TUP BULLETIN

速報982号  忌わしい暴虐――ガザについてチョムスキーのインタビュー(1/2)

投稿日 2014年8月21日

◎米国の支援がイスラエルに暴虐を行わせている


イスラエルによるガザ攻撃と米国の関与について、ノーム・チョムスキーがデモクラシーナウ!で語ったインタビュー(パート1)です。日本も、武器輸出やイスラエルとの軍事連携強化によって、この暴虐にさらに加担しようとしています。それを許すわけにいきません。
(翻訳:荒井雅子・宮前ゆかり/TUP)

「忌わしい暴虐」

――イスラエルによるガザ攻撃と占領を支援する米国についてノーム・チョムスキーが語る
2014年8月7日

忌わしい。残忍。卑劣。極悪非道。1900人近くの人を殺害し、約1万人を負傷させた、イスラエルによる29日間のガザ攻撃のことを、ノーム・チョムスキーはこのように表現する。チョムスキーは、数十年にわたって、イスラエル・パレスチナ問題について広い射程で書いてきた。2008‐2009年のキャストレッド作戦の後、イスラエル人学者イラン・パペと共著で、『危機の中のガザ――パレスチナ人に対するイスラエルの戦争を考える』を出版。イスラエル・パレスチナ紛争に関する本はこの他に、『中東 虚構の和平』『運命の三角形――米国、イスラエル、パレスチナ人』などがある。世界的に有名な政治的反逆者(注)、言語学者、著作家で、マサチューセッツ工科大学名誉教授。マサチューセッツ工科大学では50年以上、教鞭を取ってきた。

(注)
political dissident は、頻繁に「反体制活動家」という曖昧な言葉にすり替えられる。ここではdissent 異議を唱える、異なる意見を表明する、という語彙の意味を体現し、「物申す者」「異議を唱える者」としての知識人の責任を果たしてきたチョムスキーを紹介する言葉として「政治的反逆者」という語彙を選んだ。

ホアン・ゴンサレス:ガザにおける危機についてさらに話を深めるために、次はボストンからノーム・チョムスキーのお話を聞きます。チョムスキーは、世界的に有名な政治的反逆者、言語学者、著作家で、マサチューセッツ工科大学名誉教授。マサチューセッツ工科大学では50年以上、教鞭を取ってきました。 数十年にわたって、イスラエル・パレスチナ問題について広い射程で書いています。

エイミー・グッドマン:40年前の今月、ノーム・チョムスキーは、『中東 虚構の和平』を出版しました。1983年の著書『運命の三角形――米国、イスラエル、パレスチナ人』は、イスラエル‐パレスチナ紛争に関する決定的な著作の一つとして知られています。ボストンからチョムスキー教授にご登場いただきます。

デモクラシーナウ!へようこそ。ノームさん、まず今のお考えを聞かせてください。イスラエルによるガザ攻撃が始まって以来ずっと、お話を聞いていないので。今まさに起きていることについてどうお考えですか。

ノーム・チョムスキー:これは忌まわしく、残忍で、卑劣で、極悪非道で、信ぴょう性のある大義名分はまったくありません。イスラエルは、やんわりと「芝刈り」と呼ぶものを定期的にやっていて、これもまたその一つです。これはつまり(逃げ場のない)池の魚を撃つという意味で、それによって動物用に作った檻の中で動物をおとなしくさせ、その後には「停戦」と呼ばれる時期に入りますが、それは、イスラエルも認めているように、ハマースは停戦を守り、一方、イスラエルは停戦を破り続けるということを意味します。そのうちにイスラエルの側がエスカレートし、ハマースが反応し、停戦が破棄される。そうすると「芝刈り」の時期に入るわけです。今回のは、多くの点で、これまでのものよりさらに、残忍で卑劣です。

ホアン・ゴンサレス:イスラエルがこうした攻撃を始めるために使う大義名分はどのようなものですか。そうした大義名分に正当性があるとどの程度感じられるかも併せて、聞かせてください。

ノーム・チョムスキー:イスラエル高官が認めているように、ハマースは前回の停戦を19カ月守りました。前回の「芝刈り」は、2012年11月でした。その後、停戦になりました。停戦の条件は、ハマースがロケット弾――彼らがロケット弾と呼んでいるもの――を撃たないこと、そしてイスラエルがガザで、封鎖の解除、および、イスラエルが戦闘員と呼ぶ人びとに対する攻撃の停止に向けて動くことでした。ハマースはこれを守りました。そのことはイスラエルも認めています。

今年4月、一つの出来事が起きて、イスラエル政府を震え上がらせました。ガザ地区と西岸地区の間に統一の合意ができたのです。ハマースとファタハの統一です。イスラエルは長い間、必死でこれを妨害しようとしてきました。ある背景について話を広げることもできるのですが、とにかくこれは重要なことです。いずれにせよ統一が合意に達しました。イスラエルは激怒しました。さらに怒りを募らせたのは、米政府が合意を多少とも支持したときです。これはイスラエルにとって大きな打撃です。イスラエルは西岸地区で凶暴な行動に出ました。

大義名分として使われたのは、3人の入植者少年の惨殺でした。3人が生存しているように思わせていましたが、イスラエルは少年たちがすでに死亡していることを知っていました。イスラエルは非常に大規模な……そしてもちろんイスラエルはすぐにハマースの犯行と非難しました。今に至るまで一片の証拠も提出していません。実は殺人犯はおそらくヘブロンの、いわばならず者一族、カワースメ一族だろうということを、イスラエルの当局最上層部はすぐに指摘していました。これは正しいようだということになってきています。この一族は長年、ハマースの悩みの種です。ハマースの命令に従わないのです。

でもともかく、イスラエルはこれを機に西岸で凶暴な行動に出て、数百人を逮捕し、釈放した後で多くの人を再び逮捕しま したが、ほんどがハマースを標的にしたものでした。殺害が増えました。とうとうハマースの反撃がありました。いわゆるロケット弾攻撃です。そしてこれが再び、「芝刈り」の機会をもたらしたのです。

エイミー・グッドマン:イスラエルはこれを定期的にやるのだとおっしゃいましたね、ノーム・チョムスキーさん。なぜこれを定期的にやるのでしょうか。

ノーム・チョムスキー:ある状況を維持したがっているからです。一つの背景があります。イスラエルは20年以上、米国の支援を得ながら、ガザを西岸から切り離すことに力を入れてきました。これは20年前のオスロ合意の取り決めに対する直接的な違反です。オスロ合意は、西岸とガザが一つの領土的実体であり、その統一性が保持されなければならないと宣言しました。でもならず者国家にとっては、厳かな合意は、何でも好きなことをやってよいという提案でしかないのです。ですからイスラエルは米国の支持を得ながら、なんとしてもガザと西岸を分離状態のままにしておくよう力を注いできたのです。

それはゆえなきことではないのです。地図を見てみてください。どのようなものであれ今後何らかの形でパレスチナというものができたとしてガザが外界への唯一の出口であれば、西岸は、ガザから切れ離されたら、獄に閉じ込められているも同然です――一方にはイスラエル、もう一方にはヨルダンの独裁国家があります。その上、イスラエルは組織的に、パレスチナ人をヨルダン渓谷から追い出し、井戸を掘り、入植地を建設しています。最初は軍事区域と呼び、その後入植地を作る――いつもの話です。つまり、イスラエルがほしいものを取って自国に編入した後では、西岸でパレスチナ人に残されるカントン(注)がどのようなものであれ、パレスチナ人は完全に獄に閉じ込められるということです。ガザは外界への出口になりますから、ガザと西岸を切り離したままにしておくことは、政策、米国とイスラエルの政策の重要目標なのです。

(注)西岸でパレスチナ人に残された部分は、英語で、canton/s と呼ばれる。
以下の地図は歴史的パレスチナの領土が時代を追って、いかに侵食されていったかを表したものだが、右端の地図の西岸部分にある、分断された複数の緑が、cantons である。
http://www.ssamir.com/617/palestine-israel-map-history.html

統一合意はそれを脅かしました。また、イスラエルが長年主張してきたもう一つのことも脅かしました。イスラエルが交渉を渋る論拠の一つは、分裂状態のパレスチナ人とどうやって交渉できるのか、ということです。ですから、パレスチナ人が分裂しなくなれば、この論拠がなくなるわけです。でも、より重要なのは単に地政戦略上の論拠で、わたしが先ほど述べたものです。ですから、統一政府は、本当の脅威であり、米国が生ぬるいとはいえ実際にそれを支持したことも脅威であり、イスラエルは即座に反応したのです。

ホアン・ゴンサレス:ところで、ノームさん、どうお思いになりますか……おっしゃるように、イスラエルは現状を維持しようとしている一方で、同時に、入植地の拡大という新しい現実を現場に作り出し続けています。ここ米国では、次から次へと各政権がイスラエルを交渉の場に呼ぶことを拒み続けており、公式には入植地拡大に反対しているどの政権も、現場に独自の現実を作り出そうとしているイスラエルの試みを質そうとしないことについて、どのようにお考えですか。

そうですね、今「公式に反対している」と言われたのは非常に正確です。しかし注目すべき点は……わたしたちは、政府の美辞麗句と実際の行動、政治家の美辞麗句と実際の行動を分けて考えなくてはなりません。これは明白なはずです。ですから、米国がこの政策にどれほど積極的に取り組んでいるか、わたしたちにはすぐわかります。たとえば、2011年2月、国連安保理は、イスラエルに入植地の拡大を止めるよう求める決議を検討しました。本当の問題は入植地の拡大ではないということは、頭においておかなければなりません。問題は入植地そのものです。入植地、インフラ整備、これはすべて、重大な国際法違反です。このことは安保理、国際司法裁判所によって決定されています。イスラエル国外では、事実上世界中のすべての国がこのことを認めています。でも検討されたのは、入植地の拡大を終わらせることを求める決議でした――これが米国の公式政策です。決議はどうなったでしょうか。オバマは拒否権を発動したのです。これでよくわかるわけです。

その上、入植地拡大に関するイスラエルへの公式声明には、外交用語でウィンクと呼ばれるものがついていました――ウィンクとは、本当はそんなつもりはないよということを暗に示すものです。ですから、たとえば、オバマは先だって、最近の双方の暴力――本人の言葉を借りれば――を非難した一方で、イスラエルへのさらなる軍事支援を送りました。もちろん、イスラエルはその意味を理解できます。そしてこれまでもずっとそんな調子でした。実際、オバマの大統領就任時には、入植に反対するお決まりの主張をしています。そしてオバマ政権は……報道官は記者会見で、入植地拡大を止めるために、ジョージ・H・W・ブッシュがしたような方法――緩い制裁――で、オバマも何かするつもりかと質問されました。ところが答えは、「いいえ、これは単に象徴的なものです」。これでイスラエル政府には、実際にどういうことなのかが間違いなく伝わります。そして実際、段階的に見ていくと、軍事援助は継続し、経済援助も継続している。外交的保護も継続し、イデオロギー上の保護も継続している。イデオロギー上というのは、イスラエルの要求に沿った形で問題設定をするということです。こうしたすべてのことが継続する一方で、いわば舌打ちをして、「まあ、こういうことはあまり感心しないし、平和にも貢献しないね」と口では言う。どんな政府でもこれを理解することができます。

エイミー・グッドマン:イスラエル首相ベンヤミン・ネタニエフの発言をお聞きいただきます。昨日、外国人記者に話したものです。

――イスラエル首相ベンヤミン・ネタニエフ:7月15日のエジプトの停戦提案をイスラエルは受け入れ、ハマースは拒否した。そしてみなさんに知っていただきたいのだが、当時、この紛争で命を落としていたのは、約185人だった。ハマースがようやくこの同じ提案に同意したのは、月曜の夜であり、昨日朝、発効した。つまり、90パーセント、この紛争の死者の丸々90パーセントは、ハマースが、今受け入れている停戦をあの時拒否していなければ、避けられた可能性があるのだ。ハマースは、この悲劇的な生命の損失の責任を問われなければならない。

このイスラエル首相ベンヤミン・ネタニエフの言葉にコメントしてくださいますか。

ノーム・チョムスキー:[聴き取り不能]狭い意味で停戦提案に絞ったコメントと、広い背景を踏まえたコメントがあります。停戦提案については、もちろん、ネタニエフも知っている通り、停戦提案は、軍事独裁のエジプトとイスラエルとの間で調整されたものだということです。両者ともハマースに激しく敵対しています。提案はハマースには伝えられさえしなかったのです。ハマースは提案のことをソーシャルメディアで知り、当然のことながら怒りました。ハマースは、その条件では停戦提案を受け入れるつもりはないと言いました。これが停戦提案についてのコメントです。

広い背景を踏まえたコメントは、死傷者や破壊や荒廃などの100パーセントは避けられた可能性があるということで、それはイスラエルが2012年11月以降の停戦合意を守ってさえいれば可能だったのですが、 その代わりにイスラエルは先ほどわたしが述べたようなやり方で繰り返し何度も停戦合意を破り、さらに暴力を激化させました。イスラエルの目的は、統一政府発足を妨害し、自らの政策――西岸でほしいものを収奪し、西岸をガザから切り離すことによって、ガザを、ドヴ・ワイスグラスの有名なコメントのとおり、「ダイエット(カロリー制限)」と呼ばれる状態に置き続けることです。2005年、撤退と呼ばれるものの交渉をしたこの男は、撤退の目的を、いかなる政治解決の議論にも終止符を打ち、パレスチナ国家発足のいかなる可能性も妨害することだと指摘しましたが、その間、ガザ住民は「ダイエット」状態に置かれる、つまり、住民が全員死に絶えてしまわない分のカロリーだけが許可され――死に絶えてしまうと、ただでさえ芳しくないイスラエルの評判にとって体裁がよくないからです――でもそのカロリー以上は許されない。自らの誇る技術的能力をもって、イスラエルは、イスラエルの専門家は、封鎖され、輸出を止められ、輸入も止められたガザ住民をこのダイエット状態に置いておくのにどれだけのカロリーが必要か、正確に計算しています。漁師は漁に出られません。海軍艦によって海岸へ追い返されます。ガザの耕作可能な土地の大きな部分、おそらく三分の一かもっと多くは、パレスチナ人が足を踏み入れることを禁じられています。これは「壁」と呼ばれています。これが当たり前になっている。これが「ダイエット」です。イスラエルはガザ住民をこの状態に置こうとしており、その間、西岸から切り離しておく。そして進行中の収奪プロジェクトを続ける――詳しく説明してもいいですが、わかりにくいことは何もありません。西岸のあちこちを収奪して、イスラエルに統合し、おそらく最終的には何らかの形でイスラエルに併合するでしょう。米国がイスラエルを支持し続け、政治解決につながる国際的な取り組みを妨害し続ける限り。

ホアン・ゴンサレス:こうして丸一カ月が過ぎ、ガザの大虐殺の映像が世界中に広がりましたが、すでに最悪状態にある米国政府とアラブ/イスラーム世界の間の関係に及ぼす影響をどう見ておられますか。特に、イスラエル・パレスチナ紛争のこれまでの暴虐を直接知らなかったかもしれない、すべての若いイスラーム教徒やアラブの若者のことを考えるのですが。

ノーム・チョムスキー:まず、イスラーム教徒・アラブの人びととアラブ諸国政府を区別して考える必要があります。とても大きな違いがあります。アラブ諸国政府はほとんどが独裁です。新聞でアラブ側が米国を支持しているとかなんとか書いてあるとき、それが意味しているのは、アラブの人びとではなく、独裁者が米国を支持しているということです。独裁政府は米国とイスラエルがやっていることをそこそこ支持しています。そうした政府としては、エジプトの軍事独裁――とても残忍なものです――、サウジアラビアの独裁などがあります。サウジアラビアは、中東でもっとも親米の同盟国で、世界でもっとも急進的な原理主義イスラーム国家です。また、過激な原理主義教義であるサラフィ‐ワッハーブ教義を世界中に広めています。以前、英国の主要同盟国だったように、長年、米国の主要同盟国です。エジプトとサウジアラビアは両国とも、世俗的ナショナリズムと民主主義の危険より、急進的イスラームを好む傾向があります。そして両国政府は[米国とイスラエルを]まずまず支持していて……両国政府はハマースが嫌いです――憎んでいます。パレスチナ人に何の関心もないのです。両国政府は、自国の国民を懐柔するために何かを言わなければならない。そしてここでも美辞麗句と実際の行動は別です。ですから、独裁政府は現在起きていることを嫌がっていません。おそらく内心拍手を送っています。

もちろんアラブの人びとはまったく違います。それはいつもそうなのです。たとえば、エジプトでムバラク独裁政権を倒したタハリール広場デモの直前、米国の一流世論調査会社が行った国際世論調査がありました。それによって非常に明らかになったのは、エジプト人の確か約80パーセントだったと思いますが、自分たちにとっての主要な脅威はイスラエルと米国だと考えているということでした。実は、米国とその政策への非難が非常に極端に強いため、エジプトではイランは嫌われているにもかかわらず、もしイランが核兵器をもてば中東地域はより安全になるかもしれないと感じている人が大半でした。長年にわたって世論調査の全体像を見れば、このような感じで推移しています。これはアラブの人びとの話です。そしてもちろん、各地のイスラーム教徒も現在起きていることを支持していません。でも支持していないのはイスラーム教徒だけではありません。たとえば、最近ロンドンでデモがありました。おそらく何十万人もが参加して――かなり大きなデモでした――ガザでのイスラエルによる暴虐に抗議しました。こういうことは世界のどこでも起きています。頭においておくべきことですが……20年くらい前は、イスラエルは、世界でもっとも賞賛されている国の一つでした。今では、もっとも恐れられ、軽蔑されている国の一つになっています。イスラエルのプロパガンダをする人びとは言うでしょう、ただの反ユダヤ主義だ、と。でも、反ユダヤ主義的要素があるとすれば――そうした要素はわずかです――、原因はイスラエルの行動にあります。イスラエルの政策に対する反応なのです。そしてイスラエルがこの政策にこだわる限り、そういうことが起こることになります。

実際のところ、これは1970年代初期の頃から非常に明らかでした。わたしは実は当時からこのことについて書いてきましたが、あまりにも当たり前なことなのでそれを自分の手柄であるかのような主張はしません。1971年に、イスラエルはある宿命的な決断、あの国の歴史の上で最も宿命的と言える決断を下しました。エジプトのサダト大統領が、エジプト領シナイ半島からのイスラエル撤退と引き換えにイスラエルに対する全面的な平和条約を申し入れました。その時のイスラエル政府は労働党政権、当時穏健派労働党政府と呼ばれていた政府でした。イスラエルはこの申し入れを検討し却下したのです。イスラエルはシナイ半島で広範囲にわたる開発プログラムの展開を実施し、地中海に巨大な大都市、数十カ所の入植地、複数のキブツやその他、大規模なインフラを構築する計画を持ち、何万人ものベドウィン部族を土地から追い出したり、村を破壊したりしていました。これらは計画されていた事業であり、その実施が始まっていました。こうしてイスラエルは国家の安全よりも拡大を選ぶという決定をしたのです。エジプトとの条約は国家の安全を意味していたことでしょう。アラブ圏において唯一重要な軍事勢力でしたから。それ以降、これが政策となっています。

国家安全よりも弾圧と拡大を優先する政策を進めると、必ず起こる出来事があります。国内での倫理的な退廃が起こります。国外の人々の間では反対勢力や怒りや敵意が増加するようになります。引き続き、独裁政権から、そして、ご存知のように、米国政府から支持を得るかもしれませんが、人々の支持を失ってしまいます。そしてこれはある結果を引き起こします。実際に、予測できるのは――わたしや他の人たちは70年代にすでに予測していたことですが――、ま、自分の言葉を引用しましょうか、「自らをイスラエル支持者であると呼ぶ人間は、実際には倫理的な廃退、国際的孤立、そして恐らく究極的な破壊の支持者である」ということです。それが、成り行きとして起きている出来事なのです。

これは歴史の唯一の例ではありません。南アフリカが引き合いに出されることがよくありますが、わたしはそのほとんどについて非常に疑わしいと思っています。しかし、かなり現実的だと思う類似点がひとつあって、それについてはあまり話題にはなっていません。これを議論すべきです。1958年に、過酷なアパルトヘイト体制を強制していた南アフリカ国民党政府は、自分たちが国際的に孤立してきたことを認識しました。機密扱いを解除された文書によると、1958年に南アフリカの外務大臣が米国大使を呼び出したことが知られています。その話し合いの内容が判明しています。外務大臣は米国大使に対し、基本的にこう言いました。「いいですか、わたしたちはつまはじき者の国になろうとしています。わたしたちはすべての票を失っている――国連では皆がわたしたちに反対する投票をしています。わたしたちは孤立しつつあります。しかし、そんなことはあまり問題にはならない、なぜならば あなたの意見だけが重要だからです。米国が我が国を支持する限り、世界の意見がどうであろうと知ったことではありません」。この予測はそれほど外れていませんでした。長い年月の間に何が起きたかということを見てみると、南アフリカのアパルトヘイトに対する反対勢力が増加し広がっていったことがわかります。国連による武器禁輸がありました。制裁措置が始まりました。ボイコットが始まりました。[アパルトヘイトが]あまりにも極端になった1980年代には、米国議会でさえも制裁措置議案を通過させ、レーガン大統領はそれに対し拒否権を行使しなければなりませんでした。レーガンはアパルトヘイト政府に対する最後の支持者でした。これに対し、米国議会は大統領の拒否権を覆して制裁措置を復活させ、そうすると今度はレーガンが制裁措置に違反しました。1988年になっても最後の抵抗をしていたレーガンは、アフリカ民族会議、マンデラのアフリカ民族会議を世界でも特に悪名高いテロリスト集団の一つであると主張しました。こうして米国は南アフリカを支持し続けなければなりませんでした。米国はアンゴラのテロリスト集団UNITAを支持していました。しかし、ついに米国でさえも世界の他の国々に賛同し、アパルトヘイト政権は非常に急速に崩壊しました。

ところで、これは決してイスラエルの場合と完全に類似しているというわけではありません。アパルトヘイトの崩壊にはその他の理由があり、特に二つの重要な理由がありました。そのひとつは、南アフリカの国民および国際的ビジネスにとって容認可能な和解案、簡単な和解案があったという点です。その簡単な和解案とは、社会経済システムを維持し、――喩えて言うと――黒人の一部がリムジンに乗れるような仕組みを容認するというもので、完全ではないとしても、これがこれまでに実践されてきたことです。イスラエルとパレスチナとの間には、相当するような和解案は存在しません。しかし、ここで言及されていないある重要な要素はキューバです。キューバは軍隊や何万人にもおよぶ技術労働者、医者や教師、その他をアンゴラに送り込み、アンゴラから南アフリカの侵略者を追い出し、さらに、不法に占拠されたナミビアを放棄せざるをえなくなるまで南アフリカを追いつめました。それにとどまらず、ネルソン・マンデラが牢獄から出るとすぐに指摘したように、キューバの兵士は、ついでに言えば彼らは黒人の兵士だったわけですが、無敵の白人スーパーマンの神話を打ち砕きました。このことは黒いアフリカおよび白い南アフリカの両方に非常に大きな影響を及ぼしました。これは、南アフリカ政府およびその国民にとって、南アフリカ国内における彼らの工作や国外でのテロリスト活動の実行を可能にする地域的支援システム、少なくとも密かなシステムという願望を強要できないということを示唆していました。 そして、これがブラックアフリカの解放にとって大きな要素だったのです。

エイミー・グッドマン:ノーム、ここで休憩に入らなければなりませんが、この話題に戻るつもりです。世界的に著名な政治的反逆者、言語学者、著作家、マサチューセッツ工科大学名誉教授ノーム・チョムスキー氏にお話を伺っています。すぐにチョムスキー教授との会話に戻ります。

[休憩]

エイミー・グッドマン:デモクラシーナウ、 democracynow.org、戦争と平和のレポートです。エイミー・グッドマンとホアン・ゴンサレスでお届けしています。今日のゲストはノーム・チョムスキー教授。ここで水曜日に行われたワシントンDCの記者会見でのオバマ大統領の演説を聴いてみましょう。

バラク・オバマ大統領:長期的には、ガザが永久に世界から隔離されたまま、そこに住む人々に対する何らかのチャンス、雇用、経済的成長を提供することができなければ、ガザが持ちこたえることはできないという認識がなければなりませんし、特に人口密度がいかに高いか、そしてその人口構成がいかに若いかという点を考慮すればなおさらです。我々はガザの人々に対するチャンスになんらかの変化をもたらさなければなりません。わたしはハマースに対し一切同情は感じません。わたしはガザの中で苦しんでいる普通の人々に対し多大な同情を抱いています。

エイミー・グッドマン:昨日のオバマ大統領の演説でした。ノーム・チョムスキー、ご意見をどうぞ。

ノーム・チョムスキー:ええ、あらゆる国家そしてあらゆる政治的指導陣について常に言えることですが、美辞麗句と行動とを区別する必要があります。どんな政治的指導者であろうと、たとえばヒットラー、スターリン、誰でもお好きな人を挙げてみてください、誰でも素晴らしい美辞麗句を並べることができます。わたしたちが問うべきことは、彼らは何をしているのか、ということ。米国が支援するイスラエルによるガザ包囲攻撃、封鎖がこのような状況を生んでいるわけで、ではそれを終わらせるという目標を達成するための手段として、オバマは一体何を提案または実践しているのでしょうか。過去にどのようなことをしたでしょうか?将来、何をしようと提案しているでしょうか?米国にとってとても簡単にできることがあります。ここでも、南アフリカの事例を卑近に引き出したくはありませんが、示唆的ではあります。そしてそれは唯一の事例ではありません。覚えていると思いますが、同じようなことがインドネシア‐東ティモールの場合にも起きました。米国が、クリントンが、ようやく「これで終わりだ」とインドネシアの司令官たちに言い渡すと、インドネシアは即時に撤退しました。米国には実質的な力があります。そしてイスラエルに関しては米国の力が決定的に重要であり、それは、ほとんど一方的な米国の支援にイスラエルが依存しているからです。オバマが演説で話している事柄を実現するために米国ができることはたくさんあります。ここで問題にすべきことは、そして――実際のところ、米国が命令を下せばイスラエルは従うのです。それは何度も何度も起きたことです。力関係を考えれば、この理由はまったく明らかです。こういったことはブッシュ二世によって、クリントンによって、レーガンによって実行されたことであり、米国は再びそれを行うことができるはずです。ですから、こういった言葉がおなじみの耳触りの良い美辞麗句でしかないのかどうか分かるでしょう。

ホアン・ゴンサレス:美辞麗句を行動から区別するという点についてですが、イスラエルは以前からずっと、もはやガザを占拠していない、と主張してきました。つい先日、デモクラシーナウ!は駐米イスラエル大使の上級顧問およびイスラエル国防省の元スポークスパースンであるジョシュア・ハントマンに話を聞きました。ハントマンは次のように語りました。「イスラエルは実質的に2005年にガザ自治区を撤退しました。我々は入植地すべてを撤去しました。我々はIDFの軍隊を撤退させました。我々は平和へのステップとして、1万人のユダヤ人を彼らの家から引っ越しさせました。なぜならばイスラエルは平和を望んでおり、平和のために手を差し伸べました」。これに対する反応はいかがでしょうか。

ノーム・チョムスキー:ええ、いくつかあります。まず、国連、世界中のすべての国、米国でさえも、イスラエルをガザにおける占領軍であると見なしており、その理由は非常にシンプルです。イスラエルはガザのすべてをコントロールしている。イスラエルは国境、陸地、海域、空域をコントロールしています。イスラエルは何がガザへ入り、何が出ていくかを決定します。イスラエルは、ガザの子供たちが生き延びるために何カロリー必要かを決定します。これは国際法において占領であり、イスラエルを除いて、誰もこれに疑問を呈する人はいません。お決まりのイスラエル支持者である米国でさえこれには同意しています。それだけで――その理由によって、イスラエルが占領軍であるかどうかという話題の結論が出ます。

平和を望んでいるという点についてですが、彼の言ういわゆる撤退について振り返ってみてください。撤退後もイスラエルは占領勢力であるという点に注目してください。2005年には、アリエル・シャロンが率いるイスラエルのタカ派、現実的タカ派は、2、3000人ほどの入植者を荒廃したガザに留まらせ、そして彼らを擁護するためにイスラエル軍、IDFの大部分を投入し、ガザをいくつもの部分に隔離するために多くの経費を投入するなど、イスラエルにとってはまったく意味をなさないということを認識していました。そのような行動はまったく無意味だった。それよりは、ガザで不法に住み着いているこれら入植者をガザの補助金付き入植地から引き揚げさせ、イスラエルが保持することを意図している領域――もちろん不法にですが――、ヨルダン河西岸の補助金付き入植地に送り込んだほうがよっぽど理屈にかなっていた。それは実際的にかなり意味があった。

そしてそれをやるにはとても簡単な方法がありました。単にガザにいる入植者に対し、8月1日にはIDFが撤退しますよと告知さえすれば、その時点で入植者は用意された大型トラックに乗り込み、西岸、そしてついでに言えば、ゴラン高原の不法入植地へと出て行ったはずです。ところが、「国家的トラウマ」と時には呼ばれるものの構築が決まりました。そうやってあるトラウマ、一つの芝居が作られました。これは、例えば一流社会学者――バルック・キマーリングがつい最近これを笑い物にしていたように、イスラエルの優秀な専門家たちの冷笑をかっていました。そして、このトラウマは小さな男の子たちがイスラエル兵士に向かって「僕の家を壊さないで!」と懇願している写真を使い、さらに「二度とあってはならない」という背後の叫びとともに作られた。これは「どこからであろうとも二度と離れるよう我々に強いるな」ということを意味しており、主に西岸のことを指しています。やらせの国民的トラウマです。特にこれが滑稽だったのは、シナイ半島に不法に構築した都市ヤミットから撤退しなければならなかったやらせのトラウマを演じ、イスラエル報道機関でさえも「国民的トラウマ82年版」と呼んでいる内容の繰り返しだったからです。しかしイスラエルは占領を続けました。どんどん先へ進んで行った。

ワイスグラスが言ったことを繰り返します。思い出してください、彼は国連との交渉担当者、シャロンの側近でした。撤退の目的は、パレスチナ国家やパレスチナの権利について交渉を終わらせることであると、ワイスグラスは言いました。これで交渉が終わる。これで米国の支持を得ながら交渉が凍結する。そしてその後には、ガザの人々がかろうじて生きながらえても決して豊かにはならないように強要されるガザに対する「ダイエット」、さらに包囲攻撃がやってきます。いわゆる撤退後の数週間以内に、イスラエルはガザに対する攻撃を激化させ、米国に支援された非常に冷酷な制裁を強要しました。その理由は、パレスチナで自由な選挙投票が行われ、その結果が間違ったものになったからです。さて、イスラエルも米国も、もちろん民主制が大好きなのですが、それは自分たちが望む方向に結果がでた場合にのみ有効なのです。米国とイスラエルは、即時に冷酷な制裁を強制しました。イスラエルの攻撃は、停止されたことはなかったのですが、さらに激化しました。ヨーロッパは、恥知らずにもそれに同調しました。そしてイスラエルと米国は間髪を入れることなく[パレスチナ]政府を転覆させるための軍事クーデターを計画し始めました。ハマースが先手を打ってそのクーデターを阻止すると、両国は激怒に沸き立ちました。制裁措置と軍事攻撃が拡大しました。そしてその次には前に話したように、定期的な「芝刈り」という事態が展開することになるわけです。

エイミー・グッドマン:ノーム、残りたったの一分しかありません。

ノーム・チョムスキー:はい。

エイミー・グッドマン:急いでお話していただきたいのですが、この時点で、米国のメディアの多くが、米国は脇役に追いやられており、この交渉を行っているエジプトがすべてを決めるというような報道をしています。今現在、どのようなことが起きなければならないのでしょうか。延長されなければ、数時間で停戦が終わります。今どのような停戦協定を実現する必要があるのでしょうか。

ノーム・チョムスキー:そうですね、米国の支持を受けているイスラエルについては、現在の状況はどちらに転んでも損をしない状況のようなものですね。ハマースが停戦協定を延長することに合意した場合は、イスラエルはいつもの政策、つまりわたしが前に説明したように、西岸で欲しいものを収奪し、西岸をガザから切り離し、「ダイエット」を続けるなどの政策を継続することができます。ハマースが停戦協定を受け入れない場合は、ネタニヤフは、あなたが始めのほうで引用した冷笑的なスピーチのような、あのようなスピーチをまた行うことができます。このような状況を打破できる唯一の方法は、他の場合でも起きたように、米国が政策を変えることです。わたしは南アフリカ、東ティモールという二つの例を挙げました。その他にもあります。そしてこれは決定的です。何か変化が起きるとしたら、今の米国の政策の変更に大きく左右されることでしょう。40年間、米国は二国家解決を支持する圧倒的な国際的総意を受け入れることを拒絶するイスラエルの強硬主義をほとんど一方的に支持してきました。

エイミー・グッドマン:ノーム、ここで終わりにしなければなりませんが、この会話を番組後も続け、それをデモクラシーナウのサイトdemocracynow.orgにオンラインで掲載する予定です。世界的に著名な政治的反逆者、言語学者、著作家、マサチューセッツ工科大学名誉教授ノーム・チョムスキー氏にお話を伺いました。

原文
“A Hideous Atrocity”: Noam Chomsky on Israel’s Assault on Gaza & U.S. Support for the Occupation
http://www.democracynow.org/2014/8/7/a_hideous_atrocity_noam_chomsky_on
Thursday, August 7, 2014