TUP BULLETIN

速報367号 交換書簡「帝国システム」 04年9月6日

投稿日 2004年9月6日

FROM: Schu Sugawara
DATE: 2004年9月6日(月) 午後9時27分

☆興隆しながら衰退する帝国★
かつては平和の祭典とされていたオリンピックの開催期間中も、戦火は止まず、ただでさえ断片的にしか伝えられない戦争の情報や、沖縄で墜落した米軍ヘリが突きつけた問題などは、日本選手団のメダル・ラッシュに浮かれるニュースの陰に追いやられていました。古(いにしえ)のローマ帝国の「劇場とパン」による統治政策を思い起こさせる光景のなかに、わたしたちはいるようです。世界を理解したいならば、その現実を見詰めつづける努力が欠かせないでしょう。ここに、ふたりの論客が、興隆しつつ、同時に衰退に向かうという逆説的な世界帝国の姿を語っています。/TUP 井上
/凡例  (原注)[訳注]
[注: 後編 → 速報369号 交換書簡「帝国システム」その2 04年9月11日: https://www.tup-bulletin.org/?p=400 ]

トムグラム: ジョナサン・シェル、帝国の興亡を語る
――編集者トム・エンゲルハートとの往復書簡
トム・ディスパッチ 2004年8月19日
—————————————————————
[トム・エンゲルハートによる前書き]

もし米国政府の誰かが、ジョナサン・シェルの予言の書(あるいはおそらく歴
史的に適確なとだけ言っておくべき)『征服しえぬ世界』を読んでくれていた
ならば、イラク戦争は起こりえず、閉所恐怖症をおこしそうな右派シンクタン
クの狭い世界とワシントンの権力中枢で育まれたネオコンの夢は、すべて空中
に蒸発してしまっていたことだろう。

同書は、帝国的“戦争システム”の数世紀にわたる歴史を再検討し、このシス
テムが、前世紀における一連の極端な暴力の時期を通じて、一種全世界的な麻
痺へと発展し、そればかりか地球とその住民すべてを命にかかわる危険に放置
していることを明らかにし、その一方で、このシステムに対する抵抗の成功し
た例を、(民族解放運動の形をとった)武装闘争によるもの、積極的な非暴力
手段によるものの両方から適確に叙述している。その過程で、ジョナサンは、
歴史のなかから、ひとつの可能な未来へと通じていると思われ、したがって、
いつの日か、わたしたちをさらに先へと招くであろうような、一連の非暴力の
道を発見している。

同書を編集したおかげで、わたしはひとつ有利な立場に立った。アメリカがバ
グダッドを手に入れ、略奪が始まったとき、なんらかの抵抗運動(あるいは多
数の運動)が、当時は勝ち誇っていたブッシュ大統領を、2004年11月の
大統領選挙の日まで追い立てるだろうということが分かり、即座にわたしはそ
う書いたのである。いまでは『征服しえぬ世界』はペーパーバック版で刊行さ
れている。わたしはこんなことは滅多に言わないのだが、あなたの本棚にこの
本を加えなければ、そして読書リストの筆頭にマークしなければ、大きな間違
いを犯すことになる。

ジョナサンが書簡で言っているように、わたしたちの共同作業の過程で、かれ
の本にある帝国システムの内容についてだけではなく、わたしたち自身がその
なかで暮らす帝国システムの本質についても、しばしば議論になった。それで
は、一番最近の意見交換を読んでいただくことにしよう。トム

—————————————————————
[ジョナサン・シェルからトム・エンゲルハートへ]

親愛なるトム

9月11日攻撃の直前でしたが、『征服しえぬ世界』をわたしが執筆し、あな
たが編集していたころ、あなたのほうがわたしよりもためらわずに、アメリカ
の政策を「帝国的」、アメリカを「帝国」と呼んだことをお忘れでないでしょ
う。わたしはためらいました。尻込みしました。なにしろ、同書のテーマのひ
とつは、帝国の時代は終わったということでしたから。過去の歴史に新たに加
わった20世紀は、英国、フランス、ポルトガル、オランダ、オスマン・トル
コ、ドイツ、日本、ロシアといった帝国の巨大な墓場であるとわたしは指摘し
ました。

帝国支配者たちは、局地的で激烈な、結局は抑制不能になる民族抵抗運動の勢
力に圧倒されて、愕然とすることを繰り返してきました。さらに驚くべきこと
に、これらの抵抗運動の成功の主な要因は、例外なく政治力であり、軍事力で
はなかったのです。英国支配に対するガンジーのインド独立運動や、ソビエト
帝国に対するポーランドの叛乱など、いくつかの事例では、暴力にいっさい訴
えることなく闘争に成功しています。

20世紀の反帝国主義運動は、どこでもほぼ例外なく勝利しました。封建的な
ものであれ、近代的なものであれ、いかなる政治イデオロギーも抵抗運動を潰
せなかったのです。逆に独立を勝ち取るためには、どのような政治信条であっ
ても力を発揮しました。自由民主主義(1776年のアメリカ、1980〜9
0年代の東ヨーロッパ)、共産主義(中国、ベトナム、カンボジア)、人種差
別主義(南アフリカのブール人[*])、軍事優先主義(南アメリカ諸国の多
く)、神政主義(79年のイラン、80年代のアフガニスタン)のどれもが、
さらには王権主義(19世紀前半のドイツ)でさえもが、民族自決を成就する
のに有効であると実証されたのです。
[英国式発音でボーア人とも。17世紀後半からの植民オランダ人の子孫で、
自称アフリカーナ。1899年のブール戦争で英国人植民者勢力に敗れたが、
支配政党・国民党の基盤をなし、アパルトヘイトを主導]

こういう経緯を考えれば、世界帝国の達成という、つねに恐れられながら、け
っして実現されたことのない野望、またの名を「世界支配」(冷戦時代には、
ソ連がめざしていると言われていたもの)という、何世代も前からの時代がか
った古臭い悪夢を、アメリカが本当に追求しているかもしれないなどとは、ほ
んど想像しがたいことに思えました。いずれにせよ、「帝国主義」は、外国の
支配(豪華な官邸から命令を布告する総督、占領軍、植民地行政府)を意味し
ていたのであり、アメリカはそれをおおむね避けていたのではないでしょう
か?

このような帝国に関する意見の違いは、9月11日事件が起こると、即座に、
あなたが正しかったということで決着しました。わたしは持論を撤回しました。
アメリカは、イラクでは直接統治、アフガニスタンでは間接統治といったふう
に、過去の帝国と同じような外国領土の支配に乗り出したのです。(最近にな
ってイラクの“主権”が委譲されたというお笑い草の言い分には、わたしは反
駁をためらいません) あなたのアメリカ帝国論に、わたしも乗りました。わ
たしたちだけでは、決してありませんでした。それどころか、万人の意見が突
如一致をみたものがひとつあったとすれば、アメリカが帝国であるということ、
それも地球規模の帝国であるということだったのです。

右翼論客がそうでした。例えば、ニューヨーク・タイムズのコラムニストで、
アメリカのヤッピー[1]階級の祭司、デービッド・ブルックスがいます。か
れはアメリカを史上初の「都市近郊型帝国」と名づけました。また、ウィリア
ム・クリストルもその一人です。かれは、ウィークリー・スタンダード[2]
の編集長として、アメリカは“国家としての偉大さ”にまで登りつめ、“慈悲
深い”帝国にならねばならないなどと檄を飛ばしました。(みずからを慈悲深
いと思わなかったのは、どの帝国だったのでしょうか?)
[1.yuppie=都市暮らし、高等教育、高収入専門職の団塊世代]
[2.the Weekly Standard=ネオコン集団の論客を揃えた理論武装誌]

新現実主義者もそうでした。ヘンリー・キッシンジャーを崇拝するジャーナリ
スト、ロバート・カプランは、アメリカの「ステルス(*)による絶対主権」
を支持し、「世界運営10則」をアメリカの施政者たちに授けました。リベラ
ル帝国主義者(あるいは、わたしが思うに、ロマン的軍国主義者)ニューヨー
ク・タイムズのトーマス・フリードマンは、中東でもどこでも、銃を突きつけ
て、民主主義を伝えたいと願っていました。
[不可視性。レーダーに捕捉できないステルス軍用機からの援用]

さらに左翼もそうであり、昔からアメリカ帝国主義を糾弾してきましたが、い
まも変わっていません。かつてはアメリカを帝国的と言ったために、孤立し、
国家の名誉を傷つけていると非難されました。それがいまでは新しい共通認識
の先触れだったことが明らかになりました。きのう左翼が使っていた糾弾用語
が、きょうは主流派が用いる賛辞になったのです。

そしてブッシュ政権の9・11以降の政策は、その単独行動主義、先制攻撃戦
争や体制変革路線のドクトリン、公然と自認している世界的覇権達成の野望と
見ていくと、現在の語彙では「帝国的」としか呼びようがありません。(政権
じたいは、帝国のレッテルを貼られるのを相変わらず拒んでいますが)

それにしても、この共通認識は短命でした。イラクにおける総崩れが明らかに
なると、帝国進軍ラッパの調子はおかしくなりました。わたしもまた、帝国と
いう用語を採用したのは正しかったのかと、またもや迷うことになりました。
かつての留保が、新しい形で頭をもたげたのです。

ひとつには、これほど多くの主流派の解説者たちが言うように、アメリカが帝
国であることが自明だとすると、いつそうなったのでしょう? 1803年に
ルイジアナを購入[1]した時でしょうか? 1840年代のメキシコ=アメ
リカ戦争[2]、あるいは第二次世界大戦の連合軍勝利でしょうか? 199
1年にソ連が崩壊し、唯一の“単独超大国”として勝ち残ったときでしょう
か? それとも、それに次ぐ目も眩(くら)むような10年間のうちの、いつ
か定かでないある日なのでしょうか? 主流派のなかに新しく登場した帝国擁
護論者のだれかが、その動きに気づいたのでしょうか? あるいは何が起こっ
ているかを他のだれかに警告したでしょうか? この変化が通知されたとき、
わたしは脇見していたのでしょうか?
[1.ナポレオンの提案で購入。アメリカの西部進出のきっかけになる]
[2.1846〜48年。米国が挑発し、西部一帯の広大な領土を奪う]

帝国政策推進を公約する候補者がいたり、そういう候補に票を投じた有権者が
いたとは、わたしは認識していません。いつのまにか帝国(まさしくステルス
帝国)が、この国に忍び込んだだけだったのでしょうか? かつて大英帝国は
放心の発作のうちに獲得されたという話は有名でしたが。いったい、一国民が、
それとは気づかないうちに世界を支配していたりできるものなのでしょうか?

そのようなアメリカ史の説明は、有権者に対しても、政治家に対しても、事態
を引き起こした勢力の存在(そして民主的責任)の否認を見せつけることにな
ります。さらに、帝国的行動がすでになされていると決めてかかると、国民か
ら未来を決定する権利を奪うことになります。すでに決まっているのに、つべ
こべ言って、なんになるのだ、というわけです。すると、アメリカ帝国は既成
事実の圧倒的な重みを獲得することになり、唯一の現実的な問題は、世界を支
配すべきかどうかではなく、いかに支配すべきなのか、ということになります。

イラク侵略の前のことですが、ハーバード大学のマイケル・イグナティエフが、
アメリカは“否認”の帝国であると書いています。かれは、アメリカが「世界
に今あるがままの秩序を守らせ、しかもアメリカの国益優先でことに臨み」
「アメリカが必要とするルールを制定し」「失敗に終わった20世紀の帝国、
すなわちオスマン帝国、大英帝国、ソビエトから継承した土地で、帝国の役割
を遂行する」ことで目覚め、帝国としての責任を直視することを望むと言って
います。なぜなら「21世紀を迎えて、アメリカが単独で支配するようになり、
ふたつだけ例をあげても、パレスチナ、パキスタン北西辺境部といった、過去
の帝国の負の遺産である叛乱地帯を治めるために苦闘している」からなのです。
不本意な悲哀にみちた帝国主義だったというわけです。

英国の歴史家ニアル・ファーガソンは、この議論をさらに一歩進め、『コロッ
サス[*]』丸ごと一巻の紙幅を費やして、挫折した大英帝国を賞賛し、遺業
の継承をアメリカ合州国に要請しています。
[Colossus=エーゲ海ローデス島の港にあったという太陽神ヘリオスの巨像]

これらの発想は、わたしには現実に対する甚だしい読み違えを体現しているよ
うに思えます。イグナティエフにしろ、ファーガソンにしろ、20世紀の歴史
は列強の帝国競争であり、アメリカがレースに勝って、世界支配への突破口を
開いたものと考えているようです。だが、わたしの見方では、アメリカは、諸
帝国のピンを並べたボーリングで、ボールに倒される最後の一本であり、他の
帝国に倒されるのではなく、現地民衆の独立闘争によって跳ね飛ばされること
が明らかになるでしょう。アメリカ帝国の試みが、昔からの諸帝国の企て一切
もろとも失敗に終わったと、だれの目にも明白になれば、わたしたちは、この
時代に山積する現実的な仕事に立ち返ることが可能になります。すなわち、ま
だ経験もないので、はじめから考え出さなければならない、世界を運営する反
帝国主義的で民主的な方法を設計することです。

アメリカが帝国としての予定表を衆目に晒してから、いまやほぼ3年たちまし
たが、最右翼の帝国主義者でさえ、万事順調に進んでいると言い張れないので
はと、わたしは思っています。大統領のいわゆる「悪の枢軸」の片割れである
北朝鮮は、世界超大国からの露骨な脅しに屈せず、核保有国になったと報じら
れています。もうひとつの枢軸国、イランも同じ道を進んでいます。長く待た
れてきたアメリカ経済の回復にしても、それが支えるとされる帝国と同じく、
失速しています。アメリカ軍は、限界ギリギリまで世界中に展開させられてい
ます。すべての大陸で、国際世論は反米に傾いてしまいました。だが、帝国政
策推進の努力で眼目になるのは、もちろんイラクにおける戦争であり、イグナ
ティエフも、戦争前の論文にこの認識を示し、イラク[戦争の帰結が決まる
時]が「アメリカの海外における帝国としての役割が、共和国としてのそれ自
体の存在を脅かすものか、強化するものかをめぐる、アメリカ国内での長く続
いた論争の決着がつく瞬間」になると書いています。

蜃気楼(どこかに消えた大量破壊兵器)を追い求めて引き起こした戦争は、ご
まかしようもない失敗です。だが、イラクにおけるもっとも顕著な「諜報の失
敗」は、存在しない大量破壊兵器をあると誤認したことではありません。アメ
リカの侵略と戦争に続いて、必ず起こると歴史が教えている民族抵抗闘争に対
して、わたしたち自身の目を閉ざしてしまったことです。サダム・フセインが
大量破壊兵器の開発を再開したと考えたのは、(間違いだったとはいえ)まこ
とに妥当なことでした。錯覚だったのは、植民地時代を終えた国の人びとが、
新たな占領を喜んで受け入れると思ったことです。

この教訓を学ぶために、英国やフランス、またはイスラエルの諜報機関の教え
を仰ぐ必要はありませんでした。それは、ベトナムにおけるアメリカの負け戦
を記録した分厚い戦史をはじめ、20世紀の年代記のうちに大書されているの
です。ベトナムでの教訓がいまでも重要なのは、ベトナム国がイラク国に似て
いるからではなく、みずからの国をみずから治めると決心した現地住民の闘争
によって帝国が敗北を喫するという、ほとんど普遍的な物語のうちで、ベトナ
ムこそが、アメリカみずからの、長きにわたった、苦痛に満ちた体験だったか
らです。

帝国に対する戦いの長い歴史に記されたすべての章もそうでしたが、イラクに
おける戦争は、独自の特徴を備えています。米軍がバグダッドに進軍したとき
には、ベトナムに大挙して押しかけたときとは違って、既存の大衆的抵抗運動
(またはさまざまな運動)は組織されていませんでした。サダム・フセインが
そのようなものを許さなかったからです。それに、ベトナムにはゴ・ジン・ジ
ェム[*]政権が確立していましたが、イラクには帝国傀儡政権に使える手頃
な統治機構はいっさい存在していませんでした。
[Ngo Dinh Diem=ベトナム共和国大統領。1954年ジュネーブ協定の後、
55年に就任、米国の後ろ盾で反共独裁体制を敷き、ベトナム戦争が拡大中の
63年、軍部クーデターで殺害される]

代わりにあったのが、二重の政治的真空状態です。その結果が、征服の直後か
ら、国のあらゆるものの略奪という形で、たちまち顕在化した無政府状態でし
た。目下、その真空状態は、片側では満たされつつあります。北部のスンニ派
と南部のシーア派の両方面で、国民的な抵抗が動きはじめたからです。(クル
ド系住民はアメリカに好意的ですが、米側の思惑とは裏腹に、イラク帰属を望
んでいません) アメリカの側では、旧バース党職員でCIA協力者だったイ
ヤド・アラウィが、大衆の支持を欠いたまま、アメリカの指図どおりに動いて
います。

この戦いは、他の反帝国主義運動から、悲惨なまでお馴染みのパターンを受け
継いできました。現地抵抗勢力は軍事的に弱く、政治的に強い。帝国の親玉た
ちは軍事的に強力ですが、政治的には、ほぼ絶望的です。歴史は、こうした抗
争で勝利を収めるのは、政治力であると教えています。アメリカの開戦の名目
は、イラク・シーア派の救済にあったはずですが、南部全域における、その同
じシーア派に対する恥しらずで情けない大虐殺が、戦闘で勝って戦争に負ける
という、歴史に数多くある類例どおりの様相を見せています。

だが、ほんとうの真相は、イラクにおける戦争は始める前から負けていたとい
うことではないでしょうか。予防戦争は予め負けていたのです。ブッシュ政権
の無能ぶりはいかにも重症ですが、問題はそれではなく、どんな外国からの征
服者も、地元住民の心と魂を勝ち取ることにかけては、度しがたく無能だとい
うことです。煎じ詰めれば、民心掌握にこそすべてがかかっているのです。

一般に近代の“帝国”の運命は、軍事的強大さの底にひそむ政治的弱さという
共通のパターンを示しているのではないでしょうか? 「興隆と衰退」――こ
の二つは、諸帝国の物語に分かちがたく結びつく言葉であり、たいていの場合
の問題は、ある特定の時点で、ある帝国が興亡の曲線のどこに位置しているの
かということなのです。しかしながら、今日のアメリカがこの放物線で占める
位置を見定めるのは、容易ではありません。興隆と衰退とが同時に進行してい
るようだからです。

アメリカ帝国は地球全体に軍を駐留させていますが、成果はほとんど達成され
ていません。ワシントンの皇帝は5大陸に向かって号令をわめいていますが、
しばしば無視されています。アメリカの軍事大国ぶりは“超”がつきますが、
武力を用いることが用いる者を傷つけているのです。おそらくアメリカ帝国は
“事前”に衰退していたのでしょう。帝国の現状は、興隆期にあるのか、衰退
期にあるのかというよりもむしろ、まったく同時に拡大しつつ縮少し、威嚇し
つつ撤退しているように見えます。

おそらく、このような前後関係の混交に驚くべきではないのでしょう。失敗の
公表は、その真意が成就の時まで預言者にしか知ることのできない予言として、
王宮の壁に不思議な指先で書かれたのではありません。過去100年間のすべ
ての歴史書に明記されていたのです。犯罪が実行される前に、判決が言い渡さ
れていたのでした。
[旧約ダニエル書5・5=…人の手の指が現れて……王宮の白い壁に……]

問題はたしかに多層的です。批判者たちは、ジョージ・ブッシュがイラクの体
制変換を目論むよりもずっと以前から、経済のグローバル化を帝国主義と名指
していましたし、いまもそうする相当な理由がありますから。それにしても、
結末がいまだ決まらないうちに、アメリカ帝国システムの勝利と思いこむのは、
米軍がバグダッドを陥落させて間もないうちに、ブッシュが空母エイブラハ
ム・リンカーン艦上で「任務達成」を宣言したのと同じぐらい確かな間違いで
しょう。

新帝国主義者たちは、否認からさっさと立ち直って、仕事にかかりさえすれば、
世界を切り回すことができると、わたしたちに告げました。その結果が目の前
にあります。では、アメリカは世界を股にかけた帝国なのでしょうか? まだ
そうなっていませんし、決してそうはなれないでしょう。

よろしく。ジョナサン

[筆者]ジョナサン・シェル(Jonathan Schell)は、ネーション研究所平和
フェロー。3世紀にわたる帝国主義暴力とそれに対する報復を描いた最近の著
作ペーパーバック版『征服しえぬ世界、権力、非暴力、民衆の意志(仮題:
The Unconquerable World, Power, Nonviolence and the Will of the
People)』が刊行されたばかりである。
—————————————————————
[トム・エンゲルハートからジョナサン・シェルへ]

親愛なるジョナサン

ご存知のように、わたしは、筋金入りで洞察力のある反帝国主義の論客に肩を
並べるほど、帝国主義論に通じてはいません。しかし、アメリカの軍事、諜報、
秘密工作部門の予算を合計すると、5000億ドルの大台を軽く上回っている
とすれば――

二大政党が、それぞれの党大会で、血染めの旗と過去の戦争の栄光の記憶に徹
底的に熱中しなければならないと公言しているとすれば――

アメリカが、2、3年ごとに地球上のどこかで戦争をしたり、軍事“介入”を
したりせずにはいられないとすれば――

700以上もの米軍基地の連なりに太陽が沈むことがなく、アメリカの知識層
が、これほどの数の基地が存在する理由を説明できず、黙り込んでいるとすれ
ば――

アメリカの選良たちの議会は、予算決定権限があるとされているにもかかわら
ず、選挙で選ばれたわけでもない軍部からの奇怪な予算要求にノーと言えなく
なっているとすれば――

わが大統領が、世界の主要な石油産出地域とほぼ重なる、「不安定性の弧」と
呼ばれる地帯に介入するための準備をよりよく整えるために、基地の配置を再
編成し、10年内に、数万の兵力を世界に再配備することを決定するとすれば、
また、大統領選挙で対立候補が、軍部の聴衆を前に、大統領は朝鮮半島に半世
紀駐留させてきた部隊を一部撤退させるのかと、激しく攻撃しているとすれば
――

11月の大統領選挙でどちらが勝っても、ぺンタゴンやわが国諜報部は規模が
さらに増強され、予算をさらに気前よく配分されることが保証されているとす
れば――

地球を丸ごと5つの米軍司令部(太平洋軍司令部[PACOM]、中央軍司令部
[CENTCOM]、南方軍司令部[SOUTHCOM]、欧州方面軍司令部[EURCOM]、お
よび本国を含む北米を管轄する新設の北方軍司令部[NORTHCOM])管轄区に分
割し、それぞれの司令部を率いる将軍たちは、文民外交官たちを従え、かしず
かせる地球総督のように振る舞い、[主権者をさしおいて]国防長官および大
統領にのみ報告するだけであるとすれば――

わが国でいちばん資金が潤沢で、実際の役に立たない環境研究が、国防総省高
等研究事業局(Defence Advanced Research Projects Agency)の管轄であり、
自然の仕組みを兵器開発に活用している[*]とすれば――
[生物機能の軍事利用など。軍事技術開発については、参照:
TUP速報292号「イラクは新型兵器の実験場」(N・タース)
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/304 ]

わが国の軍事政策の企画担当たちが、宇宙空間の軍事化[*]を、将来の地球
支配を実現するための特別優先事項であると想定しているとすれば――
[参照:TUP速報283号「帝国の過去・現在・未来」(エンゲルハート)
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/293 ]

わが国は、50年先まで見越してスーパー兵器の開発計画を策定しているとい
うのに、来年分の政策優先事項に、地球温暖化やエネルギー依存に対処するた
めには、意味のある計画はなんら策定していないとすれば――

さらに……と思ったのですが、このリストに追加していくのは、あなたにも容
易いことでしょうし……ともあれ、ガアガア鳴くのはアヒルの学校ていどの政
治観にもとづいて言えば、あなたは、非常に先進的で、かつ不安定な種類の帝
国、つまり軍事帝国について語っておられると、わたしには思えるのですが、
この帝国は、明らかに未完成で、ぶざまですらあるしろものであり、圧倒的に
政治・経済力と不釣り合いな(そして、うぬぼれもほどがある)軍事力が、過
剰拡大と崩壊との両方の兆候を示しているという点で、わたしはあなたと完全
に意見が一致しています。言い換えれば、すくなくとも現時点では、わが帝国
はガアガア鳴いてヨチヨチしているだけで、まとまりなく、順調に歩いてもい
ません。

ジョナサン、ご承知のように、かつてのアメリカにまったく別の伝統があった
のを思い起こすことが、大切です。1950年代のアメリカがどのような姿の
ものであったにしろ、あなたやわたしは、たいていの同世代の子どもたち、ま
たわたしたちの前の世代は、帝国はおぞましく非米的な存在であり、わたした
ちの想像の埒(らち)外であると信じるように教えられて育ちました。そのこ
ろにもアメリカ軍は世界中に駐留していたのはもちろんですが、ソ連圏という
向こう側の忌まわしい帝国に対抗しなければならなかったのです。

いずれにせよ、わたしたちは帝国的なるものに反発する強力な体質を受け継い
でいたのであり、それはあなたの書簡のうちに(またわたし自身のうちに)見
受けられますが、この国で若いほうのブッシュの時代になって、昔の中華帝国
で「易姓革命」と呼ばれていたもののために、全面的に打ち棄てられました。
それでも現実はともかく、あの信念には価値がありました。地球規模に派兵す
ることよりも、善良で堅実な道が他にあり、アメリカの現在の路線に従うのは、
非米的である(とにかく、わたしのアメリカではない)とわたしは信じている
(そして、あなたも信じていると考える)のです。

もちろん、近ごろは、このようなことを書いたとたんに、「孤立主義者」と後
ろ指さされてしまいますが、わたしはまぎれもない国際主義者であって、“地
球”の支配者たちが、自国民や他国民に対する罪を犯しても、構うなとか、ど
この民であれ、この世界の災厄に直面していても、無力なままに放置されるべ
きだとは信じません。わたしはまた、今日の世界では、帝国の道にしがみつい
た結果以上に、なにごとも悪くはなりえないと、それこそ心底から信じていま
す。

まだ未解明なままであるのは、あなたがおっしゃるとおり、たった今、わが国
は帝国の興亡「曲線」のどの位置に差し掛かっているのかということです。あ
るいは、あなたが示唆しているように、わが国はほんとうに興隆と衰退とを同
時進行性の事象に変えてしまったのでしょうか? ブッシュ政権は、国際協定
をズタズタにし、予防戦争遂行と世界支配の権利を声高に言いたて、海外の強
制収容所の制度化(およびそれに伴う法律解釈)をしゃにむに推進し、そして
もちろん、イラクを占領することによって、極端で徹底的なアメリカン・ド
リーム帝国バージョンを追求しています。

チャルマーズ・ジョンソンが、かれの著書『帝国の悲劇』で、わたしが見ると
ころでは適確に説明したように、1945年以降のアメリカは、植民地ではな
く、軍事基地を基盤にした帝国主義政策[*]を追求してきました。わが国は、
他国に基地(リトル・アメリカ)を築き、米兵たちの治外法権を確保し、アメ
リカの経済力や現地エリート階級との密接な繋がりを背景に、地球規模のビジ
ネスに精を出してきました。
[チャルマーズ・ジョンソンによる関連記事(TUPアンソロジー『世界は変
えられる』掲載)— TUP速報246号「地球を覆う米軍基地戦略」

[TUP速報]246号 地球を覆う米軍基地戦略 2004年1月28日




日本、特に沖縄との米軍基地の関わりについては、同氏による記事(TUPア
ンソロジー第2集に掲載予定)— TUP速報242号「帝国の治外法権」

速報242号 帝国の治外法権 04年1月11日




なお、『帝国の悲劇』は、文芸春秋社より近日発売の予定]

わたしの目には、イラクはこうした路線から甚だしく逸脱していると映ります。
それは、わたしたちが目にしてきたかぎりで、(ネオコンがどんなに立派な言
葉でそれに飾ろうとしても)露骨な植民地奪取にいちばん近いものです。それ
が、明白に失敗しているので、軍部や諜報部の担当者たちは、みな怒り狂って
いるのです。ケリー政権なら、きっと元どおりの忍び足の帝国路線に戻ること
でしょう。ここで問題なのは、それが可能かどうかということです。むしろ世
界は、短期間とはいえ、苦悶に満ちたこの時を経て、変化してしまったので、
いかなる形の帝国主義政策も、破産が明らかになるのではないでしょうか。

私たちの問題の一部は、帝国抜きの世界を思い描くということのうちにあるの
ではないかとわたしは思います。つまり、あなたが書かれたこれまでの諸帝国
は、その個々のものは、あなたが雄弁に語っておられる「征服しえぬ世界」、
すなわち民衆の世界の前に倒れたのですが、それらが残した遺産の一つとして、
わたしたちの唯一の台本は、数百年来、帝国に支配されているのです。帝国に
対する戦いに全力を尽くした叛逆者や革命派についても、やはりそれは言える
のです。(したがって、わたしたちが、じゅうぶん激しく、じゅうぶん長く反
対してきたすべてのものと同じく、なんらかの形で帝国的に融合してしまって
いたのです)

アメリカは、わたしたちの時代に、地球規模の覇権、つまり過去のすべての帝
国建設者たちが夢見たような頂点に達しましたが、(あなたが指摘されたよう
に)なにもかもデタラメで生半可な流儀であり、帝国の理念そのものが破綻し
ていることを実証しているようです。(それに、わが国が用済みになるまでに、
文字どおりに破産しているかもしれません)

こうした状況に対処するにさいして、別の台本がないことが、わたしたちの妨
げになっていると、わたしは考えます。帝国の理念なしに、どうしていいのか
分からないのです。帝国という要素がなくなって、あるいはお好みなら(また
たく間にすっかり帝国精神に取りつかれるまで、アメリカ人が好きだった言葉
で言えば)世界の警察官がいなくなって、それでも機能する世界は、想像する
こともできないのです。わたしたちにとって、保安官のいない世界は、今でも
とても安心できない光景なのです。

あなたなら、(破綻した現代版よりもオリジナルの映画『失われた時を求めて
[*]』に敬意を表して)わたしたちは何らかの形で帝国主義に洗脳されてい
ると、おっしゃるでしょう。世界の警察官を愛するにしろ、憎むにしろ、かれ
がいなくなるとして、わたしたちに思い描けるのは、ある種の混乱状態だけで
あり、まだ想像されていない(おそらく、いまだに想像できない)、あるいは
あなたがわたしに何度もおっしゃったように「創造されるべき」ある種の秩序
の可能性ではないのです。
[“The Manchurian Candidate”(満州の候補者)=1962年作品。監督ジョ
ン・フランケンハイマー、主演フランク・シナトラ。朝鮮戦争時の中共軍によ
る米軍捕虜の洗脳をテーマにしたサスペンス。2004年リメイク版は、同じ
原題で、アメリカで公開中。主演デンゼル・ワシントン。時代背景を湾岸戦争
のころに移し、副大統領候補と目される英雄の虚構性をめぐるサスペンス]

こうして、わたしたちは、グリーンランド北西海岸のチューレからオーストラ
リア北部まで、アラビア半島のカタールから日本の沖縄まで地球規模で展開す
る巨大な軍事機構に取り込まれて、一触即発の世界に載って、恐怖に震え、ほ
かに選択肢をもたないままに、戦争と帝国の歴史を選ぶのです。

わたし自身の経験を措いて、なにも言えませんので、このコメントの最後に、
もうひとりの作家アダム・ホークシルドの著作に編集者としてかかわった仕事
について言及させてください。かれのいちばん新しい著書『鎖を埋めよ』(来
年2月原書出版の予定[*])は、英国の奴隷制度反対運動の歴史を描いてい
ます。この本でもっとも示唆的なのは、最初に述べられている18世紀の世界
での奴隷制度は、当時の経済に不可欠なものとして、社会に深く組み込まれて
いること、前世紀(20世紀)の世界における帝国主義に劣らないという点で
す。奴隷制度が廃絶されるなどと想像もできない世界で、英国で最初にこれに
反対した変人奇人たち(大部分はクエーカー教徒)は、当時としてはおよそ想
定不可能なことを構想しなければならなかったのです。それでも、継続的で倦
(う)むことのない運動の組織化努力の成果として、そしてもちろん、英仏の
カリブ諸島植民地における一連の大規模な流血の奴隷叛乱の影響で、75年ば
かりも経たないうちに、奴隷制度はほとんど思いも寄らない存在になってしま
いました。
[『鎖を埋めよ(仮題)Bury the Chains』(Adam Hochschild)=邦訳が七つ
森書館から出版の予定であり、北欧でも翻訳書出版決定。同書の予告ダイジェ
スト版(TUPアンソロジー『世界は変えられる』掲載)――
TUP速報271号「世界は変えられる――英国奴隷解放史」
]

では、わたしたちの問題は、これからの75年間、同じように待てるのかとい
うことです。だが、この話題は次の往復書簡の機会まで取っておくべきでしょ
う。

よろしく。トム

[筆者]トム・エンゲルハート(Tom Engelhardt)は、ネーション研究所提供
のトム・ディスパッチ・コム(「抗マスメディア毒消し常備薬」)管理者、ア
メリカン・エンパイア・プロジェクト共同創設者、メトロポリタン・ブックス
編集顧問。著書『戦勝文化の終焉(仮題)The End of Victory Culture』他。
—————————————————————
[原文]Tomgram: Jonathan Schell on the empire that fell as it rose
posted at TomDispatch, August 19, 2004 at 4:46 pm
http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?emx=x&pid=1691
Copyright C2004 Jonathan Schell
Copyright C2004 Tom Engelhardt 両者ともTUP配信許諾済み
==================================================================
[翻訳]井上 利男 /TUP