TUP BULLETIN

速報722号 ダール・ジャマイル「Eメールが伝えるイラクの地獄絵」

投稿日 2007年7月26日

FROM: Kana Koto
DATE: 2007年7月27日(金) 午前5時01分

☆「暴力のさなか、私たちは自分が何者なのかを忘れる」★
戦火のなかのイラクの惨状は、連日のように新聞やテレビの報道で伝えられ
ていますが、その光景は、ここ日本では、大雨や大地震、年金問題や参議院
選挙、日常生活の風景からはるかに遠い背景に追いやられているでしょう。
それはイラク戦争の本国・アメリカでも同じこと。ネット検索で見つけた次
のようなアメリカ人読者のコメント《*》を紹介します。井上
「この記事は、戦争がどんどん進行するいま、イラクの人びととわが国兵士
たちが目撃している、おぞましく、精神病理的な光景について書いている。
主流メディアがほどこす粉飾は、『戦争がつづくにしても、それほど悪くな
い……』と信じこませる。だが、戦争がつづくとき、これは忘れようもない
恐ろしい悪夢なのだ。私はブッシュと彼のネオコン仲間たちにこの記事を読
んでほしいと願うが、わかっている――絶対に彼らは読まない! この戦争
のような途方もない失敗を犯してしまうと、自分をあざむいたほうがまし
だ。彼ら、この地獄を創出した下手人たちは、自分たちの正気を保つため
に、自分自身をあざむき、だまし、ごまかすなど、あらゆる手を使っている
と私は確信する(もはや私たちはだまされないからね)。残念、イラク現地
にいるわが国兵士たちとそこで生まれた人たちに、その手は通用しない」
http://clipmarks.com/clipmark/CF8B8C14-C7EC-4264-8863-9FAF77F00C85/

凡例: (原注)〔引用者注〕[訳注]〈ルビ〉《リンク》

トムグラム:
ダール・ジャマイル、ディズニーランドで心を引き裂かれるイラク報道記者
抗主流メディア常設サイト トムディスパッチ・コム
2007年7月12日

[トム・エンゲルハートによるまえがき]

あなたがいつも“ハジ[*]の食い物”や“ハジの音楽”や“ハジの家”と
口にしているとすれば、どうだろう? 突っ走るあなたの車両集団が民間人
を轢いても、毎度のことなので、報道を考える人もいないとすれば、どうだ
ろう? 「ジュネーブ条約はイラクにまったく存在しないし、調べたいな
ら、文書で確認できる」と、あなたの小隊がまともに告げられていたとすれ
ば、あるいは、あなたが非戦闘員を撃った場合、死体のそばに“廃棄兵器”
をこっそり置き、生き残りの民間人を拘束し、全員“叛乱分子”であると言
いがかりをつけることが完全に正常であるとすれば、どうだろう? あなた
の戦友が野戦携行食パックからスプーンを取り出し、死んだイラク人の脳み
そをすくうふりをする自分の写真を撮ってくれとあなたに頼むとすれば、ど
うだろう? 「死んだイラク人は、しょせんもうひとり死んだイラク人……
ほら、それがどうした?」というのが、あなたの戦友たちの一般的な態度で
あるとすれば、どうだろう?
[haji=メッカ巡礼者。米兵たちがイスラム教徒であるイラク人をさげすん
で言う]

このような例――そしてもっと多くの同じような例――を、ネーション誌新
刊号のすぐれた特報記事で知ることができる。クリス・ヘッジとライラ・ア
ル=アリアンは、何か月にもわたる調査の一環として、イラクに駐留してい
た米軍戦闘部隊退役者50人に面接取材した。ふたりは、「4年になる占領
が平均的なイラク民間人(それにもちろん彼ら米軍兵士たち)に与えた影
響」の調査に集中した。その記事「向こう側の戦争――イラク戦争復員軍人
は証言する」《*》は――戦争の不可避な産物、彼ら兵士たちが故郷に持ち
帰る堕落に焦点を合わせながら――米軍兵士たちがみずから戦闘しながら会
得した戦争はどんな類のものか、報道ヘッドラインに見る爆撃や虐殺の裏側
の光景をアメリカ国民に伝える。
http://www.thenation.com/doc/20070730/hedges

その記事は、独立記者、ダール・ジャマイルが今日のトムディスパッチに寄
稿した一編と完璧な好一対をなすものであり、ジャマイルの記事は、だれも
が、そのような「黙示録的な暴力」と絶望に曝されたジャーナリストさえも
が、故国に持ち帰りかねないものの感触を伝えている。さらに重要なことと
して、読者のみなさんは、ジャマイルがイラクから最近受信した一連の心痛
むEメールを通して、米軍退役者がヘッジとアル=アリアンに描いてみせ
た、暗く恐ろしい戦争がどんなものか、蛮行を拡大する一方の戦争が、イラ
ク人――あの突っ走る戦闘車両集団に轢かれる危険を恐れながら立っている
人たち、あるいは蹴破られたドアやら、人種差別主義やら、馴染みのない敵
対的な土地で孤立した兵士たちの単なる怒りとフラストレーションやらの向
こう側にいる人びと――の眼にどのように見えているのか、その感触を少し
ばかり得ることになる。

ジャマイルは見たが、たいがいのアメリカ人、兵士たちやジャーナリストた
ちは見なかったイラクに関する彼の新刊書――『グリーンゾーンを越えて
――占領下イラクに駐在する独立ジャーナリストからの速報』[仮題]ヘイ
マーケット・ブックス刊《*》――が、10月に出版される。彼は、ヘッジ
とアル=アリアンと同じく、夜のニュースではほとんど聞くことのない進行
中の戦争の感触を伝えてくれる。トム
http: //www.amazon.co.jp/s/ref=pd_rhf_s_1/249-5990628-1881114?ie=UTF8&search -alias=blended&keywords=beyond%20the%20green%20zone%3A%20dispatches%20

わが心のイラク
語るべき幾千もの悲話……そして聴く人はひとりもいない
――ダール・ジャマイル

「暴力のさなか、私たちは自分が何者なのかを忘れる」
――メアリー・マッカーシー、小説家・評論家

1.統計値で語れば

占領下のイラクでかなり長い時間を過ごしたあと、いま私は米国で暮らしな
がら、統合失調症的な体験にぜんぜん事欠かないと気づく。イラクでの暮ら
しは心傷つくものだった。かの地に居て、この国では想像を絶する黙示録レ
ベルの暴力と苦しみに影響されないのは不可能だった。

だが、奇妙なことがある。長時間の快適な飛行のあと、ディズニーランドに
居て、あるいは米国に帰還して、そう感じる。時には、ほんの少し前にポッ
と出現したばかりのバブルのなかに居るようだ。この国での日常生活のエッ
センスであり――かつて私の暮らしをもやはり決定づけていた――極めつけ
の消費主義とあくなき肉体的安楽の追求とに自分があっけにとられていると
私は不断に気づいている。

当地では、たいがいのアメリカ国民にとって、政府がイラクでやっている所
業を無視するという選択が可能だ。このウェブサイトから別のサイトに移る
という選択と同じぐらい簡単。

イラク占領が長引けば長引くほど、私は、私たちの二つの世界を分かつ不均
衡、極端な乖離〈かいり〉をますます意識するようになる。

私は2004年1月にバグダッド南方の村や街を歴訪して、その地における
ベクテル社の水道復旧契約業務の遂行実績を調査した。ナジャフ郊外のある
村落では、女や子どもたちが泥穴の底から水を汲んでいるのを信じられない
思いで見つめた。電力が来ている昼間2時間は、穴底の破れパイプが“水”
を吐出すと聞かされた。飲用水を地元の工場でもらうために手近のハイウェ
イを渡ろうとして、村の子どもたち8人が死んだと知らされた。

その後、イラクではものごとが急激に悪化している。世界保健機関は、イラ
ク人の70パーセントが浄水を得られず、80パーセントが「効果的な公衆
衛生に欠けている」と公表した。

米国で、私は机を離れ、キチンに行って、蛇口をひねり、きれいで冷たい水
がコップに満ちるのを見つめる。それを飲み、水伝染の病気がひそんでいな
いかとか、腎臓結石、下痢、コレラ、むかつきの原因にならないかとか、一
度たりとも考えない。だが、ナジャフ近郊のあの文字どおりの水溜りではど
うだったか――たぶん、いまだにあのままだろう――といった思いは、抑え
るすべがない。

食品棚、次いで冷蔵庫を開け、ランチを調理する。私には家族全員の数日分
の食料がたっぷりとあって、そこで、イラクで児童の慢性栄養失調率が21
パーセントであり、ユニセフによれば、イラクの5歳以下の子どもたちの1
0人に1人ほどは体重不足であることを思い出す。

私は残高のある銀行口座を持っている。いま、イラク人の54パーセントは
1日あたり1ドル以下で暮らしている。

私は、好きなところ――スーパーや近場のダウンタウン――に自転車に乗っ
て安全に行ける。多くのイラク人は、危害の恐れなしにはどこにも行けな
い。破綻国家指標2007年版[*]によれば、いま、イラクは世界第二の
不安定国家になっている。
[米国の民間団体、平和財団が作成した、世界177か国の国家安定度ラン
キング]

こうしたことが、いまでは私の二つの世界、同時に生起する私の二つの現実
になっている。これらは、私の頭のなかの同一空間にどうしようもなく不快
な形で巣食っている。時に私は、この私たちのものであるバブル世界にどっ
ぷりと浸かりそうになるが、またもやEメールが――イラク国内の友人たち
や連絡先から直接に、あるいはイラク滞在経験のある友人たちから転送され
て――届き、たちまちのうちに私は、自分が不治の統合失調を患うジャーナ
リストであり、イラクとアメリカの両側である種の借り物の時間を生きてい
ることを思いしらされる。

2.Eメールを開けば

私の受信トレイにいきなり届く、いわば苦悩に満ちた書信のかなり典型的な
例を挙げよう。(以下に掲げる例は、妙な句読点は別にして、届いたままに
してある。いずれも、書かれたときのストレスの強い状況を反映している)
 次の書信は、私の友人、ゲリ・ヘインズに宛てて、彼女のイラクにいる友
人から送られてきたもの――

「親愛なるゲリ

バグダッド、その他の都市の住民に降りかかっていること、なされているこ
との現実の恐怖を説明するにも、言葉がない。国を離れる資金のない貧しい
人びと、体の不自由な老男女、父親が“民主監獄”で拷問されているときに
見捨てるわけにはいかない、幾千、幾万の囚人の妻子、学業を終えるために
期末試験を強いる境遇をかこつ最終学年生ら、青年たちが出かけたきり帰ら
ず、行方不明になって、だれかがドアをノックし、『帰ったよ』と言うのを
辛抱強く待っている両親。語るべき悲話は幾千とも限りなくあるが、聴く人
はひとりもいない。

「バグダッドのアル=アダーミヤ界隈に住む私の従姉妹に安否確認の電話を
してみた。彼女は60歳代、その夫は70歳ぐらいだ。彼女はワッと泣き、
この苦しみを終りまで味あわなくてすむように、自分たちの命を早く召して
くれるようにと神に祈って、と私に訴えた。電気が来ていないので、真夜中
すぎに疲れきらないかぎり、摂氏40度の暑さでは眠れたものではないと彼
女は言った。彼女の夫はドアを開け放しておく。抜き打ち捜索のさい、最初
のノックに反応がなければ、ドアが米軍やイラク軍に爆破されると恐れるか
らだ。ほんの2、3日前、同じ地区で性悪な軍用犬どもが生後10か月の赤
ん坊を襲い、バラバラにして食ってしまったものだから、ドアを開けておく
のは、新手の恐ろしい話になってしまった。軍は民間人に犬をけしかける。
犬どもは民間人に咬みつき、真夜中に険悪な赤い眼で子どもたちを怖がらせ
る。だから、わかるだろう、親愛なるゲリ、拷問犬を抱えたアブ=グレイブ
は一箇所だけではない。バグダッド全域とイラクの他の都市には何千ものア
ブ=グレイブが存在する。

「私は言葉もなかった。彼女を慰める言葉は一言も言えなかった。私は無事
に生きていることを恥ずかしく思った。たとえ私の命を代償にしても、いと
こたちと一緒に居て、支えるべきだと考えた。私は、バグダッドを離れるよ
うにと彼女に懇願した。身重の娘と孫たちがいるので、それはできないと彼
女は応えた。父親のいない家のなか、女子どもたちが揃って彼らと一緒にい
るのだ。私は、来る日も来る日も、同類の話やもっと悪い話を聞いている。
私たちはいつもこう自問している――この虐待、殺戮〈さつりく〉、野蛮行
為の全部に値する、どんなことを私たちはアメリカ人にやったのだろう?
貧しく絶望している一般人に対して軍がこんなことをできるのは、どうして
だろう? なぜだろう?

「私のいとことそのかわいそうな家族がこんな目に遭わなければならないの
はどうしてなのか、だれか彼女に答えられるだろうか?? ゲリ、君に答え
られるだろうか? と言うのも、とても私には答えられない」

ここ何週間か、私は、友人のひとりであるバグダッドのジャーナリストと交
信しようと試みてきた。当人の身の安全を考えて、ここではアジズと呼ぶこ
とにする。いつもなら即座に応答があるのだが、受信がなかったので、心配
しはじめ、二度目のEメールを送ると、ついに次のような返信があった。

「親愛なる旧友、ダール

返信が遅くなって、非常に申しわけない。それも、バグダッドのぼくの地域
が6日間にわたり閉鎖されていたためであり、それにぼくが従兄弟を失った
ためでもある。彼は武装集団に殺害された。連中は彼を拷問し、その体を切
断した。後ほど、彼の写真を君に送ってみるつもりだ。

「友よ、ぼくを忘れないでおくれ。このごろ、とても疲れ、いま、この混乱
とともに生きているのだから。

心からの敬愛を込めて

アジズ」

私の悲しみを告げ、彼の苦しみを癒すために私になにかできることはないだ
ろうかと彼にたずねた。あの包囲攻撃下の国のジャーナリストとして、彼は
常に消耗し、働きすぎである。私はためらいながらも、たぶん君はしばらく
休暇をとるべきだと忠告した。彼は即座に次のように返信してきた――

「ダール、わが親愛なる友

君の哀悼メッセージ、まことにありがたいと思う。ぼくは君の言葉にすこぶ
る感動し、この苦しいときに友人たち全員がぼくの周りにいる気分である。
この混乱とともに生きて、君の忠告どおり、仕事に復帰する前に、ぼくには
確かにしばらく休暇が必要だ。し・か・し、ほんとうにぼくは仕事を続けな
ければならない。いまこのイラクに、特にぼくの地域に、ほんの少ししか
ジャーナリストがいないからだ。毎日、ぼくはもっともっと報道しなければ
ならない。

「ともかく友よ、ぼくに関しては、すべて大丈夫。ぼくたちがこの世で平和
に向けてなんらかの変化を起こすことができればと願っている。

友なる君に敬愛を込めて、アジズ」

私は、“H”とも交信してきたが、その彼は一触即発のディヤラ州に住み、
私のはじめてのイラク旅行以来の親友だった。彼の妻のおいしい家庭料理を
たずさえて、バグダッドの私に会いにきては、私がイの一番にご馳走を食べ
るべきだといつも言い張っていた。

信仰の篤い人物である彼が強い抱擁〈ハグ〉とともに欠かさない挨拶の言葉
は、いつも「君は私の兄弟」だった。

彼はイスラムとキリスト教には大きな違いがあるという考え方が気掛かり
だった。「イスラムとキリスト教はそれほど違っていない。じっさい、相違
点よりも類似点のほうが多い」と彼は言っていた。しばしば彼は、自分の街
の米軍兵士たちを相手にこのことを論じていた。

それでも、彼は帝国主義の崇拝者ではなかった。去年の夏、シリアで、彼と
私はパルミラに広がるローマの遺跡を訪れた。ある夕べ、私たちが連れ立っ
て、落日のなかに崩れゆく円柱と陽光に晒された壁の織りなす壮大な光景を
見渡していたとき、彼は私のほうを向き、こう言った――「ダールさん、私
の言いたいことに、どうか気を悪くなさらないでほしいのですが、こうした
遺跡を見て、帝国は、たいがいの人にとって決してよくないので、常に倒れ
るものだと思い出して、私は楽しくなります」

何週間か、彼に繰り返しEメールを送っても音沙汰なかったあと、共通の友
人“M”にEメールを送ると、次のような返信があった――

「ハビビ〔わが親愛なる友〕

あなた宛に書いて以来、ずいぶんご無沙汰している。申し訳ない。私はたい
へん忙しかった。非常に悪い知らせがある。〔Hは〕25日前にディヤラで
アル=カイダ構成員たちに誘拐され、現時点で彼についての情報はない。恐
ろしい状況だ。この国では、安全を感じることができない」

もっと多くの情報が欲しいと催促すると、彼は次のように詳しく書いてきた
――

「〔Hは〕家に到着する寸前に誘拐された。彼は、毎日そうしているのだ
が、ご両親に会うためにバクバ[ディヤラの州都]に来ていた。彼と一緒
だった長女が、ご両親の家に通じる街路のはじめから、数人の男たちの乗っ
た車が後を付けていると彼に告げた。そこで彼がガレージに入るために停車
すると、車から覆面の男たちが出てきて、聞きたいことがあるから一緒に来
てくれと彼に言った。ディヤラの人たちには、こういうできごとは殺害か数
日間の拘束を意味するとハッキリわかっている。どうして私にアル=カイダ
だとわかるのか、あなたは問うかもしれない。それは、彼らのように市街全
域を支配下に置いている集団は、米軍を含めて他にいないからだ。

「私たちは当市の住民であり、実態を知っている。彼らは街を圧倒的に支配
し、政府よりも強大でありさえする。だからこれに、アル=カイダである
か、別の集団であるかなどという疑いの余地はない。どのようにして人びと
はこういう非常に悪質な人たちに近づかないでいるか、あなたは問うかもし
れない。人びとは中央市場のような場所には決して出かけない。この理由か
ら、すべての、ほんとうにすべての店は閉まっている。ディヤラを去った人
びとがいるし、殺された人びともいるが、たいがいの人は家に閉じこもって
いる。

「だれかが市場に行きたいとすると、それは暴挙である。末路は死体公示所
かもしれない。アル=カイダは、連合〔米〕軍や政府(警察やイラク治安部
隊)の障害になるレジスタンスと呼ばれた集団のすべてを相手に戦った。こ
のごろ、アル=カイダと、当地では街路の公正なレジスタンスとして知られ
るカタイブのような、他の〔イラク人レジスタンス〕集団とのあいだに戦闘
がある。ところで、私は忘れていたが、アル=カイダがだれかを誘拐する
と、彼らは車も自分たちで使うために取り上げる。だから、彼らは、彼とと
もに車も持ち去った。彼が解放される場合、彼には車がないことになる。
もっと後で、お教えしたい」

ただちに私は、無数のイラク人があまりにもお馴染みになった死に物狂いの
作業――行方不明になった友人の所在を知るための手掛かりをワラにもすが
る思いで探す、イラクの日常的な暴力に関する恐ろしい報道記事の検索――
に突入した。

3.むごたらしく語れば

ディヤラ州における日常的な暴力に関するマクラッチー・ニュース7月5日
付の概要記事に、次のように書いてある――

「バクバ総合病院・死体公示所の関係者は、今朝、バクバ・アル=ジャディ
ダ地区の鉄橋近くに捨てられた民間人の頭部が、今日、同所に届いたと話し
た。

「バクバ市北東部、アル=ミクダディヤ町の医療関係者は、ミクダディヤの
病院に民間人の2遺体が搬送されたと話した。同関係者の話によれば、一番
目の遺体は、バクバ市中心部、アル=ムアリメーン地区の自宅近くでIED
[即製爆破装置]の爆発により殺された男性、二番目の遺体は、バクバ市中
心部、アル=バロー地区の自宅近くで銃撃により殺された男性」

同日のバグダッドの情報は、次のとおりである――

「今日、バグダッドで身元不明の24遺体が見つかった。バグダッド西部方
面カルクで見つかったのは、カッコ内の地区の計16遺体(アミル7、ドウ
ラ3、ガザリア2、ジハド1、カドラー1、マモウディヤ1)。バグダッド
東部方面ラサファで見つかったのは、カッコ内の地区の計8遺体(サドル・
シティ6、フセイニア1、スレイク1)」

このような名前の出ない記事を読んで、とりわけ、たいがいのイラク人死者
はこういう記事にはとても取り上げられるものではないとわかっている場
合、何を見つけたいと期待できるのだろう? これが、占領全般にわたって
通底してきたありさまなのだ。

7月8日、Mが次のようなEメールを送ってきた――

「ハビビ

現時点までに、私の隣人のひとりが死体公示所で〔Hの〕写真を見たと私は
聞いているが、まだ確認していない。以前から、死体が街路に放置され、警
察に発見されると、死体公示所に運びこまれる。最初の処置は、死者を撮影
して、写真を遺族による判別のためにコンピュータに登録することだ。遺体
がとてつもなく多いので、この手順が踏まれる。遺族が息子や身内を確認す
るのに、すべての死体を検分するわけにはいかないからね。だから、冷蔵安
置所に行く前に写真を見る。明日、私は死体公示所に行ってみるつもりだ」

翌日、Mは再び次のように書いてきた――

「ハビビ

今日、私は死体公示所に行ってきた。そこで恐ろしいものを見た。〔Hの〕
写真はなかった。画像のいくつかは、血や顔のひどい変形のために判別も容
易でなかった。頭部だけのものも見た。虐殺死体だ。とても信じられない。
明日、私たちはもう一度行って、再度、確かめてみる。あなたの国では、だ
れかが死体公示所に行くことになれば、目にする遺体の数は、とうぜん2
体、ひょっとすると3体、あるいは4体だろう。私たちはと言えば、今日、
私は何百も見た。死体公示所の収容能力のこともあるので、毎月、役場は、
遺族に識別されない遺体を埋葬している。思ってもみたまえ!」

今年の夏早く、Hがシリアから帰国してからほどなく私宛に送ってきた最後
のEメールのひとつに、ある日の昼下がり、バクバから車で外出したようす
が描かれている。不吉な予感のようにして、彼は次のように書いた――

「ぼくたちはバクバを離れたが、そこは、混乱、憂慮、不安定の海に沈もう
としていた。あの小さな町の人びとは、誘拐や殺害、謀殺や追放に遭うので
はと怖がっていた。そこでは、治安状況全体が悪化している。いっそう悪く
なる」

いまでは、この一節が彼の墓碑銘になったのかもしれない。

4.主観的に語れば

Mからの最新情報を受け取った朝、私はベッドに這い戻って横たわり、天井
を見つめ、ほんとうにHが死んだのなら、彼の妻と幼い子どもたちはどうな
るのだろうと思う。私は奇跡を封印し、それが事実であると判明するものと
考える。

後ほど、私は散歩に出かける。カリフォルニア晴れであり、空気はひんやり
して、肌に心地よい。肩越しに後ろを見る必要はない、と――いつものごと
く――私は承知している。散歩中にすれちがう人たちは、後ろを見なければ
と考えさえしていないことを知ってはいないとも、私は承知している。

アメリカン・ヘリテージ・ディクショナリは、schizophrenia[統合失調
症]の2番目の語意を次のように定義する――

「異種の、または相対立する特性、アイデンティティ、または活動の共存に
起因する状況や状態。〔以下、斜体字〕支持されない戦争の遂行に起因する
国民的統合失調症」

これが、私の体験していること――支持されない戦争を遂行するわが国政府
に起因する国民的統合失調症――だ。私の最後のイラク訪問以来の2年間、
過酷さを減ずることなく、私が体験しつづけていることだ。カリフォルニア
の日光と顔に感じるあの冷涼な微風のなか、最も過酷なのは、厳然と繋がっ
た二つの国の二つの現実が共存していると知ることであり、しかも、私自身
の国のたいがいの人たちは、このことにほとんど気づいていない。

イラクでは、もちろん、異種のもの、相対立するものは何もなく、不断の容
赦ない粉砕と苦難だけがあり、視界に終点の見えない悲劇的な絶望と落胆の
状態が拡散しつつある。

[筆者]ダール・ジャマイルは、無所属のジャーナリストであり、占領下イ
ラクで過ごした8か月を含め、これまでの4年間、中東のニュースを伝えて
きた。現在、ジャマイルは、インター・プレス・サーヴィス[通信社]、ア
ル=ジャジーラ英語放送の特約記者、トムディスパッチ・コムの常連寄稿
者。今年10月、ジャマイルの本『グリーンゾーンを越えて――占領下イラ
クに駐在する独立ジャーナリストからの速報』《1》(ヘイマーケット・
ブックス刊)を出版の予定。ジャマイルの記事は、ウェブサイト『ダール・
ジャマイルの中東速報』《2》に定期掲載。(この記事で使用した統計資料
を用意するための調査《3》に対し、トム・エンゲルハートに感謝)
http: //www.amazon.co.jp/s/ref=pd_rhf_s_1/249-5990628-1881114?ie=UTF8&search -alias=blended&keywords=beyond%20the%20green%20zone%3A%20dispatches%20 《1》

http://www.dahrjamailiraq.com/《2》
http://www.tomdispatch.com/post/174815/the_numbers_surge_in_iraq《3》

[原文]
Tomgram: Dahr Jamail, Iraq Reporter Schizophrenic in Disneyland
posted July 12, 2007 at
TomDispatch.com, a Regular Antidote to the Mainstream Media
http://www.tomdispatch.com/post/174819/dahr_jamail_iraq_reporter_schizophrenic_in_disneyland
Copyright 2007 Dahr Jamail

[翻訳]井上利男 /TUP