TUP BULLETIN

速報573号 ドナより 12月10日 パイン・ギャップに奇跡の侵入 051221

投稿日 2005年12月20日

DATE: 2005年12月21日(水) 午前1時12分

マルハーン、秘密基地パイン・ギャップ査察を強行、逮捕される 報告第4弾


オーストラリア中央部、北部準州アリス・スプリングスから20キロほどの所に ある米豪の共同軍事基地パイン・ギャップをご存知でしょうか。パイン・ ギャップは、第二次大戦後からエシュロン(米・英・豪・カナダ・ニュージー ランドによる、電話・ファックス・Eメール・衛星通信などあらゆる通信情報 を傍受し解読しているスパイ組織網)の中心的役割を果たし、最近では軍事衛 星情報の傍受・中継の中核的役割を担いアフガン・イラク戦争に欠かせなかっ た秘密軍事基地で、職員の大半をCIA、NSAおよび米軍の諜報部員で占める、米 国が実効支配する基地です。さらにこれから宇宙を支配しようとするミサイル 防衛構想の中枢になろうとしています。強国による国際テロの中核施設のひと つであるこのパイン・ギャップに向かい、テロ査察を強行しようとしたドナ・ マルハーンからの報告その4です。 (翻訳:福永克紀/TUP)


パイン・ギャップ基地内への旅――奇跡! ドナ・マルハーン 2005年12月10日

お友達の皆さんへ

私は金曜日の朝早く、市民査察を実行するためパイン・ギャップ軍事基地に侵 入した4人の憂慮する市民の一員となりました。

一体どうして、資金もなく、素人で、非武装の(しかも私の場合は不似合いな !)キリスト教平和主義者たちの出来合いのグループが、アメリカとオースト ラリアの最重要軍事基地のひとつであるパイン・ギャップに、しかも割合簡単 に入り込め、数時間も基地を活動停止に追い込めたのでしょう?

つまるところ、それは奇跡だったのです!

なんてことなの、私たちは行くって彼らに通告していたんですよ!

私も自分の経験を詳しく書かなければなりませんが、私たちのチーフ、ジム・ ダウリングが書いた生き生きとした報告がありますので、皆さんにお伝えした いと思います。

私には4件の容疑がかけられていて、来週(願わくば月曜日)アリス・スプリ ングス裁判所に出頭することを条件に勾留を解かれ、来年早々のある時期に裁 判が始まることになります。私たちは罪を犯していないと確信しており、全員 無罪を主張するつもりです。

添付写真は、私たちのチームの一員、アデルが建物の屋根の上で図々しくも ピースサインをしている所です。背景に、有名な白い「ドーム」の輪郭がいく つか見えます。この写真は発覚することなくこっそり持ち出せたもので、まだ 未発表のものですからピルグリム・メーリング・リストの皆さんだけのもので す!

私が基地に接近する時に撮った、不気味な様子のパイン・ギャップの写真も添 付しておきます。 [訳者注:残念ながらTUPでは写真添付はできません]

他国の無辜の命を奪う結果をもたらしてきたパイン・ギャップの活動を暴露 し、パイン・ギャップにスポットライトを当てる目的を達成できて、私たちは ワクワクしています。

暗闇のなか数時間、北部準州の深い藪をテクテクと歩き抜け、足が痛み、くる ぶしがヒリヒリします――でも、どの穴も皆、落ち込むだけの価値がありまし た!

続きはもうすぐ

皆さんの巡礼者

ドナより

追伸:私たちの写真と話しのすべてを掲載するウェブサイトをぜひとも立ち上 げたいと思います、そこのどなたか、助けていただけません?

追追伸:「私たちの安全は、より巨大で精巧な爆弾や、より巨大で精巧な標的 識別システムや偵察システムによってもたらされるものではありません。私た ちの安全は、よりよき関係を構築することによってもたらされるのです」―― ジム・ダウリング

パイン・ギャップへの藪の道 2005年12月9日

私たちは今日、奇跡の一部となった。私が最初に、パイン・ギャップに侵入し できれば建屋のひとつによじ登ってこの基地のテロリストとしての本質を暴露 しようと提案した時、私はそれを皆で一緒に密かに実行するつもりだった。そ の後、私が出会った最も熱狂的な人物が、許可の有無を問わず私たちはパイン ・ギャップ査察を実行するという意図を、公然と発表するという対案を出し た。この「プランB」が承認され「すべてのテロに反対するクリスチャン」 (CAAT:hristians Against ALL Terrorism)が誕生した。

この新提案を出したマイケルは抜け、代わりにブライアン・ローが入った。ブ ライアンは膨大な活力をグループにもたらし、真に実行可能なグループにして くれた。彼は、私たちが行くことを警察とロバート・ヒル国防相に通告し、決 行の予定日まで教えた――12月8日だ。

私たちは情熱に溢れてはいたが、パイン・ギャップはオーストリアで最も厳重 に警備された軍事施設であることを考えると、奇跡でも起こらなければ成功し ようもないというのが参加者大半の強い思いであった。

その奇跡が、今日起こった。

水曜日の朝、私たちは、パイン・ギャップ地区の伝統的土地所有者である先住 民族アランダ族の管理人パット・ヘイズを探し出し、彼の土地の一部を占領し ている基地の暴力を暴くため、その土地を通る許可を請うた。軍隊によるパイ ン・ギャップの使用については、かつていかなる許可も請われたこともなけれ ば、彼が許可を与えたこともなかった。しかし、パットは寛大にも私たちに地 域に入る許可を与えてくれた。

8日(木曜)の夜遅く、私たち4人は、ドナ・マルハーンとブライアン・ローの グループと、アデル・ゴールディー[訳者注:原文はジェシカ・ゴールディー となっているが誤記と思われる]と私自身のグループに別れ、異なるふたつの 方角から基地に向かって歩き始めた。それぞれのグループは、5時間と3時間歩 くことになった。午前4時、アデルと私は、高さ3メートルの最初の防護フェン スに近づいた。私たちが地面に伏していると、フェンスから500メートルほど の所から警備巡回車が投光器で辺りを照らしながら近寄ってきた。彼らは私た ちの存在に気がついており、それで探しに来たに違いないと思った。少なくと も2回、見つかってしまったと思えて、基地に入る試みは潰えたと思った。後 に分かったことだが、これは定期巡回の監視活動で、奇跡的に私たちを見つけ 損ねたのであった。

2台の車が行ってしまってから、アデルと私は、投光器に明るく照らされてい る最後の100メートルを、外側の防護フェンスに向かってダッシュした。アデ ルがフェンスに「あなたは一体何ということをしたのか? あなたの弟の血が 大地から私に泣き叫んでいる:創世記4-10」と書かれた横断幕を掲げ、私は ジェシカが有刺鉄線で作った美しいイエスの十字架像をフェンスに取り付け た。それから私がフェンスを切り開いた。私たちはよじ登って通り抜け、私は およそ10メートルほど先にあったふたつ目のフェンスを切り開いた。再び私た ちはよじ登って通り抜け、歴史上最大の帝国のどんな力も、素人で資金もない 非武装のキリスト教平和主義者が彼らの最も重要で警備厳重な基地に侵入する のを防げなかったことを実感した――しかも、私たちが行くと彼らに通告して おいたのに。

私たちの周りにある巨大な白いドームと巨大な皿型レーダーアンテナの一群 を、ぐるっと見渡した。時として夢想していたように、この白いドームのどれ かによじ登るのは不可能なことは一目瞭然だった。アデルが建屋の横のタワー に向かい、そこから屋根に登った。私もそれに続いた。

屋根に登るとすぐさま、私たちは写真やチラシやその他の資料を屋根に広げ た、そして神に感謝を捧げた。間もなく、警備員が一人自転車に乗って巡回し てくるのが見えた。私たちはまだ見つかっていなかった。しかし、警備員が建 屋の裏のほうに回って行ったので、フェンスに掲げた横断幕に気づいたはず だ。その間アデルと私は、白いドームを背景にお互いの写真を撮りあってい た。警備員が視界に戻ってくると、すばやく私たちの目の前の皿型レーダーア ンテナにつかまってタワーを登ってきた。驚くことに(この時点ではもう私た ちは何事にも驚くこともなかったが)、彼が私たちを見つけるまでに1分も キョロキョロとしなければならなかった。私が手を振った、すると彼はあわて て降りていった。

1分も経たないうちに、大勢の連邦警備員と警察官が私たちの下に集まった。 私たちに降りてこいと要求した最初の者への私の返答は、私たちはこの基地の テロ活動を査察するために来た者であり、査察をやめさせないと明言する指揮 官が書いたものを持ってくれば降りていくというものであった。ふたり目の警 備員が腹立たしげに、屋根から引き摺り下ろしにそこまで行くぞと私に向かっ て叫んだ。この基地がテロ活動で何千人もの殺人に直接加担していることを 知っている以上、間違いなく私は暴力には驚かないだろう、と答えた。

もちろん、「お山の大将」になっている時は、たやすく勇敢に振舞えるもので ある。しかし、すぐに大勢の警備員と警官が屋根に登ってきた。最初の者が 「ひざまずけ」と言った。「それはいい考えだ」と私は答えた。私はひざまず き、パイン・ギャップによる暴力への協力から彼が手を引くようにお祈りを唱 えた。

不運なことに、お祈りを唱えている時は、彼らが私に与えている命令なぞ聞こ えるはずもなかった。これで、最初に私たちを脅した警備員がムッとした。驚 いたことに彼は、私にはおなじみになってきた別の服従テクニックを使った ――昔からある「地べたに頭を押し付け、膝を頭に押し付けろ」テクニック だ。幸運なことに前回のコンクリートの床と違って、私たちが乗っている金属 屋根は少しばかり弾力性があって、血まみれの顔になる代わりに頬にあざがで きたぐらいで済んだ。

屋根からワゴン車に付き添われて連れていかれたあとに、基地の正面に運ば れ、数え切れないほど身体捜索をされ、それから監視所に運ばれた。

一方、ブライアンとドナは、すばらしい歩みをちょうど完了したところだっ た。ブライアンは健康問題を抱えていて、歩くことが極端に困難で、走ること など全く不可能だった。なので、彼らは防護フェンスまでの最後の一直線を ゆっくりと歩いたが、ドナは黒のブライアンは明るい白の「市民査察チーム」 オーバーロールを着たままだった。この歩みは、実にすばらしかった。警備の バンが彼らに向かってきた。ふたりは手を振ったが、車は通り過ぎてしまっ た。彼らも最初の防護フェンスにたどり着いた、そしてブライアンがボルト カッターでフェンスを切り始めるまで、すでにフェンスの後ろに集まっていた 大勢の警官や警備員に見咎められることはなかったのだ。それから警備員たち がブライアンが「敵」だと理解すると、招集をかけた。ブライアンは警備員が 銃を手にするまで切り続けたが、それはブライアンが偶然にではなく差し当た り充分な査察活動をおこなったと決定したからだろう。

ブライアンとドナは、2日前に私たちと話をしたケンに「生け捕り」にされ た。ブライアンが地べたに手荒く転がされた時には、ケンは持ち前の陽気な ユーモアのセンスなど完全に失っていた。

ケンが、白いオーバーロールを着て基地に侵入しようとするなんてアンタらに とって有益じゃないよとアドバイスしてくれた時、私たち皆がどれほど大笑い したか、今は彼にそれを思い出させる時ではないとドナとブライアンは考え た。あとになって、私たちは監視所の中で、次回にやる時には手錠をして追跡 装置を持って彼らに私たちを捕まえる公平なチャンスを与えるべきだと冗談を 言い合った!

しかし、逮捕はそれだけでは終わらなかった。ショーンとジェシカは基地正面 に車で到着し、逮捕されることのない行動とふたりが考えたやり方で横断幕を 掲げた(ジェシカは5時間後のメルボルン行きの飛行機を予約しており、ショ ーンは翌日搭乗する予定だった)。連邦警察がこれほど怒るとは予想していな かったのだ。私たちはピケや祈祷のため、今まで2回この基地の正面玄関に来 たことがある。毎回彼らは、私たちにはここにくる権利があると満足げに断言 していた。今や彼らは復讐に燃え盛り、私たちのカメラや彼らが気になる文書 などを没収すると決定した。ショーンが、どんな法律に基づいてそんなことが できるのかと丁寧に尋ねると、警官の公務を妨害したとして忽ちに逮捕され た。没収したものの目録さえ出すことなく、今までのところ何も返還されてい ない。

その日遅く、今度はジェシカの番がやってきた。それまで午前中はずっと連邦 警察官に付きまとわれていたジェシカは、友人たちを訪ねて監視所にやってき た。そのとたんに彼女は逮捕され、従犯者の容疑だと言われた。幸いなこと に、1時間かそこら後、ジェシカが充分に落ち込んだ後に、彼女の容疑は取り 消され釈放された。

容疑事実 パイン・ギャップに入った4人にかけられた容疑は、連邦財産の破壊または損 壊、連邦所有地への不法侵入、禁止区域への違法な侵入、財産の違法な損壊で ある。 ショーンにかけられた容疑は、連邦警察に対する公務執行妨害である。 アリス・スプリングスの事務弁護士、ラッセル・ゴールドフラムは、ヒル国防 相が私たちを脅すのに用いた1952年の法規で、初めて裁かれる人たちになった と私たちを祝福した。この法律の下、不法侵入の刑罰は、最高7年の投獄であ る。 裁判の日は、2月のある時期に設定される可能性が高い。

互いに戦争を仕掛けあっているテロリストたちに対する重要なメッセージ

私たちがパイン・ギャップ侵入で伝えようとする最も重要なメッセージは、私 たちの安全は、より巨大で精巧な爆弾や、より巨大で精巧な標的識別システム や偵察システムによってもたらされるものではなく、私たちの安全は、よりよ き関係を構築することによってもたらされる、ということである。私のカト リック・ワーカーのTシャツには、「たった一つの解決策は愛である」と書か れている。

「すべてのテロに反対するクリスチャン」は、テロの問題に関する道徳的・知 的誠実さに身をささげようとする人間が集まった小さなグループである。今 回、パイン・ギャップへの旅を敢行した者は、ジム・ダウリング(50歳、デイ ボロー在住)、ブライアン・ロー(51歳、ケアンズ在住)、アデル・ゴール ディー(29歳、ブリズベン在住)、ドナ・マルハーン(37歳、シドニー在 住)、ショーン・オライリー(47歳、ブリズベン在住)、ジェシカ・モリソン (29歳、メルボルン在住)である。(テリー・スパックマン(65歳、ケアンズ 在住)は体調を崩しタウンズヴィルで私たちと別れたが、精神的には私たちと 共にあった)

ジム・ダウリング

原文:Journey into Pine Gap – a miracle! URL: http://groups.yahoo.com/group/ThePilgrim/message/177