TUP BULLETIN

速報608号 マイク・デイヴィス「スラムの惑星」パート1 060524

投稿日 2006年5月24日

FROM: hagitani ryo
DATE: 2006年5月24日(水) 午後9時13分

☆囲いこまれる世界と行き場のない人びと★
経済活動のグローバル化が、世界的に見て雇用を創出しないのは、周知の事
実ですが、本稿において、マイク・デイヴィスは、グローバル化に取り残さ
れ、あるいは故郷を追われた人びとが、雇用のないまま都市に集中する現状
を語ります。その結果、地球規模の現象として、スラムが急激に膨張し、ま
たその裏返しとして、ゲート付き住宅地などの特権階層居住空間のテーマ
パーク化が進展します。治安が乱れたバグダードの中心にあって、重警備さ
れ、アメリカ風ライフスタイルが保証されたバグダードの米軍租界、グリー
ン・ゾーンと、インフラが破壊され、人びとが殺しあう、サドル・シティな
どの市街との対比は、スラムの惑星の現実を極端な形で象徴しています。
 私たちの日本においては、スラム化はまだ顕在化していないようですが、
正規雇用が派遣・パート型雇用に大量に置き替えられているのが、この動き
に対応しているのでしょう。井上

凡例: (原注)[訳注]〈ルビ〉《リンク》
―――――――――――――――――――――

トム・ディスパッチ・インタビュー:
マイク・デイヴィス、惑星のスラム化を語る

(読者の皆さんへ――本稿は、当サイト連載インタビューの第9弾。前回ま
での3回分に登場いただいたのは、マーク・ダナー《1》、チャルマーズ・
ジョンソン《2、3》、カトリーナ・ヴァンデン・ヒューヴェル《4》の各
氏である。トム)
1. http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=63903
2. http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=70243
3. http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=70576
4. http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=78700
[当訳稿の末尾に当シリーズTUP版バックナンバーをリンク。ただし、
ヒューヴェル氏編は未訳]

人道のグラウンド・ゼロ
――マイク・デイヴィスに訊く(パート1)
[取材: トム・エンゲルハート]

彼の短髪と口髭こそ、すっかり灰色まじりだが、ずっと昔、サンディエゴ近
郊のエルカホンで屠畜の胴体を引きずっていた、かつての肉屋の孝行息子ら
しく、がっしりと力強い体格は相変わらずである。こちらに気づいたとた
ん、私を四駆車に押しこみ、サンディエゴ外れのマクマンション《*》新興
住宅地に連れ出し、メキシコ国境まで南下して、物議の的になりながら(巡
視隊や駆けこみ越境者がうろつく地帯に)建造されている最中の三重フェン
スの現場に直行する。彼は夢の観光ガイドであり、南カリフォルニアの珍し
い風物や見ものなら、どんなことでも教えてくれる歩く百科事典である。景
色のなかで目につくものは、すべて注釈や短評や分析を免れないようだ。町
を遠く離れた砂漠地に架かったインターステート高速道路の橋は、コンク
リート打ちのものとしては全国一の高さを誇る。海軍SEAL[特殊部隊]
のステルス上陸艇など、サンディエゴ港域の海を行き来するあらゆる型の軍
用艦艇は、ひとつひとつ識別され、論議の対象になった。(「ここにも海軍
の遊び道具がいっぱいだ!」)
*マクドナルドとマンションの合成語。風景にそぐわないデラックスな安普
請の大邸宅。写真: http://en.wikipedia.org/wiki/McMansion

「近ごろのサンディエゴで、猫も杓子も話題にしているのが不動産価値!」
とぼやいたかと思うと、ちょっとした地域不動産市場論の講義がはじまる。
軍事基地や軍用保留地のひとつひとつが見落としなく指摘される。「当地の
人間は、どこもかしこも埋めつくした軍隊に気づいていません。自分を取り
巻く死、殺人基地を見ないのです。なにもかもカットしています」 時お
り、ことあるごとに若いころの暮らしの風変わりな思い出が浮かびあがる。
(「サンディエゴ育ちのたったひとつの利点は、海軍の門前町と安い映画館
の存在でした。それこそ、ティーンエイジャーの天国でしたね」) 車内に
散弾銃が鎮座していて、大切なことを決して忘れないと見受ける博学者の
――毎日のことであれば――みごとな暮らしぶりを、いま自分は目撃してい
るのだと気づかないわけにはいかない。

彼の質素な家は、ひとっ走りで――地元の壁画が格安で売りに出されたとい
う解説を耳に挟みながら――抜けられるサンディエゴ最貧地区の端にある。
私のテープレコーダーを設置した小さな居間に、彼の2歳になる双子、ジェ
イムスとカサンドラ(愛称、キャシー)の巨大な多彩色プラスチックの玩具
の家が大きく場所を占領している。この家で彼にインタビューしているの
は、革命史の世界に包みこまれているようなものだ。壁という壁、部屋の隅
や割れ目、あるいはトイレでさえ、革命ポスターに欠けているスペースがな
い。(スペイン語スローガンが “Camarada! Trabaja y Lucha por la
Revolution!” と叫んでいる) 身の回りのどこにでも、ロシアの金権政治
家どもを踏みつぶそうとする足や、ドイツの搾取階級を粉砕しようとする巨
大な拳〈こぶし〉があるし、1919年選挙のポスターに「スパルタカスに
一票を!」と迫られる。

マイク・デイヴィスは、水晶の街=ロサンジェルスを描いた最初の著作
“City of Quartz: Excavating the Future in Los Angeles”《1》をもっ
て、いきなりベストセラー作家に躍りでて、わが国随一の確信的な都市学者
として著名になったが、その後、ロサンジェルスの文芸崩壊《2》から19
世紀ヴィクトリア朝の民族虐殺《3》、さらには私たちが生きる現代の鳥イ
ンフルエンザ流行の脅威《4》まで、ありとあらゆるテーマを書き綴ってい
る。彼は、ごく最近、休むことを知らない探究心に富んだ頭脳活動の焦点を
都市化した地球に絞り、新刊書“Planet of Slums”《5》をものしたが、
同書の結論は驚くべきものであり、これが私たちの対話の基礎になるべきだ
と私は考えた。
1.『要塞都市LA』村山敏勝・日比野啓訳、青土社2001年刊

2.“Ecology of Fear: Los Angeles and the Imagination of Disaster”
[未邦訳『恐怖のエコロジー――ロサンジェルスと惨事の想像力』]

3.“Late Victorian Holocausts: El Nino Famines and the Making of
the Third World”[未邦訳『ヴィクトリア朝末期の民族虐殺――エルニー
ニョ・ファミリーと第三世界の成立』]

4.『感染爆発――鳥インフルエンザの脅威』柴田裕之・斉藤隆央訳、紀伊
国屋書店
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9980525479
5.[未邦訳『スラムの惑星』]
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1844670228

間に合わせの会見場を居間に設え、テープレコーダーを挟んで、インタ
ビューをはじめる。彼は、昔懐かしい、ほぼ絶滅したアメリカの独学者の伝
統を思わせる気風を感じさせる。部族世界であったなら、どこの部族にいて
も、間違いなく選りぬきの語り部だったはずだ。だいたいがみごとな独白劇
といった趣〈おもむき〉のインタビューの最中、家のどこかから急に聞こえ
てくる泣き声に邪魔される。キャシーが起きてしまって、おびえている。彼
は大急ぎで侘びを言い、へなへなになって、まだ泣きじゃくっている、ピン
クのパンツ、黒い髪の女の子を肩に担いで戻ってくる。彼にかまってもらっ
て、彼女は元気になり、ちゃんと座って、お話をはじめるが、父親に比べて
(少しばかり理解に苦しむが)無口とはとても言えない。すぐに彼女は大き
なプラスチックの家のなかに座り、私たちふたりに「大きな悪い狼」の役を
させる。20分ほどたってから、彼女が出ていくと、彼は私に向きなおり、
(彼の最後の言葉をチェックし終えたばかりの)私がインタビュー再開の合
図を出せるようになる前に、談話の中断箇所を正確に見つけ、続きを語りは
じめる。

【トム・ディスパッチ】まず、あなたが都市のテーマにたどりついた経緯を
語っていただきたい、と願っていました。

【マイク・デイヴィス】私は、一番狭い道をたどって、つまりロサンジェル
スを研究することによって、都市に行き着いたのですが、60年代ニュー・
レフトとしてマルクス主義の研究に多大な時間を投じたことから、ロサン
ジェルスに来たというわけであり、急進的な社会論がおよそなんでも説明で
きると考えていました。しかし、最終試験と言えるのは、ロサンジェルスを
どこまで理解しているのかを問うことであると分かって、ビックリしまし
た。

たぶんこれは言うべきではないですが、私が他の都市について書いたことの
ほとんど全部が、少なくとも部分的には、私のロサンジェルス研究プロジェ
クトの枠を超えて派生したものです。例えば、ロサンジェルスにおける都市
空間の軍事化と公共空間の破壊に向かう傾向を研究しますと、地球規模の現
象としての同様な傾向の探求に誘〈いざな〉われることになりました。ロサ
ンジェルス郊外地に対する関心が嵩じて、全国いたるところの昔ながらの郊
外地の運命を、またさらには周辺都市で急を要する政治問題を考察すること
になりました。だから、この相変わらず狭い道を通して、ロサンジェルスか
ら世界が浮き彫りになったのですが、私の当初の研究では、この街は450
に細分された断片の寄せ集めだったのです。

説明しましょう……1950年代のことですが、郡の福祉事務所が、郊外に
新規入居する戦争復員軍事たちには土地勘がないと心配し、ロサンジェルス
大都市圏に何か所の生活圏がじっさいにあるか把握するために大掛かりな調
査を実施し、350か所の生活圏――町、集落、郊外地――が存在するとい
う結論に達しました。(今では、おそらく500か所になっています) ロ
サンジェルスを相手にする私の戦略の背後には、これらの構成分子のひとつ
ひとつが、完全に地域的で、全面的に風変わりな独自性を語る物語を秘めて
いて、しかももっと大きな全体のなんらかの重要な側面を反映しているとい
う考えがありました。ロサンジェルス周辺のこれらの場所のそれぞれについ
て、物語を語るために、たくさんの生涯を費やすこともできたと文字どおり
に私は信じていますし、そういうわけで、これが私の方法論だったのです。
そうしているうちに、人びとが私を都市論者と呼びはじめたので、私は都市
論者になったにすぎないと思っています。自分は歴史家である、社会学者、
政治経済学者、あるいは都市理論専門家であるとじっさいに思ったことなど
ありません。

【TD】それでは、あなたはご自身の職業名をおもちですか?

【デイヴィス】新左翼の生き残りのだれかさんと同様、権力構造や政治分析
をやっていましたので、私は自分がオルガナイザー[運動組織者]だと考え
ていました。私が書いたり考えたりすることのほとんどは、なんらかの正気
のさたではない形で――まるで、そのころの私でも民主社会学生連盟全国評
議会や世界産業労働組合シカゴ分室に対応できるかのようにして――戦略的
・戦術的見地からの要請であると、その瞬間の私の頭のなかで思えたものに
繋がっていました。

そして、このことの全体が、私が『要塞都市LA』で取り組んだ戦略上の謎
の一環でした。ロサンジェルスは、同市の歴史における決定的な曲がり角に
ありました。グローバル化が市の経済を再編し、劇的な形で組み替え、多く
の人びとを置きざりにしていました。それでもなお、この街は、よりよいも
のや革新的な政治に、あるいはビックリするような行動主義に向かう、信じ
がたい変幻自在な可能性を秘めていました――それに、今もそうですね。当
時、私は新世代の活動家たちの使いものになる本を書きたいと思っていた一
方で、ロサンジェルスのような、空想的自我が都市構造のなかに物質的に具
現している場所を観察する方法を会得しようと努めていました。ロサンジェ
ルスは街じたいのイメージを生きている都市なのです。

【TD】その次に、1992年の暴動が燃えあがったのではありませんか?

【デイヴィス】……そして私は、暴動をグローバル化課程の直接の帰結とし
て理解しようとしました。勝者がいれば、敗者がいます。グローバル化が多
国籍製薬企業の形でロサンジェルス南中心街に最終的に到来したというの
も、事実です。これが、そこらあたりの街区になにがしかの金を落としたグ
ローバル化の唯一の形だったのです。『要塞都市LA』の続編は、ロドニー
・キング暴動[*]の物語になる予定でしたが、これは、複雑なできごとの
全体像をたぶん把握できると思われる――隣り近所で語り継がれる形の――
語りだけで構成される戦略のものになるはずでした。ほとんど偶然ですが、
主だった主役たちの何人かに連絡がありました。例えば、トラック運転手を
半死半生の目にあわせた男の母親に知り合っていました。ワッツ街のギャン
グ休戦の大立者、デワイン・ホームズの家族とも友だちづきあいをしていま
した。
*1991年、黒人青年が白人警官たちに暴行を受けた事件を発端とする暴

私は、こういう物語と地域の来歴とを織りあわせることによって、警察に対
するもっともな怒りの爆発であり、同時にポスト近代のパン寄こせ暴動であ
り、アジア系商店主たちに対する破壊行為でもあった民衆蜂起を説明したい
と願っていました。だが、私の野心は、2つの方面で難局に遭遇しました。
物語を紡ぐ目的があるとはいえ、人びとの生き方を横取りするにしても、あ
るいは人びとの物語を語る権利があると決めこむにしても、許されるだけの
道徳的根拠を見つけることがまったくできませんでした。同時に、この企画
は心情的にあまりにも痛ましいと悟りました。私の友人や知人たちの暮らし
には、多大な困難と苦痛、多大な悲しみと欲求不満が充満していました。彼
らに寄り添って。このような暮らしをともに生きること、これは自分にでき
ることではない――それに、当時は、いくつか複数の仕事に就いていた時期
であり、しかもティーンエイジャーのいる片親家庭の父親になろうとしてい
るのだ――と私は判断しました。私が思いついたことは類まれな本の企画だ
と頭では分かっていましたが、執筆するに足る明白な道義性も心情的なスタ
ミナも見あたりませんでした。

幸い、自然災害が私の執筆企画に加わることになって、暴動の本が単一の
テーマに収まらなくなり、自然存在が(コヨーテやマウンテン・ライオンを
街のチンピラ連中と比べるといったふうに)社会用語で考察され、同時に
(街のチンピラといった)社会問題は自然現象(「野生化し、飼いならされ
ていない若者」)として検討される、南カリフォルニアにおける災害にまつ
わる物心崇拝の研究書――『恐怖のエコロジー』[前出]――として結実し
たのです。『恐怖のエコロジー』は、アングロサクソン系アメリカ人の文明
が、その生活領域である地中海気候世界の現実の代謝作用[自然の営み]を
いつまでたっても理解できないこと――南カリフォルニアの本質そのものを
形成する考え違い――を対象としています。

要するに、私は科学にむかって撤退したのであり、また[都会地の]来歴を
記述する微視的立場から、プレート・テクトニクスやエル・ニーニョを扱う
巨視的立場に移ったのです。科学が私の一番の好みになり、結局、ロサン
ジェルス南部と中心街の知り合いたちの居間に座ってではなく、主としてカ
リフォルニア工科大学の地質学図書館に座って、あの本を執筆する羽目にな
りました。

【TD】15年後の今に跳んで、あなたの最新刊『スラムの惑星』に話題を
移しますと、同書の背景は巨大な都市空間であり、今や、あなたは地球中央
委員会みたいな存在から進軍命令を受けていると想像してもいいのではあり
ませんか? それに、今から、スラム化する惑星というテーマに私たちを案
内していただけますか?

【デイヴィス】まったく驚いたことに、マルクスであれ、ヴェーバー[Max
Weber(1864-1920)=ドイツの社会学者]であれ、あるいは冷戦期の近代化理
論でさえもそうですが、従来の社会学説のどれひとつとして、過去30ない
し40年のあいだに都会に降りかかった事態を予見していなかったのです。
どの学説も、都市に居住しながら、世界経済との公的な繋がりをもたない、
あるいは、この繋がりをもつようになる見込みがない、若年層を主体とする
巨大な階級の出現を予期していませんでした。この非公式労働者階級は、
カール・マルクスのいうルンペンプロレタリアート[革命意識に欠ける浮浪
労働者階級]でもなければ、20年か30年前に空想されていた“希望の貧
民街”住民のような、そのうちに公的経済にまで上昇する人びとに分類され
るのでもありません。都会地の周辺部に投げ捨てられ、たいがい都市の伝統
文化にほとんど触れることもない、この地球規模に広がる非公式労働者階級
は、理論が予想しなかった前代未聞の展開を象徴しています。

【TD】惑星のスラム化に関する数値をいくつか並べあげてみましょう。

【デイヴィス】たかだかここ2、30年のあいだに、ようやく私たちは都市
化現象を明確に世界規模の視点から見ることができるようになりました。か
つては、信頼するに足るデータがありませんでしたが、国連ハビタット[人
間居住会議]が、都市の未来像を議論するうえでの信頼しうる基礎を築くた
めに、新しいデータベース、世帯調査、事例研究を駆使し、壮挙をなしとげ
ました。3年後にハビタットが発表した報告書“The Challenge of Slums”
(2003)[『スラムの挑戦』]は、エンゲルス、メイヒューやチャールス・
ブース、あるいは米国ではジェイコブ・リースによる19世紀の都市の貧困
に関するみごとな調査に比肩しうるほど画期的なものでした。

同報告の控えめな計算によると、現時点で10億の人びとがスラムに居住
し、10億を超える人びとが非公式労働者であり、生き残るためにあえいで
います。彼らは多種多様で、路上の物売りから、日雇い労働者、子守、娼
婦、あるいは(臓器移植のための)身体器官を売る人たちにまでおよんでい
ます。これらは驚くべき数値であり、私たちの子や孫の世代が人類の最終結
末を目撃することになるので、なおさらひどいことになるでしょう。世界人
口は、2050年か60年あたりのある時点で、たぶん100億から105
億人ぐらいで増加のピークに達します。これは過去の終末論的な予測ほど大
きくはありませんが、増加分のなんと95パーセントもが、南側の都市部に
おける人口膨張として現れるのです。

【TD】つまり、スラムにおいて……

【デイヴィス】将来の人口膨張の全部が都市部に集中しますし、その圧倒的
過半数は貧しい都市で、また大半はスラムで発生する分です。

マンチェスター、シカゴ、ベルリン、ペテルスブルグ型の古典的な都市化
は、いまでも中国やその他のいくつかの場所で進展しています。だが、中国
の都市産業革命は他の場所の同様な動きを阻害すると留意しておくことが大
事です。中国は軽工業製品の生産余力のすべてを――そして、ますますあら
ゆる分野のものを――呑みこんでしまいます。けれど、中国およびそのいく
つかの近隣経済圏においては、いまでも産業化を原動力にした都市化が見受
けられます。その外の場所ではどこでも、おおむね産業化することなく、都
市化が進んでいますし、さらにまた衝撃的なことに、多くの場合、いかなる
意味においても、発展がともなっていません。おまけに、南側の歴史的に大
工業都市だった地域――ヨハネスブルク、サンパウロ、ムンバイ[旧称=ボ
ンベイ]、ベロホリゾンテ[ブラジル]、ブエノスアイレス――は、これま
での20年間にわたり、製造業における雇用数が20ないし40パーセント
も落ちこんでいて、どこでも産業の大幅な衰退に苦しんでいます。

今日の巨大スラムは主として1970年代と80年代に形成されました。6
0年以前であれば、設問はこうでした――第三世界の都市の成長がこれほど
遅いのは、なぜか? 実を言えば、当時、急速な都市化を阻む制度的な障害
がありました。植民地帝国は都市への立ち入りを制限していましたし、中
国、その他のスターリン主義諸国では、国内旅券制度が社会権を管理してい
ましたので、国内移住が規制されていました。60年代になると、植民地の
独立にともなって、大きな都市ブームがやってきました。ところが当時、少
なくとも革命的民族主義諸国は、国家が住宅の供給と基盤整備において統合
的な役割を担うことができると唱えていました。70年代には、国家が手を
引きはじめ、80年代の構造調整期にいたると、ラテンアメリカ後退の10
年がはじまり、アフリカではさらにひどいことになりました。そのころか
ら、サハラ砂漠以南の諸都市は、好況期のヴィクトリア朝工業諸都市に勝る
勢いで膨張しつづけ――同時に――公式の仕事を減らしているのです。

教科書的な見地から言って、経済開発なしに、どうやって都市は人口膨張を
維持できたのか? あるいは別の言い方をすれば、こうした矛盾に直面しな
がら、第三世界の都市が爆発しないのは、なぜか? そうですね、ある意味
では、爆発しました。80年代末と90年代初期に、借金帳消し要求暴動、
IMF(国際通貨基金)暴動が世界中で吹き荒れました。

【TD】92年のロサンジェルス暴動もその一環だったのですか?

【デイヴィス】ロサンジェルスは、第一世界の顔とともに、第三世界の特徴
を併せもっていますので、グローバルな社会不安の動向に重なります。当時
のロサンジェルスの施政者たちや指導層の目に見えていませんでしたが、街
頭で露わになっていたものは、南カリフォルニアにおける1938年以来の
最も厳しい不況の影響であり――その最悪の打撃は(当時はさかんに書きた
てられていたにしても)航空宇宙産業がこうむったものではなく、市内の貧
しい人たちや移民たちの居住区が受けたものでした。一握りの中年黒人男性
ホームレスたちが住みついていただけで、人影が薄かった丘の中腹では――
私はその下町に住んでいたのですが――1年以内に、若いラティーノ[ラテ
ン系住民]たちが、100人、150人と野宿するようになりました。6か
月前には、その人たちは日雇い仕事や皿洗いをやっていたのです。

爆発の発端となった事件がロドニー・キングに加えられた暴行であり、グ
ローバルな雇用と言えば、クラック・コカイン[密売]を意味した地域社会
の黒人若年層が不満を積もりに積もらせていたのですが、住民たちが腹を減
らし、ホームレスの境界線上に生きていたラティーノ居住区で略奪が広く横
行したことから、事件はさらに複雑になり、大きく膨れあがりました。

【TD】地球規模で見て、施政者たちや指導層は、都会地で起こっていたで
きごとを、どのように解釈していたのですか?

【デイヴィス】世界銀行や開発経済学者たち、それに大手筋NGOが198
0年代に気づいたことですが、国家が都市貧困層のための計画や住宅供給の
役割をほぼ全面的に放棄したとしても、人びとはなんとか住処を見つけた
り、不法占拠したりして、生きのびていたのであり、このことから都市化現
象論の自発主義派が台頭することになったのです。貧しい人びとに手立てを
与えよ。そうすれば、自分たちの家を建て、自分たちの近隣社会を築くだろ
う、というわけです。これは、ある意味で、完全に筋のとおった一般大衆に
よる街づくりの称揚でした。ところが、世界銀行の手にかかると、意味合い
ががらりと変わることになります。国家の役割は終わった。国家による面倒
見はやめよう。貧しい人びとは間に合わせ仕事で街を築ける。彼らにはいく
ばくかの小額貸し付けが必要なだけ……

【TD】……それも高金利の小額ローンですね。

【デイヴィス】ええ、そのとおり。融資さえすれば、摩訶不思議にも、貧し
い人びとは、自分たちの都市空間を創造し、自分たちの雇用を創出するだろ
う、というわけ。

『スラムの惑星』は、世界の都市部における雇用危機が、私たち共通の未来
に対する脅威として、気候変動と同格であるとする国連報告『都市の挑戦』
[UN-HABITAT: Rising to the Urban Challenge]の検証を意図するもので
す。これは貧民たちの街への机上旅行であることは認めますが、都市の貧困
と非公認居住地に関する膨大な文献を統合する試みなのです。ふたつの基本
的な結論が浮上しました。

第一に、無断占拠するにしても、無料で使える土地がなくなってしまい、あ
る場合には、これはずっと以前からのことです。無料の土地に掘っ立て小屋
を建てる唯一の方策は、あまりにも危険なために、まったく市場価値のない
場所を選ぶことです。より一層の出たとこ勝負、災害に遭うかどうかに賭け
るのが、不法占拠の末路になってしまいました。だから、例えば、南に何マ
イルか下って、国境を越え、ティフアナにあなたをお連れしますと、ほぼ即
座に、かつては無権利居住者たちの集落だった土地が売りに出され、ある場
合には、なんと分譲区分けつきで開発されているのをご覧になることでしょ
う。ティフアナの非常に貧しい人たちは峡谷の縁とか川床とかだけに昔なが
らの流儀で住みついていて、そんな場所では、2年もすれば、家がつぶれる
でしょう。これは第三世界のどこでも言えることです。

無断占拠は民営化されました。ラテンアメリカでは、これは「海賊都市化現
象」と呼ばれています。そこでは、20年前、人びとが空き地を占拠したも
のであり、排除に抵抗し、やがて国家に認知され、今では、彼らは土地の断
片を高値で買いとったり、あるいは、金が工面できない場合、他の貧しい人
から賃借りしたりしています。一部のスラムでは、大半の住民が、不法居住
者ではなく、借家人になっています。(南アフリカ、ヨハネスブルグの)ソ
ウェトに行けば、家いえの裏庭に賃貸用の掘っ立て小屋がひしめいているの
をご覧になることでしょう。長く都市に住んだおかげで、ささやかな地所を
もった、幾百万の貧しい都市居住者たちにとって、生き残りのための基本戦
略は、その土地をこまかく区分し、さらに貧しい人たちに貸すことであり、
時には、その人たちにしても、借地を区分けして、又貸しするのです。だか
ら、基本的な安全弁、無料の都会地という、このおおいにロマン視されてき
たフロンティアは、おおむねお終いになったのです。

もうひとつの重要な結論は、非公式経済――貧しい人びとが、物売りや日雇
い、家事手伝いによって、時には生存のための犯罪さえもこなして、記録に
残らない経済活動を営み、その日暮しをやりくりする能力――にかかわって
います。非公式経済行為は、どこから見ても、無断占拠よりもロマン視され
ますので、人びとを奮いたたせ、貧困から抜け出させるとして、ミニ起業家
精神の力がさかんにもてはやされました。ところが、世界中の事例研究に見
る実相は、人力車があまりにも多すぎ、路上の物売りが多すぎ、掘っ立て小
屋を酒商いの店にするアフリカ女性が多すぎ、仕事現場に行列する人が多す
ぎ、ますます大勢の人びとが限られた数の生存ニッチ[隙間=生態学用語]
にねじこまれていることを示しています。

【TD】ある意味で、あなたは、かつての第三世界が第300番世界に転換
させられているとおっしゃっているのではありませんか?

【デイヴィス】私が言っているのは、ずっと前に国家が投資を引き揚げた都
会地に貧困層を収容する二つの本質的なメカニズムが、貧しい都会地におい
て2世代にわたって継続する人口の急激な膨張が予測されるちょうどその時
に、限界点に達してしまったということです。不吉ながら自明である設問は
こうです――あの境目の向こうに、なにがあるのだろう?

【TD】『スラムの惑星』から引用してみましょう――「万里の長城そのも
のであるハイテク国境管理が富裕諸国への大量移住を阻止しているので、た
だスラムのみが、今世紀の余剰人類を人間倉庫に放りこんでおく問題に対す
る万国共通の解答として残る」

【デイヴィス】現代のスラム問題の先例になりうる19世紀ヨーロッパの貧
しい大都市をふたつあげれば、ダブリンとナポリですが、だれもこれらの都
市を未来図だとは見ていませんでした。ダブリンとナポリ以外に同じような
都市がなかった理由は、なんと言っても、大西洋越えの移民が安全弁になっ
たからです。今日、事実上、南側の大部分は移民を阻まれています。例え
ば、オーストラリアと西欧諸国が築きあげた――高度技能労働力の限定的な
流入を除いて――基本的に全面的排斥を意図したような種類の国境は、前代
未聞のものです。アメリカのメキシコ国境は、歴史的に別種のものです。そ
れは完全に閉じられているのではなく、労働力の供給を調整するダムの働き
をしています。だが一般的に言って、今日の貧困諸国の人びとには、あの当
時、貧しいヨーロッパ住民がもっていた選択肢はありません。

さまざまな有無を言わせない力が田舎から人びとを放逐し、グローバル化し
た経済によって余剰になった人口は、田舎でもなく、ほんものの都市でもな
い、都市理論家たちが理解に苦しむ都市周辺部スラムに詰めこまれます。

米国では、これを準郊外と呼ぶのでしょうが、わが国の準郊外はまったく別
物の現象です。アメリカの都会を観察して、一番ビックリさせられるのは
――かつて田園地帯だったが、今では、サイズがどんどんでかくなり、しか
も前に停めてあるSUV[汎用スポーツ車]の数が増えているマクマンショ
ンが立ち並び、住民たちは周辺の都市に通勤する――準郊外住宅地です。そ
の人たちは、安普請の家を備え、消費文明の小箱が立ち並び、見てくれは環
境的に効率のよい伝統的な50年代レビットタウン風の郊外地を造っている
のです。言い換えれば、中流階級の人びとがどんどん外へ向かうと、環境に
刻印する彼らの足跡は靴のサイズで言って二つか三つ跳ねあがるのです。

これと対極にあるのが、丘の崩れそうな斜面や有毒物投棄場の隣接地といっ
た危険きわまりない場所に押しこめられたり、氾濫〈はんらん〉原で暮らし
たりして、年毎に膨れあがる自然災害による犠牲――変転する自然の尺度と
いうより、貧しい人たちが逃れられない絶望的な賭けの結果――を払わなけ
ればならない極貧の人びとです。第三世界の大都会では、はるか遠くの郊外
地に開発されたゲート付き住宅地に飛行機で通うような一部の金持ちも確か
に見かけたりしますが、主として目につくのは、世界のスラム住民の3分の
2がひしめいている都市荒廃地です。

【TD】あなたはこれを「実存のグラウンド・ゼロ」と呼びましたね。

【デイヴィッド】これは都会らしさの欠けた都市化なので、そう名づけま
す。この例が、何年か前、カサブランカ[モロッコ]を襲った過激イスラム
集団――都市で育ったにしても、どんな意味でも都市に帰属していない15
人から20人ほどの貧しい若者たち――です。彼らは、原理主義イスラム教
徒を支えても、虚無主義イスラム教徒を支えるわけではない旧来からの労働
者階級や貧困近隣社会とは別物の先端部で生まれたり、地方から追いだされ
たりしましたが、都市に組みこまれなかった者たちなのです。彼らのスラム
世界では、社会や秩序らしきものは、唯一、モスク、またはイスラム至上主
義団体が与えてくれます。

一説によれば、この若者たちが都市を襲撃した時点で、彼らの一部はそれま
で中心街へ行ったことがなく、このことが、私にとって、世界全域で進行し
ている事態のメタファー[暗喩]になりました。ひとつの世代が都会のゴミ
捨て場に放置され、これが、最も貧しかったり、最も未開だったりする都市
だけの話ではないのです

インドの先端技術ショーケース、ハイデラバードを例にあげますと、これは
6万人のソフトウェアー研究員や技術者を抱える街であり、住民たちはサン
タクララ渓谷風の郊外地に見るようなカリフォルニア流ライフスタイルをコ
ピーし、スターバックスに行くこともできます。ところが、ハイデラバード
は、果てしない外界のスラム、数百万の人間たちに取り巻かれています。ソ
フトウェアー技師よりも屑拾いのほうが大勢います。ハイテク経済の廃棄物
の選別を任された彼ら都市住民の一部は、もっと中心街寄りのスラムが、新
中間階級の研究開発工業団地の用地確保のために取り壊され、追い出された
のです。

(本稿、二部構成のマイク・デイヴィス会見録の内容の多くは、目を見張る
ような彼の新刊書“Planet of Slums”《*》によっている。同書をお見逃
しなく。パート2は近日配信)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1844670228

[原文]
Tomdispatch Interview: Mike Davis, Turning a Planet into a Slum
posted May 9, 2006
http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?emx=x&pid=82655
Copyright 2006 Tomdispatch

[トム・ディスパッチ・インタビューTUP版バックナンバー]
549号 ハワード・ジン「帝国の拡大限界」
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/595
556号 ジェームズ・キャロル「蚊とハンマー」
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/602
558号 シンディ・シーハン「ブッシュ大統領の自滅」
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/604
563号 ホアン・コール(1)「ブッシュの戦争」
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/609
566号 ホアン・コール(2)「米軍のイラク撤退」
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/612
598号 マーク・ダナー「ブッシュの戦争の虚実」
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/647
599号 チャルマーズ・ジョンソン(1)「アメリカ軍事帝国」
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/648
601号 チャルマーズ・ジョンソン(2)「アメリカ共和政体の黄昏」
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/650

[翻訳]井上利男 /TUP