TUP BULLETIN

速報902号 シリーズ「パレスチナの女性の声」【4】-1 [家屋の取り壊し-1]

投稿日 2011年4月7日

女たちの証言--占領下パレスチナで生きるということ




このシリーズ「パレスチナの女性の声」はWCLAC(女性のための法律相談センター)の2009年報告書の翻訳です。スペィシオサイド(spaciocide、空間的扼殺)とも形容される占領下で、日常的暴力と人権侵害に苦しむ女性に対する聴き取り調査に協力した19人の女性の証言をお届けしています。


今回から最終章に入ります。取り上げる問題は「家屋の取り壊し」。イスラエル政府の恣意的な政策によりパレスチナの人々の家屋が取り壊されていきます。それはパレスチナの人々の人権を踏みにじった、国際法に反する行為です。家を失うことによって女性は心理的に悪影響を受け、それは家族にも伝わります。


報告書はこのあと家屋の取り壊しの実例に関する証言を紹介していきます。


シリーズ全体の前書き:岡真理、向井真澄/TUP(TUP速報869号をご覧ください)


翻訳:岡真理、キム・クンミ、寺尾光身、樋口淳子、藤澤みどり、向井真澄/TUP
凡例 [ ] :訳注〔 〕:訳者による補い

パレスチナ女性に対するイスラエルの人権侵害報告書-2009年度版
シリーズ【4】家屋の取り壊しー1

家屋の取り壊し

パレスチナ人家屋の取り壊し政策は、ほとんどの場合国際法に反するにもかかわらず、2009年を通じて特に東エルサレムで強化されました。IHL(国際人道法)は、軍事目的のために絶対的に必要でない限り、個人の所有物を破壊することを明白に禁じています。そして、正当な軍事上の必要性なくして個人の所有物を不法に、理由もなく、広範囲に破壊し領有することは戦争犯罪です。ICCPR(市民的および政治的権利に関する国際規約)は、誰も、プライバシーや家族、住居に対して恣意的あるいは不法な干渉を受けることがあってはならないとし、すべての人々はこの法律によってそのような干渉や攻撃から保護される権利を有するとします。居住権も、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(ICECSR)の第11条で明らかに保護されています。この規約は締約国に対し、すべての人々が有する適切な生活水準の権利を認めなければならないとし、これには居住権も含まれます。

WCLACは、イスラエルによる家屋の取り壊し政策はこれらの国際規約の原則を犯すのみならず、さらに、パレスチナ人の生活を壊し、特に女性や子どもに影響を与えていると考えています。

2008年、家屋の取り壊しによって500人以上の子どもを含む1,151人のパレスチナ人が住むところを失ったり、あるいは何らかの影響を受けたりしました。2009年、イスラエル当局は東エルサレムの57戸とC地区[訳注7]の180戸の計237戸のパレスチナ人所有の建築物を取り壊しました。この取り壊しによって588人のパレスチナ人が家を失い、このうち半分以上の298人が子どもです。少なめに見積もっても、東エルサレムに住んでいる60,000人ものパレスチナ人が「違法」建築という理由で家を取り壊されるかもしれないという危険にさらされています。

[訳注7] 初回はシリーズ【3】前編。再度、文末に掲載します。

イスラエルは1967年以降、東エルサレムのパレスチナ人住民に対しその人口の自然増に応じた家屋の建設や公共事業の整備を行うことを怠ってきています。パレスチナ人は、パレスチナ人の建設用と指定された東エルサレムの13%の土地に合法的に建設しようとしても財政上、法律上そして物流面で大きな障害にぶつかります。その一方、イスラエル人入植者は、国際規約に違反して不正に取り上げた国土の35%で悠々と生活しているのです。

2009年4月、UNOHCA(国連人道問題調整部)は、東エルサレムで建築許可を取得するのはパレスチナ人にとってほぼ不可能であることに関して報告しました。これは、東エルサレムに住んでいるほとんどのパレスチナ人にとってライセンス無しで建てること以外に選択肢はないということです。これが多くの女
性が直面した事態で、彼女たちの家屋が取り壊されたことについては2009年にWCLACによって報告されました。WCLACは綿密な聴き取り調査を行い、その経緯と女性への影響について記録しました。聴き取り調査において彼女たちは、家を取り壊されるという脅しを受けたこと、あるいは実際に取り壊された経験を語り、それが自分と家族に及ぼす社会的、経済的影響についてだけでなく、感情の上で、また心理的にどのような結果をもたらすかについて明らかにしました。

証言13から18は、このような政策が女性とその家族に取り返しのつかない結果をもたらすことを暴露しています。

女性への影響

居住権侵害によって影響を受けた女性に関するWCLACの調査報告は、家屋取り壊しと強制立ち退きの政策は女性に社会的、経済的、文化的だけでなく心理的な影響を与えることを明らかにしています。子どもを育て、家族の世話をする家庭が活動の中心である女性はしばしば最も深刻な影響を受けます。WCLACが聴き取りをしてきた女性の誰もが、ほとんどの場合いつ終わるともしれない手続きの過程でー結局は家屋が取り壊されてしまうことになるのですがー不安や気持ちの落ち込みに苦しみます。そして家をなくしたあとは、同居人が多すぎて生活するには不適切な住環境に気づき、いっそう尽きることのない、不安や他の心の問題に苦しみます。

シルワーンに住むイルハーム(証言13)は、家が取り壊されてしまうかもしれないという恐怖を抱きながら14年間暮らしてきたため、慢性的な鬱状態に陥っています。自身のことを、孤立していて心に傷を負っていると説明しています。「いつもそのことについて考えてはいるのですが、誰にも話すことはできません。安心感のないまま暮らしていて、もう何も楽しむことができないようです。基本的には、慢性的に鬱状態です」絶えず自分の家のことを心配しているIA(証言14)も同じような気持ちについて語っています。これらの証言は、家屋の取り壊しに直面する多くの女性が抱える問題の実証です。心の健全さを失ってストレスに悩み、精神的に落ち込み、夫や子どもたちとの関係がうまくいかなくなります。このことは他の研究結果と一致します。家屋取り壊しの心理的影響に関して出版されたある研究報告は、母親に鬱病の症状が見られる傾向のあることを明らかにしました。

ほとんどのパレスチナ人家庭では子どもの世話をするのは主として女性であり、女性が精神的に健康であることがその家族の子どもたちの精神的健康を保つための非常に重要な要素となっています。母親が心を患っていれば、子どもたちも同じように患います。IAはWCLACに、自分自身の状態が原因で夫や子どもたちとの関係が悪くなったと話しました。「また、夫や子どもとの関係にも不安を感じます。平静を保とうとするのですが、とても難しいのです。ぴりぴりしていて、その気分を夫や子どもにぶつけてしまうのです」

聴き取り調査は、女性は自身がストレスを感じていたり心配事をかかえていたりするとそれが子どもに影響すると気づいており、子どもに関するこのような心配事が女性にとって一番気にかかるものであることを明らかにしています。証言は、母親は事件から子どもを守ろうとするのだけれど、取り壊し時や、さらに形式的な手続きのためにさえもたくさんのイスラエルの警官や兵士が近くにいることが多く、なかなか思うようにはいかないことを明らかにしています。イルハームは、ブスターン近辺を調査するためにイスラエル当局者がやってきたそんなある一日と、子どもたちが受けた影響について語りました。「警官がとても大勢いて、何が起こっているのかは誰にもわからなかったので、子どもたちはひどく怖がりました。ヒステリックに叫び声をあげたりしていました。その夜、娘のヌールはひとりで寝るのを嫌がって、私のベッドで一緒に眠りました。この頃、末っ子のMは、警官がいるから、と言って外遊びをしたがりません」マイスーンは、特に家屋の取り壊しで子どもたち自身が、そして自分と子どもたちとの関係が影響を被ることを心配していました。彼女はWCLACに次のように語りました。「子どもをちゃんと育てることはたいへんむずかしいです。まさに苦労ですが、私は自分のベストを尽くしてきたと思っています。ところが占領のせいでちゃんと育てることができません。我が家が取り壊されてしまい、私の努力がすべて無駄になっています(仮訳)」

家が取り壊されてしまった後、夫の両親のところに戻って同居しなくてはならなかったアマーニーのような女性の場合(証言16)、新しい生活環境に慣れるのに苦労しています。アマーニーはWCLACに次のように語りました。「私は自立性もプライバシーもなくしてしまいました。以前は家の中では上は短い袖で、そしてヘッドカーフはつけていませんでした。今は他の人たちと住んでいるので、絶えず着るものに気をつけなければなりません。前は家族のためにお料理をしました。家族全員に食事を用意していました。でも今はしません。家の中の誰か他の人が料理をします。プライバシーも私のための時間もまったくありません(仮訳)」マイスーン(証言15)の状況も同じです。マイホームのために何年もかかってお金をためたのに今ではその家が取り壊されてしまい、夫の両親の元に戻って、同居しなくてはなりません。女性は家を失っただけでなく、プライバシー、自立性、家族との普通の生活も失ってしまいました。

家計への打撃も甚大なものになります。聴き取りをしたすべての女性が家屋の取り壊し政策によって家計に大きな影響を受けています。女性とその家族は訴訟費用や罰金のために、また時によっては家が取り壊されてしまった後に新しい住居を建てるために出費を余儀なくされました。これは、すでに少ない収入で生活している家族に追い討ちをかけるものです。証言18ではR・ジャバリーンが、自分たちの家を建てたために高額の罰金を払わなければならず、そのことで家族が被る影響について説明しています。「一ヶ月800シャケルも払わなければならないことは家族にとって非常な打撃でした。子どもたちは幼いうえ、私たちにはお金はほとんどありませんでした。でも、罰金を払えば家を手放さなくてすむと思っていました。罰金を払うためにたくさんの物を我慢しました。支払わなくてはならない罰金をきちんと払えるよう、私たちは時々借金をし、それを返済していました。そのころは、家族全員にとってたいへんな試練の時期でした。お金が無かったために、貧乏だったために、子どもたちには苦労をかけました(仮訳)」R・ジャバリーンは、これらの罰金と費用を払ったにもかかわらず家は取り壊され、今は粗末な賃貸住宅に住まざるをえず、医療費を含め生活費をなんとか工面している状態です。マナール(証言17)も家が取り壊された後の同じような心配事を語っています。「夫も私もお金のことをたいへん心配しています。夫は家を建てるためにお金を借り、借金を抱えました。私たち夫婦はお金をためようとずっと努力してきていて、すべて家のためだったので私は何もなくてもかまいませんでした。ところが、すべてが無駄になってしまいました。私は、自分自身にも家族にも我慢を強いてきたのですが、それが何のためだったかわからず、残ったのは膨大な借金です(仮訳)」

[訳注7]
西岸への入国管理はイスラエルが行っている。従来、外国パスポートの保持者には、3カ月の観光ビザが発行され、このビザでイスラエルも、西岸も自由に移動ができたが、近年、「パレスチナ自治政府(PA)管轄地域のみ」と明記されたビザも押印されるようになった。この印を押されると、イスラエルはもちろん、イスラエルに併合された東エルサレムに入ることはできないだけでなく、西岸内の移動にも支障をきたすことになる。一般に「パレスチナ自治区」と呼ばれる西岸地区だが、そのすべてが「自治区」ではない。PAが行政および治安を管理している完全自治区(A地区)は西岸全体のわずか17%に過ぎず、8割以上は、行政をPAが、治安をイスラエル軍が管理するB地区(24%)、行政も治安もイスラエルが管轄するC地区(59%)に分断されている。「PAのみ」の印があると、西岸ではA地区にしか滞在できず、A地区からB地区、C地区へは行けないことになる。しかもA地区は、西岸全土に散在するため、B地区やC地区を通らずにA地区間を移動することは不可能であり、西岸内の移動に多大な困難が生じることとなる。

原文

A 2009 report on Israel’s human rights violations against Palestinian
women
http://www.wclac.org/english/publications/book.pdf

(次号予告:シリーズ【4】-2 家屋の取り壊し 証言13、14


表題の訂正 (2011年4月8日):
訂正前: 速報902号 シリーズ「パレスチナの女性の声」【4】-1 前半
訂正後: 速報902号 シリーズ「パレスチナの女性の声」【4】-1