために、あたかも科学的正確さを備えた用語であるかのように持ち出される

6月17日、サウスカロライナ州チャールストンの、エマニュエル・アフリカン・メソジスト・エピスコパリアン(AME)教会で、白人の男が銃を乱射し、9人のアフリカ系米国人が殺害されました。
エマニュエルAME教会は、南北戦争より半世紀前に南部連合国のただ中に創立された、もっとも歴史ある黒人教会の1つです。1816年、それまで通っていた教会が人種隔離するようになったため、黒人信徒が退会し、自分たちの自由に礼拝できる場所を自分たちで作ったのがエマニュエルAME教会の始まりでした。奴隷を平等に迎えたこの教会はたびたび襲撃を受けました。
1822年、自由黒人デンマーク・ヴィージが奴隷の大規模な武装蜂起を計画したものの密告され、ヴィージら35人が絞首刑となりました(ハワード・ジン『民衆のアメリカ史』9章「服従なき奴隷制、自由なき解放」)。ヴィージが創立者の1人だったエマニュエルAME教会は焼き払われました。1834年南部連合国の黒人教会非合法化後も礼拝は続けられ、教会は1865年に再興されました。
乱射テロで殺害されたクレメンタ・ピンクニー牧師は、”母なるエマニュエル”教会について、「創立以来 、アフリカ系米国人の精神を、そしてさらに言えば、米国の精神を、まさに代表してきました。それは正しいこと、真実なることのために立ち上がる、不屈の精神です」と語っていました。
200年にわたって自由と平等を求める闘いの象徴となってきたこの教会で大勢の人が無慈悲に殺害されたとき、どうして「わたしはエマニュエル」というプラカードが掲げられなかったのでしょうか。ヒラリー・クリントンは、24日になってようやく乱射事件を「テロ行為」と呼びましたが、民主党大統領予備選向けの点数稼ぎと指摘されています。
以下は、「テロ」という語の恣意的な使われ方を実証し、この言葉について思考停止しないことが必要と警告するグレン・グリーンウォルドの論稿です。安倍政権が「対テロ戦争」への参加を画策している現在、「テロ」という言葉の実体を明らかにするグリーンウォルドの指摘は、日本の私たちにとっても重要だと思います。(翻訳・前書き:荒井雅子/TUP)

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速報986号 ムスリムの平和の英雄はなぜ受け容れられ難いのか? (H・ウィリアムズ)

(2015年06月15日)

◎イスラムのガンディーことバーチャー・ハーンの再発見




インド独立の父、マハトマ・ガンディーの名を知らない人はいないでしょう。非暴力、不服従を柱にすえた市民運動を忍耐強く先導したことで、世界史に名を残します。ガンディーは、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒とが共存するインド亜大陸全体の統一を希ったものの、それを快く思わない過激派により暗殺されました。

一方、そのガンディーの盟友であり、同じく非暴力運動で名高いバーチャー・ハーンの名を知る人はどれくらいいるでしょうか。ガンディーがおもに現インド側で活動したのに対し、同じく派閥主義に反対してイスラム側で活動した指導者がハーンです。何度も投獄され、牢で過ごした時期が長かったとはいえ、ハーンが没したのは 1988年と比較的最近の話です。しかし、このバーチャー・ハーンは、日本でも欧米でもほぼ無名の人物でありましょう。白状すれば、訳者もこの記事を読んではじめて知った次第です。

本速報記事の原著者ヒースコート・ウィリアムズは、英国在住の詩人であり俳優です。とくに、環境問題や政治問題をテーマにした詩作で知られます。ウィリアムズも、バーチャー・ハーンを知らず、比較的最近「発見」しました。そして、ハーンの生涯を語った最新の詩(「調査的詩」を謳う)を発表するにともなって、氏がガルフ・ニュースに寄稿した記事が本稿です。

さて、平和憲法を持つ日本は、すくなくとも建前としては、国家として非暴力主義を標榜しています。しかし現実には、日本政府は、2001年以来の米英を中心としたイスラム世界への軍事侵攻に常に積極的に協力していて、「非暴力主義」とはとても言えません。とりわけ好戦的な現政権が平和憲法の根本をも脅かす雰囲気もある現在、日本人こそ、バーチャー・ハーンを「再発見」する意義が高いかと感じます。
(翻訳・前書: 坂野正明/TUP)

※凡例: (原注) [訳注]

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速報985号『シャルリ・エブド』テロ事件の淵源――過激化の要因についての非宗教的分析

(2015年04月25日)

◎政治的暴力は、国家の暴力と社会的暴力から養分を吸い取って肥大する

1月7日パリで『シャルリ・エブド』テロ事件が発生した当夜、仏公共放送フランス2の夜8時のニュースは「フランス襲われる」という見出しで始まった。オランド大統領が生中継で「共和国とは」の第一に「表現の自由」を挙げて「国民の団結」を呼びかけ、スタジオでは『シャルリ・エブド』を共和国の象徴的存在とする論調が大々的に展開された。まず政界の重鎮R・バダンテールが「風刺画家たちは自由の兵士だったから殺されたのだ」とぶちあげ、別の1人が「彼らは我々の"アイデンティティ"だった」と応じると、モスクの指導者は「テロはフランス共和国に対する宣戦布告である」と、レトリックをさらに競り上げてみせた。コメンテーターの1人は、共和国理念をふりかざしたイスラーム非難の急先鋒としてかつがれている元『シャルリ・エブド』誌女性編集者だった。連日メディアを埋めた「私はシャルリ」のスローガンは、表現の自由を守ることと『シャルリ・エブド』の編集方針を支持することとの区別をぼやけさせ、同誌の編集方針についての議論や疑問は、英語圏メディアと比べるとフランス国内でははるかに少なかった。政界とメディアはこの忌わしいテロを利用して、「共和国対イスラーム」という、これまで繰り返し作ってきた虚構の図式をここぞとばかりに強調した。

このテロで本当に問うべきことは何か。以下に、フランスのアラブ・アフリカ系社会科学者たちによる寄稿を紹介します。
(翻訳:荒井雅子/TUP)

 

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