TUP BULLETIN

[TUP速報]320号 ジョナサン・シェル「戦争を政治の争点に」 04年6月5日

投稿日 2004年6月5日

FROM: minami hisashi
DATE: 2004年6月5日(土) 午前10時34分

◎戦争を政治の争点に
ペンタゴンの寵児アフマド・チャラビがあっけなく捨て去られた後、昏迷のイラク暫定政権の首班の人選で、国連代表ブラヒミと連合国暫定当局の間で綱引きが続けられています。本稿の筆者ジョナサン・シェルは、6月30日のイラク国民への「主権譲渡」、11月のアメリカ大統領選挙と、政治日程もつまってきた今の状況を辛口評論で読み解き、アメリカの選挙民に正しい選択を迫ります。省みて、わたしたち日本の有権者は、参議院選挙で、自衛隊のイラク駐留に対して正しい判断を下せるでしょうか? /TUP 井上
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凡例: (原注) [訳注]
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トムグラム: ジョナサン・シェル、妄想に陥った政策を語る。
トム・ディスパッチ 2004年5月27日
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[編集者トム・エンゲルハートによる前書き]

ジョナサン・シェルは、初めての著作『ベン・スークの村』に始まり、ネーション誌連載『グラウンド・ゼロからの手紙』シリーズの、ブッシュ政権がまだ形の定まらないイラク人の従属的政体に「譲渡」すると言う欺瞞的な「主権」を論じた最新作まで、常に筆の力で読者を事態の核心に誘(いざな)ってきた。ベトナム戦争、ニクソン・クーデターと憲法、核兵器と地球の運命、戦争システムとそれに代わる非暴力の潮流の成長などが、シェルの40年近くにわたる執筆活動の多彩なテーマの例である。

ここに掲載する記事「戦争を政治問題に」をはじめ、これまで何編か、ネーション誌の好意でトム・ディスパッチが転載してきた『グラウンド・ゼロ』シリーズが、このほどぺーパーバック新刊書にまとめられた。同書はわたしたちの加熱した時代を記憶する年代記さながらである。9・11攻撃の直後に書かれた巻頭記事の書き出し文を、紹介してみよう――

「火曜日の朝、わたしたちの世界から断片がひとつ引き裂かれた。ニューヨーク市街のスカイラインに縁取られた青空が、あってはならないもののように広がっていた。世界貿易センターから6街区のところに住んでいるわたしの近隣で、空から人間が降っていた。わたしの街は永遠に変えられた。わたしたちの国は永遠に変えられた。わたしたちの世界は永遠に変えられた」

ジョナサン・シェルは、過去2年半にわたって、あの事態の真実を語ってきた。読者諸賢に同書を強く推薦する。トム

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戦争を政治の争点に
――ジョナサン・シェル
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多くの人びと(たいていは共和党員)が、イラクの戦争を「政治問題」にするのは間違っていると(たいていは民主党員に向かって)言っている。だが、まさにいまこそ戦争を政治の争点にすることこそが必要なのだ。正確に言えば、戦争反対派は、ブッシュ政権が戦争を政治化しているのに負けずに政治問題化しなければならない。政治家の活動だけが政治なのではない。政治は、民主社会の市民がみずからの未来について基本的な決定を下すために欠かせない最も重要な手段なのだ。この国の対外政策が帝国に向かうのか、あるいはデモクラシーに向かうのか、立憲政治が損なわれるのか否か、アメリカは拷問を支持するのか、反対するのかといった争点が、いま選挙民の判断を待っている。いずれにせよ、陸軍戦争大学における5月24日の大統領演説を聞いたかぎりでは、11月2日までは、アメリカのイラク政策が変わることは基本的にないようだ。その一方で、アメリカ政治の方向性全体が、その日に収斂されている。この指摘は、イラクの人びとの福利とは無関係ではない。かれらの未来の形が、主としてアメリカ大統領選挙の結果に左右されるからである。

大統領の政策の次の一手、すなわち「完全統治権」をイラク国民に譲渡するという約束は、美容整形にすぎないと認識することが、現実主義の第一歩になる。この戦争の歴史は、事実に触れた瞬間に融けてしまうような公権力が繰り出す主張、あるいは予言の連発にすぎなかった。お馴染みすぎてウンザリする実例をリストにすれば、わたしがすぐに思いつくだけでも――
Q:サダムのイラクの大量破壊兵器? A:なかった。
Q:戦前の旧イラク政権とアルカイダとの関係? A:分からなかった。
Q:イラクに民主主義? A:アブグレイブの血の海で溺れてしまった。
Q:中東全域の体制変換? A:最悪のほうに変換した。

「完全統治権」譲渡の約束が、このリストの(なかだるみを解消するのに、ちょうどいい時に公開される)最新項目である。だがある意味で、今回のは趣が違う。これまでは、蜃気楼が消えるまで何ヶ月かは待たなければならなかったが、今度のは登場する前に死に体である。これは、政権の[二枚舌ならぬ]複数の舌から漏れでた言い回しにすぎず、新たな「主権国家」は、米軍はもちろん、自国軍の指揮権さえ持たず、立法権を持たず、国内の報道機関の管理権を持たず、国民経済に関わる決定権を持たないと、ブッシュ政権みずからが明確に告知している。つい先ごろブッシュが約束しながら、今は忘れ去られてしまった「暫定憲法」にもとづく権限も、その国家政体が享受することはない。新しい組織は、これまでの無力な「統治評議会」ほどの権威も持ちあわせないことになる。これからの政治日程に挙がっているのは、「権限の移転」というよりも、「権限の廃絶」と言ったほうがより適正な表現になるだろう。もっとも、統治評議会にしても、もとから権限などは持っていなかったのだ。1月に実施が約束されている選挙にしても、11月のアメリカの選挙の結果がどうなるか分からないので、暫定憲法がどうなったか、さっぱり分からなくなったのと同じく、どうにでもなりそうである。

6月30日に何があっても、イラクのいかなる現実とも、ほとんど関わりがない。あらゆる重要な側面で、アメリカの政策が変わることはない。連合国暫定当局は呼び名が変わって「大使館」になる。(ブッシュ大統領が「バグダッドのわが国大使館は、他のアメリカ大使館と同じ目的を持つことになるでしょう」と語った。比較する対照が、例えば1971年時点のチリ駐在アメリカ大使館であれば、それも正しい) 約13万8000(またはもっと多く)の兵力が残留し、大統領の不吉な言葉で言えば「適正な武力、あるいは圧倒的な武力」を行使することになる。電気や水、石油の供給は、これまでどおり中断したり、再開されたりするだろう。戦闘は続くだろう。クルド人、シーア派、スンニ派は覇を競い合うだろう。アブグレイブの監獄は(看守ではなく、建物がイラク人捕虜を拷問したと言わんばかりに)解体され、それに代えて、アメリカがイラクの民主主義を祝って「近代的重警備監獄」を贈呈することになる。

予定されている変化は、すべて世間体の部類に属する。だが、ホワイトハウスも先刻承知のように、11月の選挙の決定要因になりそうなのが、実にその世間体なので、見かけの変化だからこそ重要なのだ。政権にとっての秘策は、4ヶ月の間、アメリカ政治が機能しているという幻想をでっちあげることにつきる。この戦術において、少なくとも4つの明確な戦線がある。

第1の戦線は、国連である。理論上は、国連代表のラクダル・ブラヒミが次のイラク政府の人選をしている。意図的ではないにしても、現実には、ブラヒミはジョージ・W・ブッシュの選挙戦略のキーパーソンになっている。先日、米英両国は、イラクにおける新体制を祝福するように国連を促す決議案を安全保障理事会に提出した。国連は、現実にありもしない合法性と国際管理のお墨付きを与える危険の瀬戸際にある。決議案は、米軍およびその他の外国軍部隊の駐留に対する、安全保障理事会による1年後の――「入れ替え」ではなく――「見直し」を認めている。と言うことは、理事会で拒否権を持つアメリカは、望むかぎり永久に駐留を継続できることになる。

第2の戦線は、イラクの政治指導部であり、これは、アメリカ政権からの強烈な圧力のもとに、役割を演じている。離反する者がどうなるかは、これまでペンタゴンがお気に入りだったイラク人、アフマド・チャラビが、「主権は与えられるものではなく、奪取するものである」と発言し、占領に刃向かうという誤りを犯した結果、どのような扱いを受けるようになったのかを見れば、はっきり分かる。米軍人同伴のイラク軍部隊が、この政権の敵対者への対応策の品質証明である蛮行でもって、チャラビの事務所と自宅を略奪し、家具調度類を打ちこわし、家族写真を粉々にした。

第3の戦線は、アメリカのメディアである。「主権の譲渡」とか「民主主義への移行」といった言い回しを用いる度毎に、サダム・フセインの大量破壊兵器保持という政権の主張を額面どおりに受け取った時と同じくらい、世間を欺くことになってしまうので、報道に携わる者はこの事実に目覚めていなければならない。

最後の戦線が、民主党の政権反対論であるが、肝心のこれがジョン・ケリー上院議員自身の「最後まで頑張る」路線によって傷ついている。おそらくかれは、わざわざ政敵が自滅しようとしている時は、立ち入ったことはしないという、お馴染みの政治の鉄則に従っているだけなのだろう。しかし、こと戦争に関して、大統領に挑まなければ、ホワイトハウスの政治宣伝工作に嫌々ながら乗せられてしまう脇役になってしまう危険を冒すことになる。

国連はイラクの人びとを見捨てるべきではないし、もちろんイラクの指導機関であってもならない。アメリカ人記者は民主党の党利に立ってはならない。ジョン・ケリーは、ライバルを誘惑するためだけの見解を採用してはならない。6月30日の言葉遊びに与える信任がいかなる程度のものであろうとも、なににもまして大統領の再選を助けるだけになると、すべての者が気づいていなければならない。

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本稿は、ネーション誌連載シリーズ『グラウンド・ゼロからの手紙』からの転載である。2001年の9・11以降の同シリーズ記事の多くが、新刊ネーション・ブック『世界に開いた穴――明かされる戦争の真実、抵抗、アメリカの新秩序』[未邦訳/1]としてまとめられた。シェルは、ネーション研究所ハロルド・ウィレンス記念平和フェローであり、他に『征服されざる世界――権力、非暴力、民衆の意志』[同/2]など、著作多数。
1 A Hole in the World, An Unfolding Story of War, Protest and the New
American Order
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2 The Unconquerable World: Power, Nonviolence, and the Will of the
People
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[原文] Tomgram: Jonathan Schell on the illusion of policy Politicizing the War, posted May 27, 2004 at TomDispatch:
http://www.nationinstitute.org/tomdispatch/index.mhtml?emx=x&pid=1462
Originally published in the latest issue of The Nation
Copyright C2004 Jonathan Schell TUP配信許諾済み
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翻訳: 井上 利男 /TUP