TUP BULLETIN

速報986号 ムスリムの平和の英雄はなぜ受け容れられ難いのか? (H・ウィリアムズ)

投稿日 2015年6月15日
◎イスラムのガンディーことバーチャー・ハーンの再発見




インド独立の父、マハトマ・ガンディーの名を知らない人はいないでしょう。非暴力、不服従を柱にすえた市民運動を忍耐強く先導したことで、世界史に名を残します。ガンディーは、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒とが共存するインド亜大陸全体の統一を希ったものの、それを快く思わない過激派により暗殺されました。

一方、そのガンディーの盟友であり、同じく非暴力運動で名高いバーチャー・ハーンの名を知る人はどれくらいいるでしょうか。ガンディーがおもに現インド側で活動したのに対し、同じく派閥主義に反対してイスラム側で活動した指導者がハーンです。何度も投獄され、牢で過ごした時期が長かったとはいえ、ハーンが没したのは 1988年と比較的最近の話です。しかし、このバーチャー・ハーンは、日本でも欧米でもほぼ無名の人物でありましょう。白状すれば、訳者もこの記事を読んではじめて知った次第です。

本速報記事の原著者ヒースコート・ウィリアムズは、英国在住の詩人であり俳優です。とくに、環境問題や政治問題をテーマにした詩作で知られます。ウィリアムズも、バーチャー・ハーンを知らず、比較的最近「発見」しました。そして、ハーンの生涯を語った最新の詩(「調査的詩」を謳う)を発表するにともなって、氏がガルフ・ニュースに寄稿した記事が本稿です。

さて、平和憲法を持つ日本は、すくなくとも建前としては、国家として非暴力主義を標榜しています。しかし現実には、日本政府は、2001年以来の米英を中心としたイスラム世界への軍事侵攻に常に積極的に協力していて、「非暴力主義」とはとても言えません。とりわけ好戦的な現政権が平和憲法の根本をも脅かす雰囲気もある現在、日本人こそ、バーチャー・ハーンを「再発見」する意義が高いかと感じます。
(翻訳・前書: 坂野正明/TUP)

※凡例: (原注) [訳注]

ヒースコート・ウィリアムズ
2015年5月30日 16時25分 (出版) ガルフ・ニュース特別寄稿

先の火曜日、私の故郷、オックスフォードの大学にて、カタルのシャイハ・モザ[#]の講演があった。そのなかで女史は、ムスリム[イスラム教徒]が、欧米のマスコミによる、暴力的なイスラム過激派の報道のなかで「非人間化」されていて、「何か恐ろしげで得体のしれないもの」として扱われている、と訴えた。

○訳注[#]
「カタル」は湾岸諸国の一つ、俗にカタール。現地語(アラビア語)に忠実に、ここでは「カタル」と表記。
シャイハ・モザは、カタル国前首長の第二妃。
同講演は、おそらく以下のもの(当人の英文公式サイトより)。
http://www.mozabintnasser.qa/en/Pages/ArticlePreview.aspx?ArticleGuid=b0ca3e6c-0862-46ca-ba40-ef0a499302bc&Type=News

[その主張に]私は同意せざるを得ないし、またそういった現象が格別目新しいものだとも思わない。実際、イギリスの世俗紙は、国内および海外のムスリムを時代遅れで敵意に満ちたものと描くことに力を注いできた。思うに、私たちがイラク、リビア、シリア、イエメンを爆撃し、無人戦闘機を送りこむ際、そういう印象操作のおかげで、たいして気兼ねなくムスリムを殺せるというものだろう。

平和主義で思慮深く、創造的なムスリムという存在が見えにくくなっているのは、マスコミのせいだけではない。私たちが学んだ歴史の授業もまたそうであった。

9/11事件のあと、身の置きどころがないような気分に否応なしにされているムスリムの友人が幾人もいる私としては、平和主義者のムスリムがどこかにいただろうか、と気になった。そして、そういう人々が実際にいて、なかでももっとも重要な役を果たしたのがパシュトゥーン人の「平和戦士」バーチャー・アブドゥルガッファール・ハーン[]ということを私は見つけ出した。バーチャー・ハーンは、マハトマ・ガンディーの親友であり、実際、ガンディーはハーンを評して「奇跡」と言ったものだ。あらゆる意味でムスリム世界のガンディーと呼ぶにふさわしい人物だ。

○訳注[]
ガンディー(本名: モーハンダース・カラマチャンド・ガンディー)を呼ぶときにしばしばつけられる敬称「マハトマ」[“偉大なる魂”]と同様、「バーチャー」も敬称で、”酋長のなかの王”という意味。本来の名前ハーン・アブドゥルガッファール・ハーンに対して、バーチャー・ハーンとしばしば呼びならわされる。

ムスリムの若い世代にとって、ハーンは素晴らしい、また驚くべきお手本になろう。しかし、今年三月にロンドンの国会議事堂広場でガンディーの銅像がお披露目されたのに対し、バーチャー・アブドゥルガッファール・ハーンのほうは、今の時代、その名を聞いたことがある人すらほとんどいない。

1940年代、インドで宗派間の衝突によって国内がばらばらになりつつあった時代、この穏健なパシュトゥーンの大偉人は、非武装の男と少数ながら勇敢な女たち、計 10万の強者からなる「イスラム平和軍[]」を結成した。

○訳注[]
「フダーイー・ヒドマトガール (Khudai Khidmatgar)」[“神の信奉者”、通称「赤シャツ」としても知られる]のことを指していると思われる。
☆参考: ウィキペディアの解説ページ(英語):
http://en.wikipedia.org/wiki/Khudai_Khidmatgar
次節で述べられるデモ参加者が射殺された事件としては、多数のフダーイー・ヒドマトガール構成員が犠牲者となったキッサ・フワーニー市場大虐殺が有名。
なお、この節で筆者の言う「インド」とは、独立前のインド、すなわち現在のパキスタンとバングラディシュも含めたインドを指していることに注意。

ガンディーと肩をならべて、バーチャー・ハーンは、大英帝国による占領からの解放と平和を目指した運動をひきいた。ハーンの支持者は、大規模デモで街路を埋め、同志の数十人が英国側に射殺されたときも、復讐しないことを確認した。

植民地支配する大英帝国側にとって、かくも強力で、かくも悪名高く、大いなる脅威と見なされたハーンは、煽動罪のかどでくりかえし投獄された。96年の人生の少なからずを牢獄で過ごし、高齢になってからもそこで拷問を受けた。

ではなぜ、バーチャー・ハーンは人々から忘れ去られてしまったのだろうか?

その理由の一つは、ハーンの同国人や行きすぎた狂信的ムスリムが、インド周辺地域史を自分たちのものとせず、外国の都合で塗り替えらることを許してしまったことにある、と言わざるを得ない。

25年前に「冷戦」が終わって以来、西側諸国には真の意味で実在する脅威は存在していない。しかし、「戦争」なくして、軍備の必要もない。私たちは新しい敵を必要とした。アフガニスタンでソビエト連邦への主要な対抗手段としてムジャーヒディーン[イスラム宗教戦士]を配備していたものだが、その 10年あまり後、西側(特にアメリカ)は、イスラム過激派を公共の第一の敵と見なすことに速やかにしたのだった。

イスラムは、世界の政治的枠組のなかで、共産主義にとってかわるものとなった。恐ろしくて、残虐で、情け容赦なく、異質なものとして。そんな印象が政府やマスコミの類を通じて広められた結果、平和を愛するイスラム教徒とは、矛盾語法として聞こえるようになったのだった。平和を愛するキリスト教徒、ヒンドゥー教徒、シーク教徒、ユダヤ教徒はいくらでもいるというのに。

戦争は儲かる商売であり、明白な敵が存在しない現代、「対テロ戦争」(つまりは「対イスラム過激派」)が世界の兵器産業を潤している。現在、1年あたり 1.3兆[米]ドル (4.77兆[UAE]ディルハム)の市場価値がある。愛らしい共産主義などかつて論外だったであろうのと同じく、愛らしいイスラムなどもってのほかだ。そんな時、バーチャー・ハーンのようなムスリムの平和主義の象徴は、金を動機に歴史を書きかえる際、邪魔者でしかない。

また、イスラム世界を細分化、弱体化している宗派主義の問題もある。それが現在、中東を覆う大混乱状況の核心でもある。バーチャー・ハーンは宗派主義と闘い、ハーンが先導した運動は、すべてを包込む、寛容性に富むものだった。

もし世界の 16億人のムスリムが団結したら、どれほど強力なものになることだろうか。そうなったら、イスラエルは、大手を振ってパレスチナ人の土地を奪い、ガザで虜囚になっている民衆を攻撃し続けることができるだろうか? 西側企業は、地域の天然資源を採掘して、地元の人々にその利益を還元することなく、儲け続けることができるだろうか? [中東]地域にまつわる巨額の軍事支出が今後とも必要になるだろうか?

これらからどういう結論を導こうとしているかお分かりだろう。「分断して統治せよ」とは、「アラブの友人」こと T・E・ローレンスが最初に使った表現であり[§]、中東で植民地支配への反乱勢力を抑圧する(または少なくとも先延ばしさせる)有効な処方箋だと証明され、インドにも適用された政策だ。

○訳注[§]
「分断して統治せよ」は、ローレンス以前にも、(英語圏に限らなければ)少なくとも世界的には使われていた表現である。たとえば、ゲーテ(18-19世紀)の箴言の一つに、「分断して統治せよ、政治家は叫ぶ。団結して率いよ、それが賢者の合言葉。」とある。

バーチャー・ハーンが再発見され、イスラム世界が、自らの平和的なロールモデル、ムスリムのガンディーたるイスラムの象徴的人物の権威を取戻すことが、私の望みだ。

○ 『バーチャー・ハーン: イスラムの平和戦士
ヒースコート・ウィリアムズ作の調査的詩。
Thin Man Press より 2015年6月2日に出版、Amazon から入手可能。