TUP BULLETIN

速報448号 リバーベンドの日記 1月15 日 幻の大量破壊兵器 050120

投稿日 2005年1月20日

DATE: 2005年1月21日(金) 午前0時25分

幻だった大量破壊兵器、リバーベンドの日記1月15日


 戦火の中のバグダッド、停電の合間をぬって書きつがれる24歳の 女性の日記『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、 女性としての思い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、 検問が日常、女性は外を出ることもできず、職はなくガソリンの行列 と水汲みにあけあけくれる毎日。「イラクのアンネ」として世界中で 読まれています。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため 息が感じられるようなこの日記、ぜひ読んでください。(この記事は、 TUPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)。 (TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里)  http://www.geocities.jp/riverbendblog/


2005年1月15日 土曜日

イマード・ハッドゥーリのブログ

イマード・ハッドゥーリ(訳注:2003年11月30日日曜日の当ブロ グに詳しく紹介されている)を覚えてる? 『イラクの核の蜃気楼』(原 題:Iraq’s Nuclear Mirage)  http://www.iraqsnuclearmirage.com/index_en.php を書いた原子力物 理学者よ。これは必読の書。そのイマード・ハッドゥーリがついにブログを 始めたの。「フリーイラク」(Free Iraq)  http://abutamam.blogspot.com/ というサイトを見てほしい。  「フリーイラク」はイラクの現状というより展望を書いている。いろい ろとおもしろい記事にリンクを張っているし、彼自身による英語のコメン トもそれぞれついている(ブログの一部はアラビア語で記述)。

午後11時6分 リバー 

幻の大量破壊兵器

もう1週間近く電話が通じなかった。ようやく今日つながったばかり。 6日間というもの、受話器を取っては耳を澄ませたけれど、まったく音が しない。ゼロ。どこまでも沈黙。だから、私は空しく「もしもし」と繰り 返し、人差し指で手当たり次第に番号を押してしまう。もちろん、いつも こうなるとは限らない。日によっては、受話器を取ると「もしもーし、お ーい」と叫ぶ大勢の人声が聞こえてくる。ある時など、Eはまったく見ず 知らずの人と電話でおしゃべりを始めた。その人も電話がつながるのを待 っていたから。Eは叔父に電話しようとしていたし、相手の女性は孫息子 に電話したかったの。

通話音はほぼ1時間前に戻ってきた(朝からチェックしていたの)。こ のチャンスを利用するわよ。

電気事情はそれほど改善していると言えない。電気の供給は1日に(ほ ぼ連続)2時間、それから停電が(連続)8時間。燃料不足のため、発電 機はまだ長時間は回せない。灯油不足は本当に悩みの種になってきた。は じめ私たちはそれほど深刻に受け止めていなかったと思う。イラクが灯油 不足に直面したなんてきっと初めてのことだもの。不足しているとは今な お信じがたい。1991年にガソリン不足が起きて、湾岸戦争の間からそ の後しばらくはガソリン不足が続いたときですら、灯油は常にたっぷりあ ったと聞く。残念だけど今回は当てはまらない。私たちの買う灯油はとん でもなく値がつり上がって、ランプとヒーターにしか使えない。

誰もかれも出られる人は選挙前に国を出ようとしているように思える。 噂によると、シリアとヨルダンとの国境は選挙の1週間前に国境封鎖され るかもしれないという。だからみんな急いで荷造りして出ようとしている。 学齢期の子どもの学期末テストや大学の試験の終わるのを待ちかねて一緒 に出ようとしている家族も多い。

二三日前のおもしろいニュースをひとつ紹介しよう。  米国政府は、米国がイラクにおける大量破壊兵器(WMD)の現地での 捜索を終結したと発表し、第一次ブッシュ政権がイラク侵攻の主な理由と して挙げたのがこの大量破壊兵器の捜索であると述べた。  http://sify.com/news/fullstory.php?id=13647921

なぜ私が驚かないかって? 誰もびっくりするわけないでしょう? 私は いつも思っていた。大量破壊兵器がもとでこの戦争が起きたと本当に信じた 人は、病的な妄想にとりつかれたアメリカ人か、そう信じ込まされた海外在 住のイラク人か、あるいはその両方だと。現実にイラクの国土で何百何千と アメリカ人が命を失い、十万人を超えるイラク人が死んでしまった今、アメ リカ人はこの現状を一体どう捉えるのだろうか。もうひとつ尋ねたい。この 記事は「ドルファー報告」に触れているけれど、その記載によると大量破壊 兵器は一切なく、情報機関が全部間違っていたのだという。報告書の発表は 2004年10月のはずだ。それで、聞きたいのは次の通り。「この報告書 は大統領選の前に公表されたの? アメリカ人は報告の内容を知ってなおブ ッシュに投票したの?」

はじめて聞いたわけではないという意味で、この話題は当地ではニュース と言えない。こんな結末は過去2年にわたって予想してきたのだもの。大量 破壊兵器をめぐる茶番全体が出来の悪いブラックコメディにすぎないと認識 しつつも、ブッシュが自分の誤りを認める声明を出したと聞くと、いまだに 動揺する。動揺するのは、それが最悪の事態を追認することにほかならない から。つまり、アメリカ人の右派はイラク戦争の正当化など気にも留めてい ないってことを確認することになるから。あの人たちは正しいか間違いか気 にもかけなければ、人が巻き添えになって死んだことも、もっと大勢死んで いくことも気にしない。彼らは、以前は多少ゲームの主導権を握っていた。 自分たちのぼんくらな大統領がイラクのどこにも大量破壊兵器を見つけそう もないと見て取ると、矛先を集団墓地に向けることにした。程なく、主権国 を「解放」しに来た当の本人たちが、以前を上回る人数のイラク人を集団墓 地に葬りはじめた。スマートウェポン(訳注:賢い武器の意)という名の精 密兵器が「おそらく罪がないだろう」一般市民を愚かしく殺しはじめた( 「間違いなく罪がない」のはイラクの現保安軍かアメリカ兵とともに活動し ている場合だけ)。再び事態は、かわいそうなイラク人を現状から救い出す ということから、アメリカ人を「テロリスト」から守るというところへ、変 化した。この構図におあつらえ向きにザルカウィが登場したってわけ。

ザルカウィは大量破壊兵器よりはるかに具合がいい。小さくコンパクトで 可動式。ファルージャからバグダード、ナジャフからモスルへと、制圧の必 要がある県や都市ならどこでも自在に出入りできるのだもの。もうひとつ好 都合なのは、ザルカウィの容貌が典型的なイラク人男性だということ。黒い 髪、黒い目、黄褐色の肌、中肉中背。ザルカウィの実態は前に私たちが保有 していたとされていたWMDと似たようなもの、と平均的アメリカ人が気づ くようになるまで、いったいどのくらいかかるのかしら。

今や私たちは、大量破壊兵器は決して存在しなかったという「公式」表明 を聞かされた。イラクが壊滅させられてしまった後になって、あれは間違い だったと言われる。バグダードを見てほしい。その光景には胸がつぶれる。 荒れ果てた街、異様な灰青色の空。火災と兵器から立ち上る煙と、車と発電 機から発生するスモッグが混ざり合った空の色。ある地域では突如出現する かに見える壁が延々とめぐらされて、グリーンゾーンに所属する人物たちを 護衛する。街を行きかう人に共通する表情は怖れ、怒り、疑い。それに不安 定さと迷いがつきまとう。この国は一体どこへ行くの? 少しでもいいから 普通の状態らしくなるまで、一体どのくらいかかるの? 私たちは一体いつ になったら安心できるの?

ひとつ問いかければ次々に疑問が生まれる。大量破壊兵器が存在しないの なら、なぜ科学者たちを解放しないの? フダー・アンマシュ、リハーブ・ ターハー、アミール・アル・サアディを始めとするイラクの科学者が、なぜ いまだに刑務所にいるの? もしかすると、拘束中の科学者が都合よく刑務 所で死んでくれるのを待っているわけ? そうすれば、多種多様な拷問のテ クニックや尋問のし方をばらせるものがいなくなるし…。

アメリカ人がテロとの戦いを異国の地に持ち込んで、気分すっきりだとい いのだけれど。テロリストを―チャラビ、アラウィ、ザルカウィ、ハキムを ―イラクに連れ込んでおいて、この現状がどうやってアメリカの安全保障に 役立つというの? 怖れとカオスの中で育った世代がそっくり10年後にア メリカをどんなふうに見ることになる? 誰か訊いた人いる? アメリカ人 は9.11の後、一握りの狂信的な人たちがしたことのために、集団外国人 恐怖症にかかることに決めたわ。にもかかわらず、イラク人は占領下でのあ らゆる経験を経てなお、私たちは忍耐強く感謝の念を持つはずだと思われる。 なぜ? 食事の小麦が増えたから?

恐怖とは、飛行機が超高層ビルに衝突する姿に気をもむことだけではない。 テロリズムとは、国家保安隊がアメリカ軍のハムヴィー(訳注:多目的装甲 車)かイラク高官を通すという理由で、渋滞の最中に、ほんの数メートル先 でカラシニコフ銃の炸裂音を聞かされること。恐怖とは、自分の家が家宅捜 索され、ほんのつまらないことでアブグレイブに連れて行かれて兵士に拷問 され、殴打され、殺されるかもしれないと知ること。恐怖とは、マシンガン の連続音が止んだ最初の瞬間、必死に頭を上げて、愛する人がまだばらばら にされていないかどうか確かめるとき。恐怖とは、近くが爆破されたために 粉々になったガラスの破片を居間のソファーから拾い集めようとして、もし ここに人が座っていたらどうなっていただろうかと想像しないように努める こと。

大量破壊兵器は存在しなかった。まるで愛する人が犯してもいない罪状に よって死刑を宣告されたようなものだ――あげくに自分の国が見分けもつか ないほど焼かれ爆撃される。そして、2年間にわたって死者を悲しみ、失わ れた国の主権を悼んだ後になって、兵器隠匿の罪を犯していないと聞かされ た。私たちはアメリカの脅威ではなかった…

おめでとう、ブッシュ。今こそ私たちは脅威よ。

午後10時53分 リバー

(翻訳:リバーベンド・プロジェクト/岩崎久美子、池田真里)