TUP BULLETIN

速報368号 辺野古の住民の闘い 04年9月6日

投稿日 2004年9月6日

FROM: Schu Sugawara
DATE: 2004年9月6日(月) 午後9時53分

ジュゴンの海を破壊しようとする日米軍事同盟

 8月13日に起きた沖縄国際大学への米軍ヘリコプター墜落事件は、ここでくどくどと説明するまでもなく、沖縄が置かれている「占領状態」を浮き彫りにしています。あたかもその事件を予言するかのようなこの記事を、その前日の12日に英国インデペンデント紙が掲載しました。

 辺野古に米軍ヘリ基地を建設・移転するという日本政府の強引な計画は、勇気ある沖縄の人々を中心とする反対行動にもかかわらず、ボーリング調査を強行するという緊迫した状況を迎えています。この記事にある「二十歳そこそこの若い男たちが、機械のように人を殺すための訓練をしていれば」を読んだ直後の15日に、元ベトナム派兵の海兵隊員で平和活動家のアレン・ネルソン氏の話を聴きましたが、かれは「わたしは、米国では的に正確に当てる射撃訓練を受けたが、ベトナムに向かう前に沖縄で受けたのは、いかに間違いなく相手を殺せるかの訓練だった」と言っていました。
 「日米地位協定」なるものがいかに不当であるか、そしてしかもその被害のほとんどを背負いながら不屈の抵抗を続けている沖縄の人々に思いをはせながらこの記事をおくります。翻訳して下さったのはゲストの藤谷英男氏です。その労に感謝いたします。(TUP/岸本和世)

島唄と軍事基地――美しい沖縄を蹂躙する占領米軍

60年にわたり、沖縄住民は米軍の大部隊と隣りあわせの暮らしを続けてきた。
それなのに今、新たな基地増設計画が持ち上がり、激しい抵抗を呼び起こして
いる。

[報告]ディビッド・マックニール(David McNeill)
[初出]英紙「インディペンデント」2004年8月12日付
[掲載ウェブサイト]ジャパン・フォーカス

平良夏芽さんは、物腰の柔らかな眼鏡の牧師で、マーティン・ルーサー・キ
ングばりの平和主義者だが、ごり押しには負けないとはっきり言う。「役人た
ちが大勢をつれて戻ってきても、受けて立つだけです。わたしは暴力的な人間
ではないが、かれらにやらせはしませんよ」

日本最南端の県である沖縄の小さな漁村、辺野古の焼けつくように暑い日で
ある。平良牧師や延べ8000人の支援者たちは、太陽に晒されたこの浜辺に
110日間も通いつめ、米軍のために計画されている沖合ヘリコプター基地の
新設に伴うボーリング調査の着手を試みようとする政府の技官たちを撃退して
きた。抗議が長引くにつれ、技官たちと60代主体の抗議側との間で掴み合い
も起きている。白髪の年金暮らしの人たちが警備員らと直接対決し、侵入者を
阻止するために、ウェットスーツを着用しカヌーに乗り込むこともある。64
歳の當山栄さんは、「怒り心頭ですよ。この場所にどうしてこんな事ができる
のか。我慢の限界を越えてしまったよ」と言う。

 沖縄の人々が暮らしているのは、世界屈指の風光明媚な地域だ。点々と連な
る島々は、「環境のバイアグラ」をもられたかのように、手付かずの自然をた
っぷり残し、熱帯の日差しを受けて清められ、太平洋の紺碧の水を浴び、シュ
ロの木立ち混じりのみずみずしい緑のカーペットで覆われている。

この地域で名高いものといえば、ひとつは世界一の長寿、そしてもうひとつ、
この地域が世界で最も米軍基地の密度の高い地域の一つでもある。米軍は45
年に沖縄に殺到し、居住人口の3分の1に迫る住民を死に追いやり、米軍側の
死傷者数も5万に達するという猛攻撃を加えた。米軍はそのまま居座っている。

 1972年に琉球列島は日本の統治下に復帰したが、大半の米軍基地は残っ
た。東アジア最大で最強の嘉手納米空軍基地と、沖縄で2番目に大きな宜野湾
市の25パーセントを占める普天間航空基地などを含め、沖縄本島の面積の5
分の一を占拠したままである。

東京とワシントンが駐留米軍の規模を縮小すると約束してから何年もたった
今ごろ、普天間の古い基地の代替施設として、辺野古沖合の珊瑚の海に、長さ
1500メートル幅600メートル規模の海兵隊基地を造成するという計画が、
住民をひどく怒らせている。漁師の東恩名琢磨さんは言う。「連中はわたした
ちの暮らしの場を取り上げ、地域環境を破壊しようとしています。とても許せ
るものではありません」。東恩納さんは、基地計画がジュゴンの棲息域を脅か
すとして、サンフランシスコでアメリカ国防総省を相手に差し止め訴訟を起こ
して、帰国したばかりだ。ジュゴンは、天然記念物指定のおとなしい海棲哺乳
動物で、絶滅危惧種でもある。

海兵隊1万7600人を含む、5万人以上の米軍要員とその扶養家族が、人
口130万の沖縄にいる。米軍は、広大な地域、海域、空域を統制下に置き、
空の交通については、6000メートルの高度まで完全に管制権を握っている。
沖縄は、長年にわたって朝鮮、ベトナム、アフガニスタン、イラクの戦争に米
部隊を送り出しており、中国または北朝鮮との戦争ということになれば、沖縄
住民の意思には関係なく、沖縄からの米軍部隊が戦うことになる。

元CIA顧問で『沖縄:冷戦の島(仮題、Okinawa: Cold War Island)』の
著者、チャルマーズ・ジョンソン氏が語る。「同盟国がこのようなことをする
とは、まったく思いも寄りません。不測の事態が起こるのを待つようなもので
す。昨年11月にドナルド・ラムズフェルド(米国防長官)が沖縄を訪問した
さい、沖縄県知事から『貴国の人員は活火山(のマグマ)の上にいて、それが
噴火するとき、ソ連にとってのベルリンの壁の崩壊とほとんど同じように、貴
国のアジア戦略の全体を崩壊させることになるでしょう』と聞かされました。
沖縄に39番目の基地を建設するのは、馬鹿げています」

この4週間ほどはいつもと変わらず、たいしたことは起こらなかった、と住
民たちは言う。7月8日、フィリピン人基地労働者に対するレイプの容疑で起
訴されていた海兵隊少佐が、性的虐待の有罪判決を受けた。7月16日、沖縄
県民1名が轢き逃げ事故に遭い、キャンプ・ハンセン所属の兵士の仕業である
ことが突き止められた。7月23日、酒に酔った非番の海兵隊員が警察官を殴
った。8月8日、別の海兵隊員がタクシー運転手を襲った。その前日には、米
空軍が、住宅の庭にめりこんでいた重さ2.5キログラムの金属片は、6月に
F18C戦闘機から脱落したものだったと認めていた。沖縄タイムスはこの事
故をトップ記事で伝え、「子どもたちが庭で遊んでいたら、どうなっていたこ
とか?」と問いかけた。

 たいして重大な事件は起こらなかった。1995年に海兵隊員2名と水兵1
名とが、12歳の少女を誘拐のうえレイプしたままで置き去りにしたような、
長年の残虐な性的犯罪のなかでも最悪の、島を覆う激しい怒りを引き起こした
ようなものは、何も起こらなかった。この時の沖縄史上最大規模の抗議集会に
駆けつけた大群衆が声を上げた――米兵が歓迎されていない人口密集地の島で、
二十歳そこそこの若い男たちが、機械のように人を殺すための訓練をしていれ
ば、こういうことが起こって当然だ、というような事件は起こっていない。

集団レイプ犯たちは、警察に見つかる前に基地に逃げ帰れば、現地の米軍部
隊を保護する日米地位協定のもとで、安全であることが分かっていた。このた
めに、住民の怒りの大半は、在日米軍基地の75パーセントをこの太平洋の小
さな砂粒のような島に押しつけている、日本政府に向けられるのだ。島民たち
は、自分たちが日米軍事同盟の重荷と、それにともなうアメリカの東アジア軍
事戦略の重荷も負わされていると信じている。

平良夏芽さんがマーチン・ルーサー・キングとするなら、知花昌一さんはマ
ルコムXであり、テレビの全国中継中に国旗を燃やしたことで、島で有名にな
った火付け役である。「日本政府は米軍による防衛を求めていながら、基地を
本土に移せば排斥されるので、動かせないと分かっているのです」とかれは言
う。最近、知花さんは、日本政府が米軍に提供している借地53万平方メー
トルに含まれる、かれの先祖伝来の土地236平方メートルを取り戻す闘いに
とりくんでいる。「この地で、わたしたちが無力なのをいいことに、かれらは
土地を取り上げるのです。ここは、米軍にとって世界で最良の場所なのです。
米軍はここが大好きです。日本政府は米軍に年間6700億円の金を出してい
ます。米軍の住宅、燃料、水、自動車の経費を支払っているのです。政府が支
払わないのは、米兵たちの給料だけです」

 1995年の抗議行動が転機となって、日米両国政府は、5ないし7年をめ
どに、普天間海兵隊航空基地を沖縄に返還することに合意を余儀なくさせられ
た。この合意は、日米安全保障条約の期限更新のために来日することになって
いた、当時の米大統領ビル・クリントンを迎えるというタイミングに合わせら
れた。クリントンは当時の橋本龍太郎首相と握手し、抗議の人びとは街頭から
いなくなった。今日、普天間の返還は16年も先の話であり、さらにもうひと
つの基地が作られようとしている。

軍用機が頭上に絶えず爆音を響かせ、せまい道路は迷彩色の軍用車両で渋滞
している。その車両が起こす騒音の叩きつけるようなシンフォニーをさらに増
幅するサウンドトラックは、軍人たちの車や米兵たちをもてなすバーから溢れ
るリンプ・ビズキット、ニッケルバック、スリップノットなどのニューメタル
・ミュージックだ。バーの大半は、金武町にあるキャンプ・ハンセンのメイン
ゲート前一帯に集中し、ここで1970年代に発生した一連の反基地暴動は、
米軍と住民との間の不安定な小康状態を危うくしかねないところまで揺るがせ
た。

 あるバーで、日本人ママさんが、映画『フルメタル・ジャケット』(ベトナ
ム戦争映画)に登場する鬼教官を演じたR・リー・エメリーが店に来たと鼻を
高くし、辺野古で抗議している人たちは「バカ」だと言って、「基地は金を落
とすのに」と付け加える。午後7時ごろから、バーの店内は、図体はでかく、
タトーを入れているが、顔は子どもっぽい男たちで混みはじめる。

フィリピン人基地労働者に対する猥褻行為で7月に有罪判決を受けた退役海
兵隊少佐マイケル・ブラウンは、公判期間中に、金武町のバー街について[ウ
ェブサイト「ブラウン少佐を救え」で]次のように語っている。「米兵たちは
バーでしこたま呑んで、喧嘩し、ママサンに金を払ってガールフレンドを世話
してもらう。取引きとしては、手技、フェラチオ、生の本番、その組み合わせ
と、なんでもござれだ」バー街の周辺一帯は、強姦や性的暴行未遂がこれまで
何十件もあった犯罪多発地帯である。暗くなってから、そちら方面に出歩く沖
縄女性はほとんどいない。この状況を、島民たちの多くは「占領」という言葉
で表す。

 嘉手納のすぐ近くで4人の子どもたちを育てる母親である久場たつのさんは
言う――「かれらは居座って、一等地をぜんぶ取ることがどうしてできるので
すか?米兵たちは基地に閉じこめられていると言う人もいますが、好きなとき
に呑みに出て、遊び、地元の女をひったくるのですよ。わたしたちが、自分の
土地から締め出されているのです」「あのフェンスの中で、殺人の訓練をして
います。いつも喚いているのが聞こえてきます。毎日、私の家はガソリンの匂
いでいっぱいになり、窓は震え、エンジン音で子どもたちは勉強もできません。
それに軍用機が爆音をすぐそばで響かせます。かれらがまた人殺しをするのも、
時間の問題です」たいがいの島民のように、かのじょは、軍用機が基地の内外
で墜落するのは日常茶飯事だと先刻承知である。1950年代に、ジェット戦
闘機が学校に突っ込んで、生徒17人が死亡、121人が負傷という最悪の事
故になった。

 日本政府は、怒りに宥めるために公的財源からのお金をばらまき、強硬な反
基地論者の前知事・太田昌秀に代わった稲嶺恵一現知事をはじめ、地元政界の
保守派たちを支えてきた。太田氏は「地元の人間が、みずからの土地、空、海
の自由な使用を否定されるとしたら、どうして自由な国の市民であるといえる
のだろうか」と朝日新聞に書いた。

東京や知事室の決まり文句は、基地がなくなれば、経済がだめになるという
ものである。太田氏は「基地関連の歳入は全体の5パーセントほどに過ぎない。
米軍が市街区域の基地を明け渡し、返還された土地を開発すれば、10倍の雇
用が生まれる」と言う。かれは、沖縄は観光産業で大幅に収入を伸ばすことが
できたはずだと信じている。「基地は、沖縄経済の発展を阻害しているのであ
って、支えているのではない」

 辺野古の抗議行動は、決定的な局面にさしかかっている。ワシントンが機動
力を重視した分散型に軍隊を改造する方途を模索し、韓国で米軍駐留に対する
反感が高まっている状況で、日本は基幹的な地域統轄センターになると見られ
ている。

 ジョンソン氏は述べる。「米国は、韓国で生まれたような状況、つまり本心
からの反米民主主義が育ち、現地のアメリカ人が憎まれるような事態を避けな
ければなりません。ラムズフェルドが民主主義を気にしているわけではありま
せんが、沖縄が、政府の統制から外れるような存在になりかねないことは知っ
ています」

元海兵隊員の政治学者で沖縄在住のダグラス・ラミス氏は言う。「ずっと前
から、人びとは『もちろん、基地はいらない』と言ってきました。そして、声
を落として『だけど、わたしたちに何ができる?』と言うのです。今、その人
たちに、その何かがあります。辺野古闘争が勝利を収め、反基地運動を活性化
するだろうと、わたしは考えています」

 平良牧師は、島民たちはうんざりしていると言う。「兵士たちは酔っ払って、
車をぶっつけます。一日に事故が4件、一ヵ月にレイプが2件あるのです。沖
縄のほぼすべての人に、暴行を受けたことのある家族がいます。そのうえ、兵
士たちは、イラクやアフガニスタンに行って貧しい人たちを殺すのです。わた
しの血は煮えくりかえります」

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[筆者]ディビッド・マックニールは、東京在住のジャーナリスト、上智大学
教員。ジャパン・フォーカス( http://www.japanfocus.org )世話人。
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[原文]The Island Idyll and the US Occupation by David McNeill
This article appeared in The Independent on August 12, 2004, and
located at Japan Focus website:
http://www.japanfocus.org/147.html
Copyright C 2004 David McNeill TUP配信許諾済み
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[翻訳]藤谷英男氏(ゲスト)