TUP BULLETIN

速報761号 加速する地球温暖化──迫り来る臨界点

投稿日 2008年5月8日

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DATE: 2008年5月8日(木) 午後6時45分

♪まっ赤に燃えた〜地球だから ************************************

TUP エッセイ 著=パンタ笛吹

2008年5月7日

不謹慎かもしれないが、わたしは近ごろ、地球温暖化のニュースを読むたびに、 どういうわけか美空ひばりのヒットソング「真っ赤な太陽」を思い出す。摂氏2 度上がるだけで、生きのびるのが難しくなる絶滅危惧種の昆虫の身になってみれ ば、いまの地球は「真っ赤に燃えている」という表現がぴったりくると思うから だ。

わたしは、アメリカで最もエコロジー的に進んだ環境都市として、さまざまなメ ディアで取り上げられているコロラド州のボルダー市に、かれこれ20数年住ん でいる。いま日本で流行語にまでなっているロハス(健康で持続可能なライフス タイル)という言葉は、ボルダーが発祥の地らしく、人口9万人のわが町は「ロ ハスの聖地」として、日本の雑誌に特集されたほどだ。

ボルダーでは、独特の「オープンスペース」という運動が広がり、町の周りの広 大な空き地を市が買い上げることで、文字通り公園に囲まれた生活環境が整った。 この運動の歴史は1898年まで遡る。50年代から60年代を通じて町の人口 が倍増したときも、むしろ運動は強化され、数々の改革が行われた。1967年 には、土地の購入と管理に必要な経費にあてるために、ボルダー市民が自らに税 金を科す条例を採択している。こうしてオープンスペースは、無軌道な市街地の 拡大を防ぎ、市民が自然とともに暮らせる「上質な人生」のお手本ともなった。

日本ではマラソンの有森裕子さんや高橋尚子さんによる高地トレーニングの町と して、ニュースなどで取り上げられている。屋外スポーツでは、アメリカで「最 も理想的な町」としての評価を毎年受けている。セレスシャル・シーズニングの ハーブティーや、オーガニック乳製品など、ボルダー生まれの自然食品会社も多 い。また、エコサイクルをはじめとしたリサイクル運動でも、全米でのリーダー 的役割を担っている。

ボルダーには、おしゃれな自転車屋があちこちにある。人口比率にすると、全米 一自転車屋が多い町になる。週末ともなれば、老いも若きも自転車を連ねて、ツ ーリングを楽しんでいる姿を必ず見かける。また車に乗らないで、自転車で会社 に通う人びとも多い。タイム誌で「ボルダーはアメリカで一番の自転車の町」と いう見出しで記事になったほどだ。

ジョギングで会社や学校に通う人びともいる。今月末に「ボルダー・ボルダー」 という名前の市民マラソンが開催される。わたしは、今年も走るために、いまト レーニング中だ。この10キロレースには、毎年5万人以上が参加する。人口9 万人たらずの町なのにである。またボルダーは、路線バスを中心とした公共交通 網も整備され、しかも安く利用できる。

どうやら、「おらが町自慢」が続いてしまったようだ。でもわたしは、こんなに も地球にやさしいボルダーという町が誇りだ。ところが先日、地元の新聞を見て、 少なからずショックを受けた。「ボルダーはたぶん、京都議定書のゴールを達成 できない」との見出しを目にしたからだ。

京都議定書では、1990年の時点より、7%の二酸化炭素削減が義務づけられ ている。しかしボルダーは1990年より一昨年の時点で、すでに温暖化ガス排 出量が約20%も増えてしまった。だから、これから2012年までに合計27 %減らすのは、ほとんど不可能だと新聞記事は伝える。

記事の中で、コロラド大学の環境専門家、ケビン・ドーランはこう指摘している。

「肝心な点は、たとえすべての先進国が、京都議定書で規定された目標を達成し たとしても、地球温暖化の歯止めとなる効果は極めて少ない、ということだ。ま た、ボルダーだけが削減目標を満たさないわけではない。全米で約800の市町 村が京都議定書に調印したが、そのほとんどの都市がゴールを達成する見込みが ないのが現状だ」

環境模範シティーとして名を馳せたボルダーでさえ京都議定書にそえないなら、 どれだけの町、どれだけの国が、地球温暖化にブレーキをかけられるというのだ ろうか? このエッセイでは、ボルダー市の背中にそびえるロッキー山脈を通じ て繋がり合っている隣国カナダを例にとって考えてみたい。

1997年に、国連が中心となって提案した京都議定書を、最も熱心に推進した 国のひとつがカナダだった。当時、各国の環境活動家はカナダが「温暖化をスト ップさせるチャンピオンだ」と賞賛した。ところが昨年、カナダ政府は早々と、 「わが国は京都議定書に調印はしたが、その削減目標はとうてい達成できない」 と居直りとも思える宣言を発した。

カナダには、タール油と呼ばれる、石油が混じった砂や泥が大量にある。以前は、 石油を抽出するのにコストがかかりすぎて、ビジネスとしてなりたたなかった。 しかし、ここ数年の原油価格高騰で十分に採算が取れるようになり、タール油が ブームになった。

だがタール油は、別名ダーティー・オイル(汚い石油)とも呼ばれる。石油の抽 出過程で、とてつもない量の二酸化炭素を排出するのである。カナダは京都議定 書目標の6%削減するどころか、すでに1990年レベルより約35%もCO2排 出量が増えている。

カナダは他国からの批判を避けるためか、2020年に向けた新たな目標を発表 し、温暖化ガスの20%削減目標を定めた。しかしこれは2006年の、すでに 増加したレベルが基準値とされている。よって当然、各方面から非難を浴びた。 ノーベル平和賞を受賞したゴア元大統領は、次のように指摘する。

「わたしの意見では、カナダのこの新しい提案は、まったくのごまかし行為だ。 こんな杜撰な計画で、2020年の削減目標を達成できるわけがない。この計画 では、工場がCO2削減の新技術さえ導入すれば、生産を増加させ、さらに大気汚 染を悪化させてもかまわないと解釈できる。これは完全なペテンで、カナダ国民 をだますように作成されたものだ」

数ヶ月前、ゴア元副大統領がデンバーに来たとき、わたしは「不都合な真実」の 講演会に行った。オーストリアのウィーンの講演会では、40分間の講演料が約 2千9百万円で話題になったが、デンバーではステージ前の良席が、ひとり 500ドル(約5万円)だった。しかし講演収入の大半を環境事業に使うのなら、 それはそれで良しとしよう。

ゴアは、映画「不都合な真実」と同じ手法で講演を進めていった。最新のデータ を元にしているので、映画を撮影した当時に比べて、ここ数年でどれだけ温暖化 が急ピッチに悪化したかが手に取るように分かった。目の前が暗くなるような事 態の深刻さに、あらためて驚かされたのは言うまでもない。

さて、上記のタール油田では、廃油やその他の有害化学物質がたまって、溜め池 になっている。数日前(5月1日)、約500羽の渡り鳥(あひる)がその溜め 池に降りたったところ、湖面の毒にやられ、そのほとんどが死に絶えた。無惨に も苦しみながら、池の底に沈んでいったという。タール油の精製には多量の廃棄 液が出るので、このような毒性の溜め池がカナダのあちこちにできている。大き な溜め池は、周囲20キロメートルもあり、一周するのに数時間かかるという。

ボルダーのわが家のキッチンの窓から、湖がいくつか見える。湖には毎冬、数千 羽の雁がカナダから渡ってきて冬を越す。ひと月ほど前に、多くの雁の群れが、 青空に「くの字」を描いて、カナダに向けて飛び立った。どうかタール油の溜め 池で羽を休めるようなことをしないように、また次の冬も無事にボルダーに帰っ てきますように、と願うばかりだ。

カナダは美しい国だ。旅行した人なら誰でもそう口にする。特に秋の紅葉の息を のむほどのすばらしさは、言葉につくせないほどだ。あの国がなぜカエデを国旗 にあしらったのか、われながら納得したものだ。自然を愛するメープルシロップ の国カナダでも、温暖化と環境破壊は、わたしたちの予想を遥かに超えて、危険 水域に及んでいる。

特にカナダに広がる寒帯林は、1860億トンにものぼる二酸化炭素を貯蔵して いると推計されている。これは世界全体で1年間に排出する二酸化炭素の27倍 にあたる。この寒帯林では近年、過剰な伐採が行われている。その悪影響により、 植生や地中に含まれる温暖化ガスが一挙に放出される恐れがあるという。

また、寒帯林の過剰伐採は、害虫の異常発生を引き起こしやすくし、山火事の誘 因ともなる。もし広範囲で山火事が起れば、大量の温暖化ガスが放出されるので、 それは「時限爆弾」を抱えているのに等しいという。

さらにまた、近年の気温の上昇が、永久凍土を融かしやすくしている。それまで 長年、凍土に閉じ込められていたメタンガスが、徐々に大気中に放出され始めた。 このメタンガスは、温暖化作用が二酸化炭素の21倍もあるので、大量に放出さ れると気温は一挙に上がる。そうして温度が上がれば、さらに永久凍土を融かし てしまうという「負のサイクル」を生んでしまう。

寒帯林の調査をした環境保護団体グリーンピースのクリスティー・ガーグソンは、 「古くて未開発の森林は、伐採した後に植える若い木々に比べると、3倍の二酸 化炭素を含んでいる。いまのような勢いで伐採が続くと、泥炭や寒帯林に火がつ いて、膨大な量の温室効果ガスが急激に発生しかねない」と訴えている。

実際、カナダの1年間の森林伐採量は、9百万ヘクタールにおよぶ。二酸化炭素 に換算すると、3千6百万トンのCO2に匹敵するという。それは、カナダ全体の 乗用車が排出する二酸化炭素の合計よりも多い。

森林生産組合のエイブリム・レイザーは、世界的な木材パルプ需要の流れは止め ようもないと、こう語った。

「もしわれわれが寒帯林の伐採を止めたら、金儲け目当てで、無秩序な違法伐採 がまかり通ることになるだろう。そうなれば森林は荒れ果て、かえって温暖化を さらに悪化させることになる。カナダの木材生産量がゼロになっても、輸入国は 他の国から同量の木材を買い付けるだけだ。寒帯林の伐採をいっさい止めたから といって、人びとが木材や紙を使うのを止めるとでもいうのかね?」

カナダは、北極海の氷が異常な早さで融けている問題をはじめ、他にもさまざま な難題を抱えている。また別の機会に、それらについて書けたらと思う。

半年前、わたしは東南アジア最高峰のキナバル山(標高4101メートル)に登 った。その山は、マレーシアのボルネオ島に位置するので、ふもとはかなり暑い。 登りはじめの数時間は、うっそうと茂る熱帯雨林の中を歩いた。そこに「ウツボ カズラ」という食虫植物をいくつか見つけた。

つるの先端にへちまのような形をした補虫袋を持ち、その袋の中は自家製の毒液 で満たされている。ちょうどその一つに虫が捕まっていた。毒液の中で半分融け かけた姿が、神秘的であり、また不気味でもあった。

その補虫袋の中で死にゆく虫は、タール油の溜め池で溺れ死ぬ鳥たちのイメージ に重なった。似たようなことが、そう遠くない未来のわたしたち人類にも、起こ りえるような気がする。シベリヤやカナダの永久凍土に、何千年も眠っていたメ タンガスが、温暖化により目を覚まし、ぶくぶくと不気味なゲップを吐いている。 負のサイクルが、ある臨界点を超えたとき、われわれ人間は為す術を持たないの ではなかろうか?

インターネットで気になるニュースが掲載されるたび、読者が書き込んだ意見も 読むようにしている。環境問題のニュースでは、「もう何をしても遅すぎる」や 「後戻りできない地点を、とっくに超してしまった」というような書き込みが少 なからず見受けられる。現実の情報を知れば知るほど、悲観的になるのかもしれ ない。

ここはひとつ懐メロのCDでもかけながら、「♪まっ赤に燃えた〜」と口ずさむこ とにするか。

Boulder likely to miss Kyoto Protocol goals By Laura Snider Daily Camera April 3, 2008 http://www.dailycamera.com/news/2008/apr/03/kyoto-protocol-city-likely-to-miss-goal/

Canada’s New Plan "Pretends" to Curb Emissions, Say Activists By Stephen Leahy Inter Press Service April 27, 2007 http://www.ipsnews.net/news.asp?idnews=37512

Mother Nature’s Protest by Graham Thomson The Edmonton Journal May 1, 2008 http://www.canada.com/edmontonjournal/news/opinion/story.html?id=a2049134-d402-4752-b906-505e63ae1d3f&p=1

Gore Calls Canada Climate Plan a ‘Fraud’ By Associated Press staff Associated Press April 30, 2007 http://www.commondreams.org/archive/2007/04/30/872/

Logging boreal forest could detonate massive ‘carbon bomb By Steve Rennie Canadian Press April 9, 2008 http://canadianpress.google.com/article/ALeqM5j5pQb4e7XUvCsk8s_H3jqyiz4o3w