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速報645号 ウォーラーステイン 時事評論192回 追い詰められた虎 061104

投稿日 2006年11月5日

FROM: hagitani ryo
DATE: 2006年11月5日(日) 午前10時38分

11月中間選挙で共和党が敗れれば、アメリカに内乱が始まる!
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合衆国のヘゲモニーが衰え、経済の基調が崩れようとしたとき、米タカ
派はチェイニー副大統領とともにホワイトハウスへ入城を果たした。ア
メリカが衰退へと向かう流れを逆転させようとして、ブッシュ政権は世
界帝国への道を選択する。以来、あらゆる手を尽くし、最悪の事態へと
突き進んでいった。

手追いの獣となった超大国アメリカを誰もが恐れている。では、そのア
メリカ政権が恐れるものは何か。イランではない。まして北朝鮮でもな
い。政権が最も恐れる敵はアメリカ市民である。タカ派の暴走を阻止す
るために、市民は抵抗を始めた。

来る中間選挙では、もし大がかりな不正行為がなければ、共和党は上院・
下院とも過半数を失う見込みが高い。ブッシュ政権は急激に権勢を失い、
タカ派は窮地に追い込まれるだろう。そのとき、チェイニーとネオコン
たちは破れかぶれの反撃に出る。

イランを攻撃すれば、その混乱と災害から逃れられる者などいない。国
民から自由と権利を奪い続けるなら、その痛みと怒りは世界の市民が共
有する。アメリカで起こることは、まるで鏡写しのように、日本でも起
こる。やがて日本の市民が立ち上がときが来るだろう。いまはまだ、言
葉やさしい首相が住む「美しい国」の中で、うたた寝をしている。

翻訳・解説 安濃一樹
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追い詰められた虎──アメリカに迫る危機

イマニュエル・ウォーラーステイン(歴史社会学)
時事評論 第192回 06年9月1日

──世界システム【*】における合衆国のヘゲモニーは必ず衰える。衰
退はすでに始まり、もう止めることはできない──

この主張が私たち研究者の中から出たのは、もう何年も前のことになる。
当時はこの見解を否定する人がほとんどだった。合衆国の圧倒的な軍事
力と経済力を忘れているのではないかと言われた。自分の学説に都合が
いいように立てた推論など害になるだけだと批判する人もいた。

【*】ひとつの空間的な実体として捉えられた資本主義世界経済のこと。
ここで諸国は経済的・政治的・軍事的な抗争を展開する。ウォーラース
テインの世界システム論が言うジオポリティクスとは、この抗争のダイ
ナミズムを指している。

やがて、ブッシュ政権でネオコンが権力を握り、マッチョな軍国主義を
振りかざす政策を始めた。敵をおびえさせ味方をおどして、合衆国の揺
るぎないヘゲモニーを復興することが目的だ(と彼らは考えた)。ネオ
コンは機会を手にした。戦争もした。そして目を見張るほどの大失敗を
演じてくれた。敵と見なした諸国は怯えていないし、かつての同盟国に
も脅しが効かない。合衆国が世界システムに占める地位は、2000年
からさらに低下していった。すべての原因は、ブッシュ政権がネオコン
の無謀な施策を採用したことにある。今日では、実に数多くの人びとが
合衆国の衰退を公言するようになった。

では、これから何が起きるのか。合衆国と世界のふたつに分けて考えて
みよう。合衆国を除くすべての世界では、思想や形態の異なるあらゆる
政府が、次第に合衆国の主張や要求に耳を傾けなくなっている。マデレ
イン・オルブライトが国務長官を務めていたとき、合衆国は「無くては
ならない国家」だと語った。その時は本当のことだったかもしれないが、
もう明らかに違う。いまアメリカは追い詰められた虎となった。

毛沢東が言ったような「張り子の虎」にはまだなっていない。しかし、
身を守ろうとうずくまっている姿が誰の目にも明らかになりつつある。
追い詰められた虎に諸国はどう対応するか。できる限り慎重に、と言う
べきだろう。合衆国はもう何も思い通りにできないとしても、いざ襲い
かかろうと決意すれば、甚大な被害を与えることができる。

イランは自信に満ちた様子で合衆国に抵抗するかもしれないが、侮辱し
ようとはしない。中国は意気盛んで、これから何十年も国力を高め続け
ることができると確信しているようだ。しかし合衆国に対するときは、
はれものに触るように気を配る。ウーゴ・チャベス[ベネズエラ大統領]
が虎の鼻をつねって見せることはあっても、老練なフィデル・カストロ
[キューバ国家評議会議長]は挑発するような言動は控える。イタリア
の新首相ロマノ・プロディは、コンドリーザ・ライスと握手しながら、
もう一方の手で合衆国から独立した外交政策を展開する。その目的は、
ヨーロッパが世界で果たす役割を高めることにある。

なぜそこまで慎重になるのか。その理由を知るためには、いま合衆国で
起こっていることを見なければならない。事実上の大統領であるディッ
ク・チェイニーはマッチョな軍国主義者たちの指揮官で、部下の要望を
よく心得ている。合衆国は「現行の方針を維持する」だけでなく、暴力
をさらに拡大するべきだと考える。さもなければ、敗北を認めることに
なる。チェイニーにそんな度量はない。

だがチェイニーは国内で深刻な政治問題を抱えている。彼も彼の政策も、
潮が引くように、確実に支持を失ってゆく。テロリストを糾弾して恐怖
を煽っても、政敵を売国奴となじっても、以前のような効き目はない。
先日、民主党のコネティカット州知事候補を選出する上院予備選で、戦
争を批判するネッド・ラモント[新人]が戦争を支持するジョー・リー
バーマン[現職3期]を破った。この出来事は、党派を超えて合衆国の
政界を揺るがした。数日のうちに、数多くの政治家たちが、足並みをそ
ろえるようにして、イラクから米軍を撤退させる方針へと傾いていった。

11月の中間選挙で、民主党が上院・下院とも過半数の議席を勝ち取る
見込みは十分にある。もしそうなるなら、民主党の首脳部がいくら二の
足を踏んでいても、撤退を求める声がいっきに高まるだろう。地方の議
会選挙で、反戦派の有力候補が次々と当選を果たせば、この流れは止め
られなくなる。

そのときチェイニー陣営はどう出るか。2008年に民主党の大統領が
誕生するまで、おとなしくしているとは思えない。もう時間がないと気
づいたチェイニーたちは、残された2年間で危険な状況を作り出し、も
う絶対に引き返すことができないような危機の中に合衆国を引きずり込
むだろう。民主党が制する議会では、重要な法案を思うように通すこと
ができなくなるから、大統領の権限を(いまよりもっと)行使しようと
努めるだろう。よく言うことを聞くジョージ・ブッシュを看板役として、
武力で世界中に大惨事を巻き起こす。内政では市民の自由を極端に狭め
る。

チェイニー陣営は、さなざまな方面から抵抗を受けることになる。その
抵抗の中心となるのは、間違いなく(空軍を除く)アメリカ軍の指導部
である。司令官たちは、現行の危険な冒険が合衆国の軍事能力を遙かに
超えるものだと考えている。やがてラムズフェルドやチェイニーが新聞
の第一面から姿を消してしまえば、自分たちが批判の矢面に立たせられ
ると恐れもする。また、大企業からも抵抗があるだろう。いまの政策は
アメリカ経済に不利益をもたらすという意見があるからだ。

そして、合衆国の左派や中道左派からの抵抗も忘れてはならない。この
勢力は、政策の進展に怒りと不安を感じ、以前の活気を取り戻している。
左派だけでなく中道左派も、ゆっくりとだが確実に急進化していくよう
だ。

このような抵抗に直面すれば、軍事政策を支持する右派は必ず強硬な反
撃に打って出る。ラモントが予備選に勝利すると、[保守派の]米ウォ
ールストリート・ジャーナル紙に、ある読者の投書が掲載された。その
人物によると、「私たちは転機を迎えている。ここで左派が過半数を制
するのを許すなら、この国は終わる」と言う。また、共和党の首脳たち
を「無能」だと批判している。この右派は、数多くの右派とともに、よ
り過激な指導者を求めるだろう。

だれもがイランの内戦を気にかける。だが合衆国で内戦が起こるとした
ら・・・。もう目の前に危機が迫っている!

Immanuel Wallerstein, Commentary No. 192, “The Tiger at Bay:
Scary Times Ahead,” (Sept. 1, 2006).
http://fbc.binghamton.edu/192en.htm

イマニュエル・ウォーラーステイン
1930年生まれ。「近代世界システム論」の提唱者。ニューヨーク州
立大学ビンガムトン校付属フェルナン・ブローデル・センターの所長を
務めている。日本語に訳され時事評論が同センターのサイトに掲載され
ている。http://www.binghamton.edu/fbc/jpcmhp.html

著作権(2006年)
原文に関するすべての権利はイマニュエル・ウォーラーステインが留保
する。

翻訳と配信については、エージェントを通して、本人の許可を得た。

( )は原文の挿入語句。
[ ]は訳文の補助語句。
【 】は訳者による注釈。