TUP BULLETIN

TUP速報1016号 みんなに一律:ベーシックインカム保証のすすめ

投稿日 2020年5月30日
ベーシックインカムは社会の希望になるか

現在、世界的コロナ禍、いわゆるパンデミックの中、社会のあり方が否応無く問われる状況になっています。ウイルスの蔓延を防ぐために取られた数多くの政策、例えば三密を避ける、ソーシャルディスタンシング(他人と物理距離を取る)、ステイホーム(外出しない)、などのいずれも、経済活動の停滞や後退を意味します。しかし、失業者が「街にあふれる」ことは、社会として三つの意味でなんとしても避けねばなりません。一つには失業者個々人にとって苦難であること、一つには経済停滞により国全体が悪循環に陥る問題、そしてもう一つ、感染病流行の特徴として、多くの人々が外出すればするほど感染拡大が止まらない、もしくは終息の日が遠くなり、数多くの人々が苦しみ続け、少なからずが命を落とすことになる問題があります。

コロナ禍において、ある意味では皮肉なことに、世界の国々あるいは地方政府レベルで福祉政策が急速に発展しました。欧州の多くの国では、国民や被雇用者や(分野は限られるとはいえ)広範なビジネスに前例ない規模の公的補助が出ています。ロンドンでは、すべてのホームレスに住居が用意されました(BBC報道)。ニューヨークでは、不法移民まで含めてすべての人にコロナ関係検査が無償で提供される(ビザ関係の記録も不問かつ残されない)ようになりました(AMニューヨーク・メトロ報道)。これらは、路上生活者がいたり新型コロナウィルス感染症に罹ったまま社会で生活する人がいれば、そこから感染が拡大するから、という極めて合理的な理由が最大だと理解しています。新型コロナウィルスが蔓延している限り、多かれ少なかれ社会の誰もが脅かされます。英国では首相さえ罹患して一時は集中治療室に入院したものでした。したがって、いままでは恵まれない人々の生活や厚生を歯牙にも掛けなかった、もしくはそこから利益さえ得ていた既得権益層さえも、福祉政策推進が喫緊であるという事実を無視できなくなったと解釈してもよいでしょう。ある意味では、人道的理由が合理的理由に大敗したと言えるかも知れません。しかし、理由がどうあれ結果的に社会福祉が進んだことは歓迎すべきことではないでしょうか。

そんな中、注目を浴びているシステムに、ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)があります。しばしば、単に「ベーシック・インカム」とも呼ばれます。一言で述べれば、全国民に等しく(健康で文化的な生活を送るのに十分な)生活保護費を政府が支給する制度です。世界的には、フィンランドの一部で3年前(2017〜2018年)に試験導入されたことが有名です(フィンランド厚生健康省の初期報告書(英語))。コロナ禍の4月はじめには、スペインの現政権がそれに近いものを導入することを発表して話題になりました(ブルームバーグ報道)。ベーシックインカム地球ネットワーク(BIEN)記事によれば、スペイン政府の導入予定のものは「ユニバーサル」とは言い難い、ということですが、従来の社会保障制度よりは一歩進んだものと言ってよさそうです。

さて、イギリスのスコットランドで、リフォーム・スコットランド(Reform Scotland)というシンクタンクが、UBIを推奨する白書を4月に発表しました。それを受けて、スコットランド政府主席閣僚(=首相)のニコラ・スタージョンが以下のようなツィートで応えました。


端的には、スタージョン氏は、UBIに大いに興味あり、導入に積極的である意思が表明されています。

「現在の[コロナ禍の]状況は、[UBI]支持する根拠を計り知れないほど強めることになっている」 (current situation strengthens case immeasurably)

とまで言っています。ただし、スコットランド自治政府の権限は限られるため、英国政府/国会との折衝が必要なので、仮にスコットランド政府/議会が求めてもすぐにそうなることはありません(同氏のツィートにも触れられています)。ちなみに、英国では、すでに「ユニバーサル・クレジット」と名付けられた制度が導入されていて、生活保護や失業保険を含めた数多くの社会保障が統一されています。そういう意味では、下地がないわけではない、と言えるかも知れません。

興味深いのは、スタージョン氏率いるスコットランド議会与党のスコットランド国民党は英国の主要政党の中で最左派である一方、白書を発表したリフォーム・スコットランドは保守党系であることです(: 保守党は現在の英国国会の与党)UBIは拡充した社会保障と解釈するならば、その精神はむしろ左派的だと考えるのが自然でしょうが、現実には保守派・右派にもUBI支持者が少なくない様子です。実際、フィンランドの一部で実験導入を決めた時は、右派の推薦だったと聞きます。主たる理由は、UBIにすると、社会保障に関する政府の運用コストが激減するので、ある程度の福祉出費は政府として必要不可欠であるという前提に立つ限りは、結果的にトータルの福祉出費が少なくなる可能性があるからだと私は理解しています。一般論として、右派は小さな政府を求める傾向があると言っていいでしょうが、UBIは右派の方向性とも合致することになります。スコットランドの例にもれず、UBIは、左右両派が一致する政策になりそうです。

コロナ禍は、多くの国における現在の極端な不平等社会が感染症の流行にとても弱いことを浮き彫りにしました。ロンドンやニューヨークの社会的弱者救済がその端的な例です。UBIはそんな社会の弱点を緩和する救いの政策になるかも知れません。

以下、リフォーム・スコットランドによるUBIを推奨する白書を全訳してお送りします。具体的にどのような形で導入し、その影響がどうなるか、が議論されています。

(前書き:坂野正明/TUP、邦訳:法貴潤子/TUP)


みんなに一律:ベーシックインカム保証のすすめ

状況説明

リフォーム・スコットランドは2016年2月に初めて、「ベーシックインカム保証」という報告書の中でベーシックインカム導入を提唱した。この報告書は、そのような政策をどうやって実施するか、英国またはスコットランドにとっていくらかかるか、どのように資金を捻出するかという提案が盛り込まれていた。

我々がベーシックインカムを支持したのは、申請する受給者側にも管理する政府側にも、今の社会保障制度は複雑すぎると考えるからだ。また、多くの人が仕事に復帰したり、勤務時間を増やしたりする気を大幅に削ぐからでもある。なぜならば、もし仕事をすれば、福祉手当が減らされ税金は増えるからだ。これは我々の福祉制度の惨めな失敗だ。仕事をしても金銭的に報われず、場合によってはより貧乏になるのであれば、仕事を探そうとしない個人を責めることはできない。

リフォーム・スコットランドは、福祉制度は働けば常に収入が増えるように改革すべきで、それはベーシックインカム保証によって成し遂げることができると考える。ベーシックインカムは、我々の福祉制度の問題に長期的な解決をもたらし得る。また、コロナ禍によってもたらされた非常に緊急を要する財政問題への取り組みともなり得る。

多くの人々が、政府の外出自粛要請に従ったり、自己隔離しているがために、あるいは給与カット、更には解雇のために、自分に落ち度はないのに収入や仕事の喪失に直面している。ベーシックインカムは、非常に不安定な情勢においてそんな人々にも経済的安定をもたらしてくれる。

背景

英国の社会保険及び福祉制度は、様々な経済的、社会的ニーズに応えるため、過去1世紀に渡って肥大してきた。理解するのも、運営するのも複雑だ。改革されるべきだという幅広い同意があるものの、どのよう進めるかについて意見の一致はほとんど見られない。

リフォーム・スコットランドの見解では、社会保障制度は失業者や不完全雇用者を保護するべきだが、それと同時に、就職、特にパートタイムの仕事に就く気を削ぐようないかなる要素も減らす-理想的にはなくす-必要がある。現在の制度の明らかな欠陥は、仕事をすると現金で損をすること、いわゆる「福祉の罠」だ。結果的に我々の現制度は、往々にして、働けば不利になる。例えば、週に数時間雇用されるとそれに応じて福祉手当が減らされ、金銭的な稼ぎは僅かとなる。同じことが労働時間を増やした時にも言える。

天引き上限率(訳注:個人の収入から差し引かれる社会保障負担金額の割合)は、受給資格や家族構成などの要因によって様々であるが、その影響はかなり大きい。人々は愚かではない。トップで働く人々にボーナスや他の経済的恩恵を与えてやる気を起こさせると、より一生懸命働くと考えられている。しかし我々は現在、積極的に働く気をなくさせる福祉制度を持っている。

このような福祉制度以外の状況であれば、僅かな報酬、あるいは無報酬で余分に働く人がいるなどと期待しないだろう。であればなぜ、最低賃金で苦労している人々が金銭的報酬なしにもっと働かなければならないだろうか。これでは筋が通らない。しかしこれはまさに、我々の今の福祉制度がしていることなのだ。この罠がある以上、根本的な改革が必要であり、ベーシックインカム保証は進むべき道として探求に値するとリフォーム・スコットランドは考える。

ベーシックインカムとは何か?

ベーシックインカムとは、受給者の年齢によるが、収入、性別、雇用の有無に関わらず、その国の全ての市民に与えられる一定額のお金である。資産状況に基づいて審査されるものではなく、個人の状況が変化しても減ったり増えたりすることはない。非課税だが、課税最低限度額や税額控除に取って替わる。言い替えれば、これ以外に自分で稼いだ全ての収入は課税の対象となる。

これは基本的な生活を支えられるだけの額なので、働く意欲を喪失させるものではない。実際のところ、働いた分だけ豊かになり福祉手当を失うこともないのだから、労働を促すことになる。これはいくつもの福祉手当の代替となるが、障がい、出産・育児、家賃補助といった福祉手当はその限りではない。

ベーシックインカムは、社会の最富裕層も含め全ての稼ぎ手に対し、政府からお金が支払われる。しかしこれは課税最低限度額の廃止やこの制度の初期段階で求められるであろう増税の穴埋めになるだろう。これはまた、制度の運用をかなり簡略化し、全員が同じように扱われる。

国から地方政府への権限移譲について

現時点で、スコットランド政府は独自にベーシックインカム保証を導入できずにいる。なぜなら(スコットランド政府に)権限移譲されている福祉手当は労働と関係しておらず、他の問題が絡んでくるからである。

リフォーム・スコットランドは、福祉手当に関わることの大半はスコットランド議会に移譲されるべきだという主張を繰り返す。現在保持している政府手当と共に、社会的共生や住居といった貧困緩和に関係する政策分野を統一することは理にかなっている。また、福祉における権限移譲は北アイルランドで既になされていることも覚えておこう。1998年から社会保障、年金、子供手当の担当は北アイルランド政府だ。

しかし権限がどこにあるにせよ、改革はスコットランドのみの政策であっても、英国全体のためのパイロット事業であっても、あるいは英国全体における改革の一部であっても、英国政府との連携のもとに行うことができるだろう。最終的には、福祉政策の責任の所在がどこにあるかに関わらず、ベーシックインカム保証を取り入れることは、現在の労働状況に紐づけされた福祉制度に取って替わる道となるだろう。

新型コロナウィルスとユニバーサル・ベーシックインカム論

現在の新型コロナ・パンデミック危機において、ベーシックインカムの必要性が高まり、英国中で真剣に議論がなされている。この危機をめぐっては不確かなことが多いが、多くの人々が経済不安に直面しており、今後も直面し続けることは分かっている。人々は政府のアドバイスに従い、正しいことをし、自己隔離しているが、その結果収入を失っている。企業の業績不振で、収入の減少や失業に直面している人もいる。

英国政府は、ユニバーサル・クレジットへの変更、特定のビジネスにおける法定疾病手当のコスト補助(後注1)、コロナウィルス雇用維持計画(後注2)など、様々な経済支援対策を発表してきた。しかし、多くの人は多岐にわたる制度の隙間からこぼれ落ち、受給までに時間がかかる場合もあるだろう。結果として、ベーシックインカムという考えに新たな関心が寄せられている。

3月18日、スコットランド国民党の英国国会議員団長であるイアン・ブラックフォードは、この危機の間人々を支援するため、暫定的にベーシックインカムを導入する有事立法の可能性について、首相質疑にてボリス・ジョンソンに問うた。次の日、第1閣僚(スコットランド首相)質疑にて、ニコラ・スタージョン第1閣僚は「今の状況下でユニバーサル・ベーシックインカム、または市民ベーシックインカムのアプローチに向けて動くのは我々にとって正しい模索であり、必要なことかもしれない」と、ベーシックインカムの利点を強調した。

4月5日、スペインの経済相ナディア・カルヴィーニョはスペインのテレビ局ラ・セクスタに対し、ベーシックインカムは「できる限り早く」実施され、最終的にこのパンデミックが終息した後も残るだろうと述べた(後注3)。

イアン・ブラックフォードは、「現在の英国の制度には重大な欠陥があり、何百万人もの人々が必要な経済支援を受けられていない。全ての人に保証された最低収入はこれらの問題を是正し、人々に現金が支給される。コロナウィルス危機は、重大な欠陥のある英国政府の政策と我々の社会に蔓延する不平等を浮き彫りにした。これは力強い回復を支えるため、そして全ての人々がサポートされる、より公正な社会を築くために必要な持続性ある根本的変化の一部として、長期的に続けられる重要対策となり得る」と、英国政府に対しスペイン同様の対処を改めて求めた。

政策提言

大構想-ベーシック・インカム・ギャランティー(BIG)

個人が政府から、差し引かれることも減らされることもない一定の収入を受け取る。それ以外の収入は課税対象になるが、ベーシックインカム保証分は決して差し引かれない。つまり労働は常に金銭的に報われる。現制度よりシンプルなので、運用コストが低くなり、人々の生活への介入も少なくなる。各人は、世帯構成員ではなく個人として扱われる。したがって、人々はジェンダーにかかわらず平等に扱われる。結婚か同棲かによって、補助金がもらえたり、あるいは不利になったりすることもない。スコットランド緑の党の提案に沿った基準で、我々はベーシックインカムの額を大人は年間5200ポンド(1ポンド=130円とすると、約68万円)、子供は2600ポンド(約34万円)とした。

我々は2016年の報告書で、こういった政策を英国あるいはスコットランドで実施するのにいくらコストがかかるか、また予算確保の方法についても予想を立てた。これらのコストは以下の方法で確保することができるだろう。

・特定の手当の廃止
・課税最低限度額の廃止
・国民保険の最高限度額廃止を含む、国民保険と所得税の統合
・すべての所得税率に導入時に8ポイントの増税

我々の報告書「ベーシックインカム保証」中に計算詳細を示したが、下記の表はこの報告書から引用したもので、スコットランドと英国全体の試算がまとめられている。

スコットランド市民の収入£5,200/ £2,600:
経費 財源
16-64歳の市民の収入 £180億 特定の手当廃止 £36億
市民である子どもの収入 £24億 課税最低限度額の廃止 £52億
    国民保険と所得税の統合(非課税であった手当が課税対象に) £23.6億
    国民保険と所得税の統合により国民保険の上限を撤廃 £16.5億
    すべての所得税率に8ポイント分の増税 £55.3億
合計 £20.4bn 合計 £183.4億

 

英国市民の収入£5,200/ £2,600:
経費 財源
16-64歳の市民の収入 £2150億 特定の手当廃止 £454億
市民である子どもの収入 £320億 課税最低限度額の廃止 £608億
    国民保険と所得税の統合(非課税であった手当が課税対象に) £275億
    国民保険と所得税の統合により国民保険の上限を撤廃 £329億
    すべての所得税率に8ポイント分の増税 £680億
合計 £2470億 合計 £2346億

制度の簡略化によりコストが削減され、働く人は増えるので、税率は下がると予測している。特筆すべきは、ベーシックインカムは世帯のすべての構成員が受け取るので、高い税率を課せられている多くの納税者でさえ実際の世帯収入は増えるだろうことだ。

ベーシックインカムの利点

簡略化:現制度は極度に複雑なものだ。ベーシックインカムは、全ての市民が受給するので、非常に単純だ。補助金交付のための資産調査は廃止され、支払いが自動化されるので、運用関連組織が大幅に簡略化される。

個人化:世帯ではなく個人が単位であるため、雇用されているか否かに関わらず、市民一人ひとりが少額の独立した収入を持つ。結果的に人々は性別に関わりなく平等に扱われるだろう。結婚か同棲かによって、補助金がもらえたり、あるいは不利になったりすることもない。

働ける人々にはやる気を起こさせ、働けない人々のための追加手当はそのまま残る:この収入は後で差し引かれることがなく、資産調査もない。結果的に、働けば必ず報われる。現状と違い、個人にとっては働いた時間は全て追加収入となる。しかし、家賃補助や障がい者への追加手当はそのまま残る。

全ての労働が稼ぎに:全ての仕事が終身雇用やフルタイムなわけではなく、仕事によっては季節的なものや散発的なものもある。しかし、個人がそのような仕事を受けて手当を失い、雇用機会の不確実性を心配しながら、そんな仕事に就くのは容易ではない。ところが(ベーシックインカムが導入されれば)定期的か恒久的かに関わらず、全ての仕事は個人に追加収入をもたらす。労働時間が変わっても、もらえる手当がころころ変わることはない。

所得税とベーシックインカムはお互いバランスを保ち合う:全ての人がベーシックインカムを受け取ることになるとは言え、増額の圧力に対しては限界がある。ベーシックインカムの増額は、恐らく所得税の増額で賄われる必要があるだろう。従って、所得税とベーシックインカムの額は、お互いがバランスを保ち合わなければならない。

雇用を増やす:全ての仕事は労働時間や雇用期間に関わらず稼ぎに繋がり、現在ある福祉の罠がなくなり、すなわち雇用が促進される。

求職者限定条項の廃止:現在、勉学や研修を週に数時間以上している場合、いくつかの手当を失う可能性のある人がいる。ベーシックインカムの場合、そうはならない。結果的に研修・再研修、またはボランティアをする妨げになるものはなくなる。

後注1: https://www.gov.uk/government/publications/support-for-those-affected-by-covid-19/support-for-those-affected-by-covid-19
後注2: https://www.gov.uk/guidance/claim-for-wage-costs-through-the-coronavirus-job-retention-scheme
後注3: https://www.forbes.com/sites/isabeltogoh/2020/04/06/spain-to-roll-out-permanent-universal-basic-income-soon/#77dd14d8316f

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原文: “One For All: The Case for a Basic Income Guarantee” by Reform Scotland, April 10, 2020
URI: https://reformscotland.com/2020/04/one-for-all-the-case-for-a-basic-income-guarantee
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